ゴブリン狩りをするようです その2

「……いや、あれだよ。オレ達は今からあのゴブリン相手に戦う。そんで、狩り尽くす」


 そう、それこそまさしく〝ゴブリン狩り〟だ。

 嘘は言っていない。……ちょっとばかり数が多いだけで。

 そう思いながら、カティはあっさりとそう答えてやった。


「いや、なに冗談言ってんのさ。無理じゃん、あんなの。どう見ても軍隊じゃなきゃ相手できない数じゃん。しかも、こっち三人しかいないし」


 間髪入れずにクロウシがそうツッコんでくる。


「それなら大丈夫だよ。こっちには軍隊規模の魔術師がいるから。なあ、スタルカ?」


 しかし、カティは涼しい顔でそう言いながら、隣にいるスタルカの肩を抱いた。


「ちょっと多いけど、やれそうか?」

「が、がんばってみる……」


 スタルカもこの光景には流石に唖然として固まっていたようだった。

 それを解きほぐすように抱き寄せながらカティがそう優しく尋ねると、スタルカはどうにか頷きを返してきた。


「そんで、オレも軍隊規模には頑張れるつもりだよ。つまり、この場には二個軍が揃っているってわけだ。だからクロウシ、お前はまあ……適当に頑張ってくれればいいさ。というのは大前提としてだが。そうしたらどうにか勝てるだろう」


 それはカティの正直な見立てでもあった。

 群生化ライオットは確かに予想以上の規模である。しかし、この三人での連携が上手くハマれば十分に勝算はある。

 カティの中ではギリギリそんな見込みがついていたのだが――。


「ふざけんじゃねえよ! 本気ガチでやる気なの!? 頭おかしいのかあんた!?」


 カティの言葉が冗談じゃないことをようやく悟ったらしいクロウシがそう声を荒げた。若干取り乱している様子で。


「冗談じゃねえ。自殺行為にも程があるだろ。付き合ってられるか。悪いが俺はここで抜けさせてもらうぜ」


 さらにそう続けながら、クロウシは立ち上がる。そのまま二人に背を向けようとした。


「そいつは困るな。この戦いにはお前の力も必要なんだよ、クロウシ」


 その背中へ、カティがそう声をかけた。自分も立ち上がり、クロウシの方を向きながら。


「知るか。俺があんなの相手に戦えると本気で思ってんならとんだ買い被りだぜ、カッさん」

「どうだかな。それに、お前はオレが借金肩代わりしてやった上で雇ってるんだぜ。それを耳揃えて返さねえ内に勝手に足抜けなんざさせるつもりはねえぞ」

「はっ、がねえんだったらどうするっての? 戦って引き止めんのか? 俺はそれでもいいぜ。あのゴブリンの大軍を相手にするよりは、あんた相手に戦ってでも逃げる方がよっぽど生き残る可能性は高そうだ」


