英雄の凱旋のようです

 古竜が倒れると、それに従っていただけの竜達も程なくどこかへ逃げ去っていった。まるで蜘蛛の子を散らすようにして。


 どうも自分達の意志というよりも、古竜によって洗脳に近い状態にあったらしい。

 街を襲ってきた理由はそれだけだったのだろう。こちらにとってはいい迷惑だが。


 何にせよ、言い伝えられていた話のとおりで助かった。

 もう少し戦闘が長引いていれば街は陥落していただろう。その瀬戸際だった。

 逃げていく竜どもを追撃する余裕もなかった。防衛にあたっていた冒険者達はそれほど疲弊しきっていた。まさしく満身創痍。


 しかし、それでも耐え抜いた。辛くも街を守り抜いた。どうにか竜の襲撃を退けた。それも間違いない、確かな結果である。

 全員がひとまずそのことを大いに喜び合った。かろうじて生き残った。その事実を互いに祝い、噛みしめた。

 自分達は勝ったのだ。とりあえず、そう思っても許されるだろう。


 だからこそ、その勝利をもたらしてくれた〝英雄〟を盛大に出迎えなければ。

 全員がそう思い至ったのだろうか。

 カティ達三人が街へ戻ると、凄まじいほどの歓声と拍手によって迎え入れられた。

 動ける冒険者が全員そのために正門へと集結してきたのだろうか。そう思われる程の人数に取り囲まれてしまった。


 これには三人とも、いくら何でも照れるを通り越して狼狽えてしまう。

 おだてられれば真っ先に調子に乗りそうなクロウシまでもが若干たじろいでいる。それほどの熱量の出迎えであった。


 けれども、まあ実際、誇張でも何でもなく街を救ってくれた英雄の凱旋なのだ。それを思えば、これほどの盛り上がりも当然なのかもしれない。

 しかも、結構な人数がシュリヒテの魔道具を通して実際に目撃していたのである。その目で見届けていたのだ。

 深紅のドレスを纏った、見目麗しき美少女。

 その少女があの古竜に真正面から殴り勝ち、仕留めてみせた。その壮絶な戦いぶりを。


 それならば、この熱狂ぶりも頷けよう。まさしく神話の英雄の如き活躍だったのだから。

 いや、もはや英雄というより〝怪物〟かもしれない――古竜以上の。

 明らかに人間ではない。不気味なほど美しいその容姿がさらにそこへ拍車をかける。

 なので、とりあえず盛大にもてなして、取りなしておこう。機嫌を損ねないように。

 若干そんな思惑が見え隠れしていないでもない扱いであったが。


 とはいえ、そんな英雄扱いの三人でも、興奮した冒険者達によって揉みくちゃにされるようなことはなかった。

 囲まれてやんややんやと拍手喝采を浴びせられはするものの、ある程度の距離を保たれていた。

 近寄って声をかけてくる者が一人もいなかった。

 全員そうしたいのはやまやまなのだろう。そんな表情でウズウズはしている。

 それでも我慢しているらしい。何故なら、がいるからだった。


 ちょうど、そんな権利を持つ二人が近づいてきた。

 熱狂している冒険者達とは対照的に、落ち着き払った様子。なんともゆったりとした足取りで。

 進み出てきた。観衆の波を割り、三人の前へと。


「――お帰りなさいませ、カティ様。無事のお戻り、何よりでございます」


 二人の内の一人――ブランが穏やかにそう言うと、いつものように礼を捧げてきた。


「おう。そっちこそ、ご苦労だったな。街の防衛に回ってくれてたんだって?」

「はい。私にはそれを望まれるものかと判断させていただきました」

「……確かにな。きっちり仕事も果たしてくれたみてえだし、完璧だよ。言うことねえ。よくやってくれた、ブラン」

「過分なお言葉、傷み入ります」


 カティが素直に労うと、ブランはさらにその礼を深くした。

 常と変わらぬ涼やかな態度であったが、その声には若干嬉しそうな響きが混ざっている。


「よう、お疲れさん」


 次に、二人の内のもう一人――シュリヒテがそう声をかけてきた。

 こちらもいつもどおりの飄然とした態度であった。

 だが、これでも相当喜んでくれているらしい。双方の無事と、再会とを。そう伝わってくるような、穏やかな笑みを浮かべていた。


