馬車に揺られるようです

 翌朝、カティ一行は街で借りた馬車に揺られていた。幌もない荷台だけの簡素なものである。


 御者台で馬を操っているのはクロウシだった。えらく器用に何でも出来る男である。

 カティとスタルカは荷台の方に座ってのんびりしている。


 テイサハの街から南の村までは普通の行程で半日程度。

 ギルドの方もまだ討伐隊の召集に手間取っているようで目立った動きはなかった。

 なので、あまり急ぐ必要もない。

 こんな風にのんびりとした馬車旅でも構わないし、昨晩は久々に街でゆっくりすることも出来た。


 この分なら昼過ぎには到着するだろう。そう思いながら、カティはふわと欠伸をする。

 太陽の光が暖かくて気持ちよかった。風もなくいい天気だ。

 カティの隣に座るスタルカものんびりと流れていく景色を楽しんでいるらしい。

 あまりにも穏やかな旅路であった。今から戦いに赴くとは信じられないくらいの。


「……ところで、カッさんよぉ。もうそろそろ聞かせてくれてもいいんじゃねえッスか?」


 そんなことを思って若干不安になったのだろうか。

 御者として馬車を操っているクロウシが唐突にそう声をかけてきた。


「何をだよ」

「俺達パーティーの初仕事の標的が一体何なのかってこと。〝魔物の討伐に行く〟としか聞かされてねえしさぁ」


 欠伸混じりで気怠げな返事をするカティへ、クロウシはそのまま話し続けてくる。


「おまけに昨日は結構な金まで渡されて、〝出来る限りの装備を整えてこい〟って言われたりなんかして。そりゃ、どんな相手なのか不安にもなるでしょうが」

「……まあ、備えあればなんとやらってやつだ。お前こそ、ちゃんと言われたとおりにしてきたのか? 渡した金、無駄遣いしてねえだろうな」


 カティは疑わしげにそう問い返す。

 見たところクロウシの格好はいつもの少々くたびれた異国の忍装束から大した変化がなさそうであった。


「こんなに整えたの久しぶりだってくらい整えてきたっつーの。おまけに俺の武装は特殊だから、鍛冶屋の一角借りて自分で造るしかねえんだよ。おかげさんで折角街に戻れたのに遊ぶ暇もなかったわ」


 クロウシは愚痴っぽくそう返してきた。その答えにカティは満足して頷く。


「ならいい。〝そうしておいて良かった〟と後でオレに感謝することになるだろうさ」

「だから、そういう不安煽るようなことばっか言われると余計気になんだって。いい加減もう教えといてくれたっていいだろ、仲間なんだから」

「そうだなぁ……けどまあ、お前が思ってるほど大した相手じゃねえぞ」


 クロウシの催促に応えて、カティはあっさりと告げる。


だよ、今回は」


 それを聞いたクロウシは、ちょっと間を空けてから尋ね返してきた。


「……ゴブリン?」

「ああ」

「ゴブリンって、あのゴブリン?」

「あのゴブリン以外のゴブリンがいるのか知らねえけど、そのゴブリンだよ」

「なんだよ! 心配して損した! っつーか、だったら絶対ここまで装備固めてくる必要なかったじゃねーか!」


 クロウシは拍子抜けしたような声でそう叫んでいた。

 それに対してカティは特に何も言い返しはしない。クロウシの反応を否定も肯定もするつもりはなかった。


「ったく……。……けど、まあ……それにしても、割と意外ッスね、カッさん」

「標的がゴブリンだったことがか?」

「それもあるッスけど……案外って」


 クロウシがそう声をかけてきた。本当に意外に感じているらしい様子で。


「ゴブリンって、相当低級の魔物じゃん。駆け出しの冒険者が討伐するような。それが相手ってことは、このパーティーをそんな〝駆け出し〟から始めていくつもりなんでしょ?」