 そんな言葉と共に、クロウシは背に負っている自分の刀に手をかけた。カティへとゆっくり向き直ってきながら。

 臨戦態勢。その声は冷たく、向けてくる視線も鋭い。どうやら本気でここから逃げ出すつもりのようである。


 場の空気が一気に張り詰める。カティも無言でクロウシを睨み返すばかり。


 スタルカはこうなることを予想もしていなかったのだろう。おろおろと二人の姿を交互に見るしかないようだった。

 自分と反りは合わないし、しょっちゅう衝突するが、何だかんだでクロウシは一緒に戦ってくれるものだと信じていたらしい。


 睨み合ったまま、とうとうカティの方も背負っていた自分の斧に手をかけた。

 クロウシも体勢を低く構える。

 一触即発。


 だが、その瞬間、不意にカティが表情を崩した。

 ふっと、優雅に微笑むような顔。


「――逃げる? そいつは無理だな」


 その場違いに可憐な微笑みに、クロウシは意表を突かれたのだろうか。一瞬、警戒が緩んだ。

 その隙にカティは手を添えているだけだった柄を握りしめ、片手で大斧をバッと持ち上げると、


「どっ――せえええぇぇぇい!!」


 その場で半回転して振り向きつつ、思いっきりぶん投げた。ゴブリン達へ向けて。


 大斧は何本か木をなぎ倒しつつ木立を抜け、恐ろしい勢いと速度で地面と水平に回転しつつカッ飛んでいく。


「――――」


 ゴブリン達の方でも自分達に向かって飛んでくる大斧に気づいたようだったが、遅かった。

 それに、気づいたところで対処など出来なかっただろう。


 大斧はそのまま勢いと速度を落とすことなくゴブリンの群れに突っ込む。

 さらに、回転の力を乗せた刃でゴブリン達の胴体を次々に切り飛ばしていく。

 大斧の飛ぶ軌道上にいたゴブリン達は皆等しく即死することとなった。


 大斧はそのままゴブリンの群れの中程まで食い込んで蹂躙すると、今度は大きく半弧を描くようにして戻り始めた。群れから抜け出そうとするように。

 その様はまさしく大斧のブーメラン。大斧はその勢いと速度と回転を一切落とすことなく大量のゴブリン達をその刃にかけ、最後にはしっかりと持ち主の元へと戻ってきた。


 誰もが思わず呆気に取られるしかない、ありえないにも程がある奇襲攻撃だった。


「これでもう、誰も逃げられねえ」


 カティは戻ってきた大斧をしっかりと掴むと、担ぎ直す。

 それから、にっこりと笑ってそう言った。美しいながらも獰猛さに溢れた笑顔で。


「~~~~ッッ!!」


 その言葉を証明するかのように、ゴブリンの群れから甲高い雄叫びが上がった。

 群れ全体に敵襲を伝えるものだろう。あるいは戦闘態勢に移行したことによる興奮の叫びなのかもしれない。仲間を殺された怒りでもあるのかも。


 いずれにせよ確かなのは、カティ一行は今の大斧の投擲によってということであった。

 存在から、居場所から。無謀にもこの数のゴブリン達に挑みかかってきた敵であるらしいことまで、全部を。


 ゴブリンの群れが動く。群れの端から一点に伸びていくようにして。

 その伸びていく先の一点とは、言うまでもなく今カティ達がいるこの場所である。


「何してくれてんのぉぉぉ!? あんたぁぁぁ!?」


 素っ頓狂な叫び声を上げながらクロウシがカティの方へと駆け寄ってくる。さらには胸ぐらを掴んでガクガクと揺さぶってきた。


 しかし、その行為にカティを害そうとする意図はないらしい。

 ただ、完全に気が動転したあまりの行動であるようだった。


「ハッハッハ。さーて、すぐにでもアイツらここへ突っ込んでくるぞ。別に逃げてもいいんだぜ? あれを相手に逃げきれる自信があるんだったらな」


 カティはまったく平然とした態度でクロウシにそう言葉を返す。

 さらに、そう言いながらチラッと後ろへ視線を送った。

 それに釣られたクロウシもそっちを見て、


「…………っ!?」


 まさしく絶句していた。

 二人の視線の先では、猛り狂ったゴブリンの大軍が真っ直ぐこちらへ迫ってきていた。

 もはや逃げる猶予は残されていない。そう悟ったのだろう。


「チクショウ!! どうしてこんなことに……!!」


 クロウシはカティを突き飛ばすようにして放した。

 さらに膝をつくと、がっくりうなだれながらそう嘆く。


「ようやくわかってくれたようで何よりだ。さあ、もう誰も逃げられねえ。死にたくなかったら腹括って戦うしかねえ!」


 カティがパンと手を大きく叩いてそう叫ぶ。全員の注目を集めるように。

 さらに、スタルカにも優しく手招きをした。


 スタルカは一連の出来事に再び唖然と固まったままであった。あんぐりと大口を開けて。

 しかし、その手招きでようやく我に返ったらしい。小走りで駆け寄ってきた。


 とにかく、これで全員が一箇所に固まった。それに満足したカティは何故かいきなりしゃがみ込む。

 それに釣られてスタルカも同じようにしゃがみ込んだ。クロウシはまだ膝をついて打ちひしがれている。

 カティはそんな二人の肩をガシッと抱き、全員の顔をぐいっと近寄らせながらこう告げる。


「さて。もう時間はあんまりねえが、とにかく作戦会議といこうじゃねえか」

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