「……ああ、お互いにな」


 なので、カティもにやりと笑みを浮かべながらそう返す。

 ついでに、カティはシュリヒテへ向かって軽く拳を突き出した。それくらいの動きが出来る程度には腕も回復していた。

 それを見た向こうも肩を竦めつつ、同じく拳を突き出してくる。

 お互いに突き出したそれを軽く、こつんとぶつけ合った。


「こうしてまた生きてお前の可愛らしい顔が拝めてなによりだよ、カティちゃん」

「ハッ、こっちこそまたお前のその憎たらしい面が拝めてよかったぜ」


 二人はそんな軽口を叩き合う。これもまた普段通りで、しみじみと落ち着くものがあった。カティはそう安堵する。

 双方とも大袈裟に抱き合って互いの無事を喜ぶような柄じゃなし。これでいいのだ。今だと絵面も色々危ないし。


 ブランとシュリヒテは次にスタルカ(と、一応クロウシ)の無事を喜び、大役を見事果たしてくれたことに感謝していた。

 スタルカ達も大いに照れながら嬉しそうにそれを受け取り、お互いの無事と頑張りを称え合っている。


 この四人、いつの間にこんな仲良くなってんだ。それを横目に見ながら、カティは驚きに軽く目を見開く。

 その上、シュリヒテの使い魔ネズミもどこぞから這い出てきてスタルカの頬にすり寄っていたり。恐ろしくスタルカに懐いていやがる。

 マジでいつの間にこんなことに。若干置いてけぼりを食らったような気分になりつつ、しかしカティも遠慮なくそこへ混ざっていく。


 そんな風に、しばらく五人で和気藹々と盛り上がっていた。

 そこへ――。


「――サークっ!」


 そう大声で叫びながら、何者かが割って入ってきた。


 全員が少し驚いた顔で声の方を向く。

 五人だけではない、遠巻きに囲んでいた観衆も。

 その突然の乱入者が誰なのか、この場にいる全ての人間が確認する。


「アレク……」


 カティがその名前をぽつりと呟いた。

 観衆を押し退けるようにして進み出てきたらしい、その相手の名前を。


 かつての仲間。自分を切り捨てたリーダーがそこにいた。

 それだけじゃない。カルアとサンタもそれに付き添ってきたらしい。

 というよりも、まだ休んでいた方がよさそうな様相のアレクを二人が引き止めようとしていたのだろう。

 それを無理矢理押し切られた結果として、三人でこの場に出てきてしまったようだった。


「…………」


 その負傷の度合いを見るに、なんだかんだでアレクもあの時相当虚勢を張っていったらしい。一緒に戦うなどと、大口もいいとこだ。

 ここまで人を押し退けて歩いてくるだけでも相当キツかったのだろう。アレクの呼吸は荒く、肩で息をしている。

 あるいは精神が昂ぶっているせいなのか。だとしたら、少なくともそれは互いの無事を喜んでいるからではなさそうだ。その張り詰めた表情がそう語っている。


「……何の用だよ、一体」


 だから、カティはそう助け船を出してやる。

 こちらから相手に用向きを問いかける。

 そうすることで向こうも用件を切り出しやすくなるだろう。


 何を言うつもりなのかは知らないが、興味がないでもなかった。

 今、この状況で、自分へ向かって一体何を語りかけてくるつもりなのか。しかも、そんな風に何かを思い詰めたような顔で。

 そう考えるカティのそれは少しばかり澱んだ、嗜虐的な好奇心だった。


「……お前に、謝りに来た」


 謝らせて欲しい。

 アレクは相変わらず張り詰めた様子でそう告げてきた。

 真っ直ぐにカティの方を見つめてきながら。


「……謝る、だと? 今更なんだ? 何を謝る? このオレに対して」


 対して、カティもそう問い返す。冷たい声で。

 こちらも真っ直ぐにアレクを睨みつけながら。


 本当に全てがだった。今更何を蒸し返してこようというんだ、コイツは。

 カティは暗い怒りの炎をその瞳に揺らめかせる。


「――謝るのは……――そのことについてだ、サーク」


 しかし、アレクの方も怯むことなくそう答えてきた。

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