 確かにこのパーティーも俺自身も冒険者としては駆け出しだから、その方がいいのかもしんないけど。

 クロウシは自分でそう言いながら、勝手に納得しているようだった。


「……ああ。まあ、そんなとこだよ」


 それに対して、カティは澄ました顔でそう答えるだけにしておく。


「しかしねぇ……俺やあんたはともかく、そっちのチビ助はゴブリン相手だとしてもまだ不安の方が勝ちそうだけどさ」


 それからまた唐突に、クロウシはそんなことを言い出した。今度は矛先をスタルカに変えて。


「……チビ助じゃない。私の名前はスタルカ」


 そんなクロウシの言葉にむっとしながらスタルカがそう言い返す。若干刺々しい声で。


「そうかい。そりゃ悪かったね、なんせ人の名前を覚えるのが苦手なもんで」

「……別にいい。私もあなたに名前で呼んでもらいたくなんてないから」

「へっ、こっちだって足手まといを名前で呼ぶつもりはないな、チビ助」

「おいおい、喧嘩すんなよお前ら……」


 カティは困ったような声でそう口を挟む。二人のやり取りを幾分か意外に感じながら。

 クロウシが元々人を食ったような性格であることはわかっていたが、スタルカの方もここまで感情も露わにクロウシに突っかかっていくとは思わなかった。

 これからはパーティーを組んで戦う仲間同士である。反りが合わないままではかなり困るのだが。


「大体、カッさんもカッさんだぜ。あんたがスカウトした仲間っていうけどさぁ、そんなチビ助が本当に戦えるのかよ? 街で留守番させといた方が良かったんじゃねえの?」


 クロウシは次にカティに向かってそう言ってきた。


 どう返したもんかな。カティはそう考えて言い淀む。


 だが、クロウシは別に答えを求めていなかったらしい。

 代わりに、さらに言葉を重ねてくる。


「っつーか、ずっと聞きたかったんだけど、そもそもさぁ……チビ助の、一体何なの?」


 御者台から振り返ると、クロウシはある一点に視線を向けながらそう言ってきた。


 その視線の先にあるのは一本の杖。

 スタルカが自分の武器として持っているものである。


「何って……〝カエルさんワンド〟だけど」


 スタルカはそれをぎゅっと両手で強く握り直しながらそう答えた。


 その名前の通り、木から削り出した細身の杖の頭には、金属の板を加工して造られた〝蛙の頭部〟がくっついていた。

 蛙といってもその顔はかなりひょうきんな造形で、見ようによっては可愛くなくもない。


 それは、昨日街でスタルカの装備を改めて整えることになり、その際に購入したものであった。

 よく見れば、確かにこの初仕事に備えてスタルカの装備は一新されていた。

 ボロボロだったフード付きマントではなく、真新しいフード付きの白い魔術師ローブに変わっている。その下の衣服も新しく清潔なものだ。


 カティの方も同じく新しい衣服に着替えて動きやすい軽鎧を新調していたが、特に目立った変化はない。


 そんな二人の新装備だが、クロウシはどうもそれに対してツッコミを入れる機会をずっと窺っていたらしい。


「カエルさんワンドだけど……じゃねーって! 魔術師の杖って、あんなのでいいやつだっけ!? もっとこう……何か、魔術の威力を高める宝石とかがついてるもんじゃねーの!?」


 っつか、チビ助が魔術師っていうのも今知ったけど!

 クロウシは怒濤の勢いでそうツッコんできた。


 それをまあまあとなだめるように、カティが代わりに答えてやる。


「あのワンドはスタルカ自身が選んだもんだ。目を輝かせて、〝これがいい〟ってな。そんな杖が普通の杖だと思うか?」

「いや、どう見ても普通じゃない見た目ではあるけど……そんなスゴい性能なの?」

「ああ、なんとだな……テイサハの街の道具屋で買える中じゃ、あのワンドが一番可愛いらしい」

「この先への不安が倍増したわ!!」


 クロウシは大声でそう叫ぶと、もういいとばかりに背を向けて御者の仕事に戻った。

 スタルカもそれに対してフンと鼻を鳴らすとそっぽを向いて黙り込む。


 先が思いやられるのはこっちだよ。

 カティはそう思いながら溜息を吐くしかなかった。


 大丈夫なんだろうか、このパーティー。

 三者三様にそう思いつつも、馬車は着実に目的地へと進んでいく。

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