救援到着のようです その1
テイサハの街には今やそこかしこに応急の
おかげでちょっとした要塞の様相を呈している。
テイサハの街の冒険者ギルド――そこに所属するほぼ全ての冒険者が動員され、攻め込んできた竜の群に頑強な抵抗を続けている。その
とはいえ、街中の路地に築かれたその
何故ならば、それに頼らなければならない程にまで街の中に敵が侵攻してきている証明でもあるのだから。
なにより現状はまさしくそのとおり。
街への入り口はすでに突破され、街の中へと入り込んできた竜を必死で迎撃し続けているという有様。
街の中へと侵入し、その
蜥蜴をちょっとした家屋程度の大きさに膨らませたような、地を這う竜である。
だが、竜という名が付いているとはいえ、その強さは竜種の中でも最低クラス。
図体を活かした突進や噛みつきなどの単純な戦い方しかしてこない。知能も低く、ほとんど獣に近い。動きもそれほど素早くない。
とはいえ、それでも竜は竜。決して侮ってかかるべきではない魔物でもある。
その図体から繰り出される攻撃をまともに受けるのは賢明ではない。いかに単純なものであるとはいえ。それほどの威力である。また、見た目を裏切らずに結構な頑丈さと体力を誇ってもいる。
たとえ熟練の冒険者であっても手を焼く厄介な魔物である。
冒険者達のほとんどは
それにも仕方ない事情がある。
戦闘を得手とし、実力的にも優れたタイプの冒険者達。彼らは地竜よりも厄介な
地竜よりそのサイズは小柄ながらも自由自在に空を飛び、上空から攻撃を仕掛けてくる。そんな飛竜の脅威は今更説明するまでもないだろう。
また、一部の突出した力量を持つ冒険者は街の外へ配置されていた。押し寄せてくる地竜や飛竜をそこで迎え撃ち、出来るだけ食い止めるために。
というより、実際この防衛戦の主力と主戦場はそちらだった。
しかし、最初の内はそれで食い止められていたものの、その内に相手の数に押し切られて、突破されてしまった。
ついでに街の入り口も突破され、遂にはこうして街の中にまで侵入された。
それを
そんな、まさしく壊滅寸前――どうしようもなく最悪の状況というのが現在であった。
シュリヒテはそんな
自分の工房からほど近いところに築かれたものだ。
その
いや、もはやこうなってくると街を守っているのか、ただ自分が生き延びるためだけに抵抗しているのかよくわからない。
そんなことをぼんやりと考えながら、シュリヒテは
周囲の慌てふためく冒険者達に比べて大した落ち着きぶりだった。肝が据わっているというよりも、開き直りの境地にあるだけだが。
それに、何よりシュリヒテは絶対に自分で矢面に立つつもりがなかった。
防衛戦へ加勢するにあたって、シュリヒテは自作の魔術スクロールを根こそぎ持ち出してきた。攻撃も防御も支援も、あらゆる類のものを惜しむことなく。
だが、いざこうしてそれが必要な場面になると、シュリヒテは適宜それを他の冒険者に手渡して発動のタイミングを指示するのみであった。
無論、どんな事態でも冷静に状況を見て指示を出す人間がいてくれることは大事だ。
まとめ上げる人間がいなくては冒険者達も烏合の衆。特に、今は互いをよく知らない人間同士が寄り集まり、緊急で徒党を組んでいる。それが連携して防衛にあたるためにも必要な役割である。
とはいうものの、指揮以外の全てを他の冒険者に丸投げしているその態度は少々どうかと思われた。
というか、実際同じ
しかし、本人はどこ吹く風である。
自分が戦っても足手まといになるだけだ。何故なら俺は驚くほど喧嘩が弱い。……などと主張して。
まあ、正直その自己申告にも信憑性がないわけではない。ひょろっとした長身の身体はいかにも学者という雰囲気であり、あまり頼もしさは感じられない。
とはいえ、今ここに一緒に隠れて戦っている冒険者の面々も大なり小なり似たようなものだ。
だからこそ、こんな最後方に配置されているわけで。
「シュリヒテさああぁぁん!! もう無理!! もう無理ですって!!」
シュリヒテと同じ
相変わらず開き直って泰然としているシュリヒテに向かって。
クレムの声はもはや泣き叫ぶかのようだ。いや、実際半分泣いている。
「ここは放棄して下がりましょうよ!! 絶対もうこれ以上は防げませんってば!!」
クレムの言葉を聞いて、シュリヒテも
相変わらず絶望的としか言いようがない様相だった。
先ほどからずっと地竜が三体、この
地竜を直接的に迎撃できる、そんな戦闘技術を持つ人間はここにはいない。
何人かは配置されていたのだが、既に度重なる戦闘で負傷して下がらせている。
