ざまぁみさせるようです

「俺達は、お前をパーティーから切り捨てた。それを謝りたいわけじゃない。許して欲しいとも思っていない。そのことをお前が今も恨んでいるのなら、そのままでいい。それは正当な怒りだ。俺達もその呵責は背負い続けなければならない」


 真っ直ぐ目を逸らさずに、アレクは言葉を続ける。


「ただ……どうやら俺はあの時、パーティーの長として判断を誤ったらしい。決断を早まりすぎた。お前を切り捨てるしかないという決断を。そのことにようやく気づいた。今日の、お前のあの戦いを見て」


 お前を切り捨てるべきではなかった。

 苦々しく、本気で後悔しているらしい声でアレクはそうこぼす。


「お前があれから今日までどこでどんな風に過ごしてきたのかは知らない。だが、誰にも想像がつかないような、恐ろしいほどの修練を積んできたのだろう。血の滲むような鍛錬を重ねてきたのだろう。その果てに、あれほどの強さを得るに至った。それくらいは俺にもわかる」


 確かにそれはアレクの言うとおり。ただし、実際はちょっとばかしズルもしているのだが。

 カティは内心でほんのちょっとだけ後ろめたい気分になる。


「……だから、俺は見誤っていたんだ。お前のことを。その身体で、そこまでの強さに到達できると思っていなかった。あそこから、ここまで這い上がってくるとは思っていなかった。お前がそこまで大した男であることを見抜けなかった。全ては俺の落ち度だ……!」


 悔しさに打ち震えているらしい様子でそう言うと、アレクはいきなりその頭を下げてきた。地面につかんばかりに深々と。


「謝らせて欲しいというのは、そのことについてだ! 本当にすまなかった、サーク! お前を見誤っていた! 役立たずだと決めつけた! 全ては間違いだった! 俺の目が節穴だった!」


 その謝罪の勢いに、思わずカティはぎょっとする。

 カティだけではない、この場の冒険者全員が目を丸くしている。

 名実ともにこの街でトップの冒険者であるアレク。

 それがここまで素直に、潔く頭を下げている。謝罪の言葉を叫びながら。

 一体何事なのか。誰もが驚くしかない光景であった。


「許してくれとは言わん。それを乞うているわけじゃない。俺はお前を侮辱していたに等しい。それは到底許せるものではないだろう。だから、せめてもの償いとして頭を下げている。それだけだ」


 本当にすまなかった。

 絞り出すようにそう言ってから、アレクはようやく面を上げた。


「……俺達はもっと、お前に寄り添うべきだったんだな。支えてやるべきだった。あんなに早く見切りをつけたりせずに。そうすれば、これほど頼もしく素晴らしい戦士が自分達の仲間でいてくれた。そのはずなのに。後悔してもしきれないとはまさにこのことだ」


