ゴブリン狩りをするようです その1

 南の村に到着すると、すぐに村人だろう二人の男が馬車の方へと走り寄ってきた。

 カティ達のことをギルドが寄越した斥候か何かだと思ったらしい。


「ああ、まあ、そんなところだ」


 カティはとりあえず曖昧に肯定し、そう思わせておくことにした。

 事情を話すと面倒くさいことになるだろうし。


 男達は完全にそれを信じ込み、口早に状況を説明してくれた。

 村の住人は全員他の村の方へ避難させたこと。

 村人の中でも屈強な方の自分達がギルドへの連絡とゴブリンの監視のために残っていたこと。


「ゴブリンはもう、ここからそう遠くないところまで迫ってきています」


 男達は震える声でそう報告してきた。その顔も恐怖に引き攣っている。

 取り残されたことと、迫り来るゴブリンの監視がよほど恐ろしかったらしい。


 あとはカティ達に全部任せてすぐにでもここから逃げ出したい。そんな風に縋るような目をしていた。

 だからこそ、カティ達というをまったく疑いもしないのだろう。若干哀れですらある。


 そう思ったカティは、彼らを安心させるように堂々とした態度でこう告げた。


「まあ、オレ達に任せておけ。家に籠もって茶でも飲んで待ってりゃいいさ、すぐにいい報告を持って戻ってきてやる」


 美しい顔をした少女が荒々しい口調で偉そうにそんなことを言ってくる。

 あまりにも異様な光景のはずなのだが、男達の顔はそれでもパアッと明るくなった。

 カティに向けてくる視線もまるで救いの女神を見るような目である。


「だけどまあ、もしもヤバい状況になったら一目散に逃げろ。街へ向かって。そして、お前達がギルドにそれを報告するんだ。わかったな?」


 その後で間髪入れずにそう付け加えられた男達の顔は、また若干引き攣ったものへと変わっていたが。



           ☆★



 男達が教えてくれた場所――村からほど近い場所にあるだだっ広い平野。

 そこへ向かうと、簡単に標的の姿を発見することが出来た。


 異様にひょろっこくて小柄な体躯。緑色の肌。尖った耳に鼻、牙。

 人間のように二本足で立って歩いてはいるが、魔物らしく醜怪な容姿である。

 そのほとんどが木から雑に削り出した棍棒で武装しており、それ以外は裸に近い格好。しかし、中には粗雑な造りの金属武具を装備したものもいる。

 見間違えようもなく、確かにゴブリン達であった。


「…………」


 カティ一行は今、ゴブリン達から離れた木立に身を伏せ、遠目にその様子を窺っていた。

 それなりの距離を取っているし、クロウシが忍の技を駆使して偽装を施してくれているので気づかれることはないだろう。こちらから仕掛けない限りは。


「なあ、カッさん……」

「ん?」


 ゴブリンのいる方を観察しながら、不意にクロウシが呼びかけてきた。

 カティもゴブリンの動向を注意深く見守りながら応じる。


「あれが、?」

「ああ。あれがゴブリンだよ。それ以外に見えるか?」

「いや……確かに俺の目からもゴブリンには見えてるけどさぁ……」


 クロウシは目を細めて睨みつけるような視線をゴブリンに向けながら言う。

 あるいは、目の前の光景が現実なのかどうか疑っているのかもしれない。


「いくらなんでも数多すぎじゃね?」


 そう言いながら、クロウシがそんな目を向ける先。

 そこにいるゴブリンの数は、問いかけて確認するまでもなく異常なものであった。


 目視できるだけでもゆうに千近い数がいるのではないかと思われる、まさしくゴブリンの大群。

 いや、それが武装しているのだから〝大軍〟と言い換えるべきなのかもしれない。

 その大軍が、このだだっ広い平野に展開……というよりはみっちりとひしめき、もはや一個の不定形生物のように蠢く様子を見せていた。


「…………」


 カティは敢えてクロウシの問いかけには答えずに黙ったままだった。

 そうしながら、少しばかり考え込む。


 目の前のこの光景こそは、まさしくシュリヒテの話してくれたとおりのゴブリンの群生化ライオットであった。


 群生化ライオット。何らかの原因で単一の魔物が大量に、異常発生する現象である。

 知能が低く、強さもさほどではなく、繁殖力が高い魔物によく起こりやすいと言われている。

 ゴブリンはまさしくその条件にぴったりと当てはまる魔物であり、事実群生化が一番起こりやすい種族であった。


 群生化が起こる原因は様々であり、未だに解明もされていない。だから、それはひとまず置いておく。

 今気を払うべきは、ということである。


 通常、ゴブリン一体の強さは大したことはない。

 駆け出しの冒険者が経験を積むために討伐する――その対象として推奨されているくらいである。


 しかし、ゴブリンも知能は低いが馬鹿ではない。

 一体だけでは人間に勝てないと理解しているので、奴らは通常

 とは言っても、数体が群れていたところで危険度はさほど変わらない。精々〝初心者は気合いを入れて対処すべき〟といった程度だ。


 だが、これが十数体規模となってくると、流石に警戒を余儀なくされる。熟練した冒険者パーティーで戦うべき相手となってくる。

 群の規模が大きくなるほど、当然比例して危険度は上がっていく。

 滅多に出くわすことはないだろうが、百体近い群を組むこともある。そうなると、どれほど熟練であろうが一組のパーティーで正面から相手取るのは難しいだろう。


 群生化は、そんなゴブリンが段階を一気に飛ばして数百から数千の規模で集結し、群をなすという〝異変〟である。

 となると、その脅威はもはや言うまでもない。


 さらに、それほどの群となったゴブリンが一体何をするのかというと、

 群のままで。その進路沿いにあるもの全てに見境なく襲いかかり、荒らし回りながら。


 その様はもはや〝災害〟と表現するしかない。

 実際、どこに向かおうとしているのかも定かではないその進路の先にもしも人間の集落が存在していたら、最悪のことが起こる。

 家々は打ち壊され、住人はゴブリンの群れに襲いかかられる。

 逃げることも打ち勝つことも出来ないだろう。間違いなく無惨に全滅する。まさしく災害なのだ。


 だからこそ、ゴブリンの群生化が発生したら最大級の警戒態勢が敷かれ、人間側は総力を上げて対処しなければならなくなる。

 群生化が自然と沈静化するのを見込めない場合は、強制的に鎮圧する必要がある。

 大軍規模のゴブリンを相手に直接戦って掃討しなければならないのだ。


 その様はもはやゴブリンと人間の〝戦争〟といえるだろう。

 実際、鎮圧には国の軍が差し向けられることも多い。

 軍が無理ならギルドが陣頭に立ち、冒険者達が徒党を組んで対処することになる。


 そんな、この世界における大規模災害であるゴブリン群生化。

 それが今、まさに、カティ一行の目の前で発生していた。


 ゴブリン達は未だ集結の途上であり、本格的な移動は開始していないようである。

 とはいえ、群生化であることにはまず間違いがない。

 しかも、群生化の中でもかなり大規模なものであるようだった。


 これほどの数のゴブリンとなると、もはや――。


「……一応、確認するんだけどさ。まさか初仕事のゴブリン狩りって、アレのことじゃないよね?」


 そんなことを考え込んでいたカティへと、クロウシがそう問いかけてきた。引き攣った笑顔と共に。

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