あとは、シュリヒテ持ち出しの攻撃魔術スクロールでどうにかダメージを与えて討ち取る――それしかこちらの攻撃手段はない。だが、それもいい加減打ち止めが近い。
攻撃手段が尽きたらどうなるか。あとはひたすら障壁スクロールを張って粘り続けるしかない。
だが、そちらにしても大した時間が稼げそうにはない。
つまり、いよいよこの
その窮状を察しているからこそ、クレムも撤退を進言しているのだろう。
無論、シュリヒテだってそんなことはとっくの昔に理解しているのだが。
「無理だな。ここより後ろに下がる場所も逃げる場所もない。放棄して逃げた瞬間、俺達なんてあっという間に追撃されてお陀仏だ。ここでやれるだけ頑張るのが現状一番安全だよ。究極的な消去法だが」
「そうは言っても、あとどれだけ粘れるっていうんですか!? あの三体の地竜を仕留められるだけの攻撃魔術スクロールはもう残っていないのに! この障壁破られたら、いよいよ私達もおしまいなんですよ!?」
「だから、その時こそが俺達の往生際ってわけだ。泣き言ばかり喚いてないで、いい加減潔く腹括っときなさい」
「嫌だあぁぁ!! 私、こんな死に方したくて冒険者になったんじゃないのにぃぃ!! 安全な依頼だけ選んで慎ましく食べていくつもりだったのにぃぃ!! まだ結婚もしてないのにぃぃ!!」
生々しい嘆きを発するクレムにシュリヒテは苦笑するしかない。
そんな赤裸々な自供のとおり、クレムはまだ年若い女性冒険者だ。
くたびれたおじさんのシュリヒテとしては未来ある若者を何とか逃がしてやりたい気持ちもある。
だが、実際一人だけ逃がしたところで死ぬのが多少遅くなる程度だろう。
……どうにもならんな。
シュリヒテは嘆息し、唸る。
本当はもう少し粘っていれば
それは、今のところシュリヒテだけが知っている情報だ。
そのことを教えてやってもいいのだが、それもまあ本当に間に合うのかどうかは何とも言えない。
不確かな希望で惑わせるのは状況的にも得策ではないと思われた。
出来るだけ気は張り詰めさせておいた方がいい。戦意を失わせないためにも。
「ほら、その恨み言は根こそぎあの地竜どもにぶつけてやれ。そろそろ障壁も限界だから、攻撃魔術スクロールの準備を――」
だから、そんな言葉と共にシュリヒテはクレムへスクロールを手渡そうとした。
だが、その瞬間だった。シュリヒテの予測よりも早く、障壁スクロールの限界が訪れたのは。
飽きることもなく愚直に障壁へ突進を繰り返していた地竜達。どうやらそっちの努力の方が報われてしまったらしい。
「――――」
奇怪な鳴き声と共に、障壁を突破した地竜達が押し寄せてくる。
予想外の事態でまだ迎撃準備の整っていない
「しまっ――」
「――ひいいぃぃ」
地竜が突進してくる。
それに対して攻撃魔術スクロールによる迎撃も、障壁スクロールを張り直すのも間に合いそうにない。
三体分のあの突進をこの応急の
万事休すか。そう思い、シュリヒテも反射的に身をこわばらせる。
しかし――。
「――っ、……!」
その瞬間、何者かが
一体どこから来たものか。
その後ろ姿は、上下黒ずくめの執事服を纏った男のもの。ただし、その服と同じく真っ黒な髪は女性と見紛う程の長さであったが。
とにかく、そんな謎の男が突然シュリヒテ達の目の前に現れた。
そして、無言で片手を前へと突き出している。
一体何をしているのか。その答えはすぐにわかった。
地竜達の突進がここまで到達していない。
すんでのところでそれは何かに阻まれ、止まっていた。半透明の障壁にぶつかるようにして。
どうやら、この男の張っている障壁のおかげであるようであった。
地竜三匹の突進を一度に防げる程となると相当なものだ。
だというのに、それを発動させているその男の顔はどこまでも涼しげで穏やかである。
その障壁はどうやら聖職者の奇跡の一種であるようだ。そうなると、この男もかなり腕の確かな聖職者であるはずだが。
シュリヒテは訝しげに目を細める。とてもそうは見えない格好だ。
髪の長さと同じく、その顔もまた下手すると女性と見間違う整いぶりの優男。全体的に怪しさしかない。
とはいえ、そんな怪しい男に間一髪のところで助けられていることも事実だ。
こいつが何者なのか疑っている場合ではないだろう。シュリヒテはそう思い直し、状況を整理しようとする。
男が防いでくれている間にどうにか体勢を立て直す。地竜を撃退するために。
だが、どうやらその必要はなさそうであった。
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