 自嘲するようにアレクはそう語った。


「…………っ」


 その言葉には、流石のカティも一瞬絆されそうになってしまった。

 それどころか、先ほどの謝罪に対しても案外ぐらついてしまっていた。


 最初は、もしもあまりにもふざけたことを抜かしてきたらはっ倒すつもりでいた。

 まだ自分を下に見てナメた発言をしてきたら。逆恨みをぶつけてきたりしたら。あるいは自分勝手に許しを求めてきたら。


 しかし、アレクの態度はそのどれでもなかった。

 恐ろしく的確に、カティが一番怒りを抱いていた事柄について真摯に謝ってきた。流石にかつての仲間と言うべきなのか。

 何の申し開きもせずに潔く、自分の落ち度を認めてきた。許しを乞おうともせず。

 衆人環視の中できっぱりと頭を下げてみせた。心からの反省と共に。


 正直、それだけでもうカティの溜飲は完全に下がってしまっていた。

 元々、大雑把で豪放磊落。細かいことを気にしない、竹を割ったような性格のカティである。

 そうであるから、いつまでも他人に対しての恨みや憎しみを持続するのも苦手なのだった。それが余程のものでもない限り。


 特に、こうまで率直に頭を下げて謝られてしまうとさらに弱い。もう許してやってもいいんじゃないかという気分になってきてしまう。

 何だかんだでカティの方にも悪いところがあった気もしてくる。なかったとは言えないんじゃないか。

 アレクの判断ミスとは言えども、この現状を予測できる人間など誰もいないだろう。それくらいの反則チートを利用しているという自覚と多少の後ろめたさもある。


 そうなると、とりあえず、このアレクに対してどんな反応を返してやるべきなのだろうか。

 カティは腕を組み、小さく唸る。眉根を寄せた難しい顔で。


「……もしも、お前のその沈黙が怒りや不愉快さ故のものではないのだとしたら……その上で、もう少しだけ俺の話を聞いてくれないか?」


 すると、アレクがさらにそう言葉を重ねてきた。

 これ以上何を言おうというのか。カティも今度は純粋な興味を引かれてしまう。


 カティがそんな表情になったのを了承と受け取ったのだろう。

 アレクは数度深呼吸し、息を整えてから言う。真剣な面持ちで。


「……もしもお前さえよければ、もう一度俺達とやり直さないか? ……図々しい申し出だというのは重々承知している。言えた義理でもないこともな。しかし、それでも言わせてくれ。お前とやり直したい。もう一度、このパーティーに加わって欲しい。再び一緒に、夢を目指したいんだ……仲間として」


 そう言って、アレクは再び頭を下げてくる。


「頼む、戻ってきてくれ……サーク」


 それは、あまりにも意外な申し出であった。自ら口にしたとおり、確かに図々しく、言えた義理じゃないにも程があるものであったが。


 とはいえ、今のカティが果たしてどう答えるのか。ある程度未知数の交渉でもあった。

 なにやら思案顔のカティ。その態度が最初より軟化してきていることは傍目にも明らかであった。

 特に、親しい人間ほど余計にそうだとわかるだろう。カティに細かい駆け引きが出来るような器用さはない。心の内がすぐ顔に出てしまう。

 だからこそ、アレクもそれを口にしたのだろう。今なら付け込めるかもしれないと。


「…………」


 カティがどう返事をするのか。

 それが気になるのか、スタルカとクロウシの二人が仲良く不安そうな目を向けてきている。

 二人にはある程度の事情を話してある。カティが前のパーティーを追放されたこと。自分を追い出した奴らを見返してやるのが目標であること。

 だからこそ、同時にかつての仲間に対するカティの思い入れの深さ――それを感じてもいたのだろう。

 そんな仲間達から、今再びパーティーに戻ってきて欲しいと願われている。

 それを思えば、ということはありうるのではないか。

 カティは今のパーティーを解散して、昔の仲間達のところへ帰ってしまうのではないか。

 そう危惧して、気が気じゃないらしい。そんな様子であった。


 この二人ほどではないにしろ、シュリヒテもある程度その可能性を考えていそうであった。

 だからなのか、どうなるのか興味深げな表情で成り行きを見守る姿勢のようだ。


 ただ一人、ブランだけはよくわからない。相変わらず涼しげな顔で目を伏せ、穏やかに佇んでいるばかりである。

 主人の選ぶ答えを確信しているのか。それとも、どちらでもいいと思っているのか。


 そんな、今の仲間達の反応をぼんやり感じ取りつつ。


「……そうだな」


 カティは踏み出す。アレク達へ向けて。

 歩み寄っていく。


 それを見たアレク達の顔が驚いたように、それでもぱぁっと明るくなる。

 対照的に、背後では沈痛な雰囲気が漂い始めたらしいことを感じる。追い縋るような視線が背中に刺さる。スタルカとクロウシのものだろう。


 だが、そんな全てに心動かされる様子もなく、決然と振り切ってカティは歩く。

 歩き続ける。


「――――っ」


 そうして、アレク達の前で立ち止まることもなくさらに歩いていく。


 スゥっと、アレク達の横をカティは通り過ぎる。

 まるで眼中にないかのように。一切気にも留めない様子で。


 カティの背中に突き刺さる視線が、全て驚愕のそれに変わる。

 一体どういうつもりなのか。全員がそんな困惑に包まれている。

 それを背後に感じ取りながら、カティはようやく立ち止まった。

 アレク達からそれなりに距離を取った位置で。

 

