魔術師は決めるようです
森林地帯を抜け出すまで、スタルカとカティは共に行動することになった。
一緒に歩いている間、カティは何も話してはこなかった。
たまにスタルカが疲れていないかどうか、休憩を取るかどうか気にかけて声をかけてくれたが、それだけだった。
スタルカからも、何も話そうとはしなかった。
何を話せばいいかもわからなかった。
元来、口数が多い性格ではない。それは、誰かとの会話を楽しむような生活を送ってこなかったせいでもある。
それに何より、
そんな気分になれなかった。
頭の中がぐちゃぐちゃになっていた。
いきなり人生が一変してしまった。これまでの生き方から外れてしまった。
それに対する気持ちの整理がまだ全然ついていなかった。
だから、スタルカはカティの後ろについて歩きながら、ひたすらその整理をすることにした。
黙り込んだまま、カティの問いかけには簡単な返事だけを返しつつ。
黙々と歩きながら、スタルカは考える。
自由の身となった自分のこと。これからのこと。
カティが何も話しかけてこなかったのも、スタルカにはそうする時間が必要だと察してのことだったのだろう。
そんな二人の静かで短い旅も、やがて終わりを迎える時が来た。
森林地帯を抜け出して、街道へと戻ってきたのだった。
「……さて」
街道は昼下がりの牧歌的な雰囲気に包まれていた。
夜の森を行くのは危険だと野営を挟んだりもしたので、カティと出会ってから丸一日くらい経っていた。
空は気持ちいいくらいに晴れている。鬱蒼とした森林地帯の奥とは大違いだった。
そこまで辿り着いたところで、唐突にカティがスタルカの方へと振り向いてきた。
「これからお前はどうする、スタルカ? これからどうしたい? ここまで歩いてくる中で、答えは見つかったか?」
さらに、そう問いかけてくる。
透き通るような瞳でスタルカを真っ直ぐに見つめてきながら。
「……わた、しは……」
それに対して、スタルカも答えようとする。
だが、すぐに口ごもってしまった。
この先の自分がどうしたいのか。どう生きたいのか。どうするべきなのか。
答えはまだ漠然としていて、すぐには言葉に出来なかった。
「……もし、お前が森の中でオレに打ち明けてくれたように、今も『普通に生きたい』と願っているんだったら……出来るだけそれを手伝ってやる」
カティの方はスタルカの沈黙を迷いや遠慮が原因と受け取ったのか、助け船を出すようにそう言ってきた。
「実は、色々と縁があって、信頼のおけるらしい孤児院を一つ知っている。そこへの紹介状も持っている。お前が普通の、年相応の子供としての真っ当な生活を望むのであれば、お前をそこに送り届けてやる。もちろん紹介状もつけてな。そこなら、お前も普通の子供として生きられるはずだ」
カティはなるべく明るく、楽しそうに聞こえるように話している様子だった。
スタルカがこの提案に乗りやすくなるための配慮なのだろう。
「もちろん、変な遠慮なんてする必要はねえぞ。見返りを要求したりもしねえよ。お前を解放してやると約束した、その責任は最後まで取るってだけだ。首枷外して奴隷をやめさせただけで、後はそのまま放り出すなんて無責任なことはしねえよ」
カティのその提案を聞いて、スタルカの中には一つの疑問が浮かんできた。
「カティさんは……自分の目的のため……『災厄』の魔術師を仲間にするために探しに来ていたんだよね……? それは……」
もういいの? と、最後まで言い終わる前にカティが首を小さく振るのが見えた。
「いいさ。望んでいないのに無理矢理従わされて戦わされていた子供を、自分の目的のために仲間に引き入れてまた戦わせる。それじゃ、あのクソ野郎共と一緒だ。そこまで落ちぶれちゃいねえよ」
まあ、本当に仲間に出来ていたら心強かっただろうけどな、あの魔術は。
そう冗談めかすように言って、カティは苦笑していた。
「……さて、それじゃあどうする、スタルカ? もちろんお前がこの提案に乗らず、自分で生きる道を探すっていうんならそれもいい。無理に止めはしねえよ。もしもどこかにあてがあるんなら、そこにも送り届けるよ。あんまり遠いと途中までしか付き合えねえかもしれねえが……。ああ、当然路銀もちゃんと――」
しかし、今度はスタルカが途中で首を振って止める番だった。
少し驚いた顔をしているカティを、スタルカは真っ直ぐ見つめる。
カティが先ほどの疑問に答えてくれたおかげで、ようやくスタルカの中で答えが固まった。
自分がこれからどうしたいのか。どう生きたいのか。それについての答えが。
「……私はきっと、〝普通〟になんて生きられないよ。どこに行っても。たとえ、紹介してくれる孤児院に入ったとしても」
きっぱりとそう言い切るスタルカ。
それを聞いて、今度はカティの方が少し狼狽えたような表情になる。
「スタルカ、そんなことは……」
「あるよ。自分でわかってる。その原因も。こんな異常な
スタルカはカティから視線を外し、自分の手を見つめる。
そこに自分の能力を重ねて見るように。
「それに、このままじゃ普通に生きられない理由はそれだけじゃない。またこのまま、
スタルカはそう言うと、見つめていた手をぎゅっと握りしめる。
「だから、私は変わりたい……! 変わらなきゃいけないんだ……! そうじゃないと、きっと同じことの繰り返しになるだけなんだ。だから……!」
スタルカは再び顔を上げて、カティを見る。
静かに涙をこぼしながらも、力強い瞳で。
「私は、
スタルカはカティに向かって深々と頭を下げながら、声を張り上げて叫ぶ。
「お願いします! 私を、一緒に連れて行ってください! あなたのパーティーに、仲間として入れてください! あなたの傍で、あなたみたいに強くなりたい! 私は今度こそ自分の意志で、自分が望んでこの
肺の中の空気が全部出て行きそうになるほどの勢いで、スタルカはそう叫び終えた。
こんなに大声を出したのは初めてだった。
慣れないことをしたせいで息が上がってしまった。
それでも、スタルカは何とか顔を上げて姿勢を正し、真っ直ぐ立つ。
立って、カティを見つめる。
答えを聞くために。
「――あー……まあ、なんだ……」
だが、視線の先のカティはひとまずそんな曖昧なことをもごもごと言っていた。
目を逸らし、頭をかきながら。何やら気恥ずかしそうな様子である。
そうして若干頬を染めている美しい少女の顔に、スタルカは思わずぽーっと見惚れてしまいそうになる。こんな状況だと言うのに。
「お前がそうしたいって言うんなら、好きにしたらいいさ。お前の言うとおり、お前が道を選ぶべきだ。お前の人生だからな。後はオレがそれを受け入れるかどうかって……」
そこでカティは溜息を吐くと、苦笑が半分混ざったような笑顔を向けてきながら、言う。
「実際、願ったり叶ったりなんだ。お前がそれでいいんなら、こっちにも断る理由はねえさ」
それを聞いて、スタルカは思わず目を見開いてしまう。驚きと喜びで。
そんなスタルカに向かって、カティが手を差し出してきた。
こほん、と小さく咳払いをしつつ。
「改めて、これからもよろしく頼む……スタルカ」
スタルカは差し出された手を、小さく震える手でしっかり握り返す。
「……はいっ! こちらこそ!」
自分の顔が満面の笑顔を作るのも、これが生まれて初めてかも知れないと思いながら。
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