「――……だーれが」


 呟きながら、カティがくるりと振り返る。

 アレク達へ向けて。


「戻ってなんかやるもんかよ! オレをパーティーから追放したこと、一生後悔し続けるんだな!」


 ざまぁみやがれ。

 そう叫んで、カティは舌を突き出す。ついでに、片目の下瞼を指で下に引っ張りながら。

 渾身のあっかんべー。

 それをカティはアレク達へ向けて投げつけてやる。

 悪戯っぽく、勝ち誇るような微笑と共に。


「――――ッ」


 カティはそれを、アレク達から受けた仕打ちに対する仕返しとして行った。そのつもりだった。

 相手をぎゃふんと言わせてやる目的で。それで手打ちとするために。


 だから、当然相手は面食らってくれるものだと思っていた。

 相手の真面目な申し出をこっぴどく袖にしてやった。それこそ侮辱に近い振る舞いだ。

 そのことに憤慨し、顔を真っ赤にして悔しがってくれるはずだと。


 だが、カティは。完全に見くびっていた。

 今の自分のことを。世界で最も美しい少女の容姿を。

 そんな、天衣無縫の美少女が、花の咲くような笑顔で放つあっかんべー。

 それが一体どれほどの破壊力を秘めているのかを。


「あれ……?」


 自分の会心の仕返し。その成果を確認したカティは思いっきり当惑する。


 戸惑いながら視線を向ける先。

 そこではまず、アレクが思惑どおり顔を真っ赤にしていた。

 ただし、憤慨も悔しがりもしていない。

 ぽーっと、惚けた表情で立ち尽くしているだけだ。口をパクパクさせ、何故か心臓の辺りを両手で押さえながら。

 その側にいるカルアとサンタも頬を染め、ぼんやりと気が抜けたような顔をしている。


 さらに、その三人のさらに後ろ。今のカティの仲間達までそれぞれが妙ちきりんな反応を見せていた。


 スタルカは何やら祈るように胸の前で手を組み、その瞳をキラキラと輝かせていた。その状態で「お姉ちゃん、かわいい……!」などとうっとり呟いている。


 クロウシに至っては何故かこちらに背中を向けていた。頑なにこちらを見ないようにしている、そんな感じである。そのまま延々「落ち着け俺……ときめくな……あれはカッさん……あれはカッさん……」などと唱え続けている。不気味極まりない。


 シュリヒテはそれらよりも比較的マシな状態だった。ただし、恐ろしいほどの渋面をして片手で顔を覆い、盛大な溜息を吐いている。やりきれないと言わんばかりに。


 最後にブラン。こいつは何故か小さく拍手をしていた。にっこりと微笑みながら。さらに、「流石です、カティ様」などと褒め称えてくる。わけがわからない。


 結局そんな風に、誰一人として狙ったとおりの反応をしてはくれなかった。

 カティが戸惑うのも無理はないだろう。

 一体何が起こったのか。

 みんなどういうつもりなのか。

 カティはひたすら首を捻るしかない。


 だが、むしろどういうつもりなのか問いたいのはそれを向けられた者達の方であろう。

 それどころか、その場に集まった冒険者全員が同じ気持ちであるかもしれない。あんなものを見せられて。

 誰もが一様に頬を染め、心臓を打ち抜かれたような錯覚と共に胸を押さえてしまいながら。


 結局のところ、自分のことを誰よりも見誤っているのは他でもないカティ本人という結末。

 全てはそこに行き着くようであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る