美少女戦士乱入のようです

 古竜とアレク一行との戦いは、街から相当離れた場所で行われていたらしい。

 街を巻き込まないためには、古竜がこの距離にいる時点で攻撃をかけて足止めしなければならない。

 その必要もあっての、このタイミングでの決死隊だったのだろう。


 ……こっちにとっても好都合だけどな。

 カティは思う。これなら周囲を気にせずに自分も全力で暴れられる。

 今、後ろに庇っている奴らも街まで撤退させれば巻き込まずに済むってわけだ。

 そのための時間と、古竜の隙くらいは自分なら余裕で作り出せる。


 そこまで考えているからこそ、カティは言っているのだ。


「――選手交代だよ。ここから先はオレ一人であのデカブツと戦う。お前らはそこでノビてるアホを連れて街まで撤退しろ。全速力でな」


 カティは顔半分だけ振り返って視線を向けながら言い放つ。


 もちろん古竜への警戒も怠らない。

 しかし、向こうは未だよろめいて崩れた体勢から立ち直ろうとしている最中のようだった。不意打ちによる精神的動揺からも、か。

 これなら、時間的な余裕はまだ少しばかりありそうだ。とはいえ、そう長くもないこともまた確か。

 カティとしては出来るだけ素早く、遠くへと後ろの奴らには下がって欲しいのだが。


「――馬鹿なことを言うな!」


 しかし、そのパーティーのリーダーであるアレクが開口一番そう言ってきた。

 驚き、呆れ、不審、不安。全てが複雑に混ざったような声で。


「……君が、さっき古竜に攻撃を加えて俺達を助けてくれたのか? それは素直に感謝する。本当にありがとう、おかげで助かった。ギリギリのところで命拾いした、君のおかげだ」


 アレクは次にそう感謝を述べてきた。心底恩義を感じているらしい声色。

 しかし、その後で「だが」とアレクは続け、


「そうだとしても、君が今から一人であの古竜と戦おうとすること――それとこれとは話が別だ。無茶にも程がある。そんなことを見過ごすわけにはいかない。たとえ、それが退だとしても」


 余計なお世話というものだ。アレクはきっぱりとそう言い切った。


 頭の固い熱血漢。〝思えばコイツは昔からそうだったな〟とカティは内心で密かに思い出し、うんざりする。

 たとえ、その言葉が責任感の強さとこちらへの気遣いの表れであると伝わっていても。


「大体、君は一体何者なんだ? 戦場にそんな……奇抜な格好でいきなり現れて。武器だけはやけに立派のようだが、それにしたって……。いや、そもそも君はどう見ても俺達より年下の女の子だ。そうとしか見えないし、思えない。そんな君が一人だけで戦うな――……ん……て……!?」


 さらに、今度は不信感を露わにしながらそう続けてきたアレク。

 だが、その言葉が途中で急に途切れた。というよりは、驚愕のあまり言葉を紡げなくなったようだ。


 ああ。その様子を見て、カティも悟る。

 どうやらようやく、気づかれてしまったらしい。


「……お、お前……もしかして……サークか……ッ!?」


 アレクの口から震える声でこぼれ出てきたその指摘。

 それを聞いて、今まで不安そうに成り行きを見守っているだけだった他の二人――カルアとサンタも仰天した様子でカティを見つめてきた。その指摘が真実なのかを確かめようとするように。


 だが、程なくして三人とも確信したらしい。

 服装と髪型は信じ難い変わりようである。しかし、そのとんでもない美少女の容姿は確かに半年以上前に別れた〝元・パーティーメンバー〟のものであるということを。

 苦楽を共にした仲間にして戦士、『サーク』であると。


 そう察せられる、驚きの中にどこか懐かしい安堵が混ざったような気配がその三人に立ち上った。

 それを、カティの方でも感じ取り――。


「――『サーク』? 知らねえ名前だな。今のオレは新進気鋭の駆け出し冒険者こと美少女戦士の『カティちゃん』様だ」


 だが、あからさまにそうとぼけた。精一杯プリティーな微笑をその美少女の顔に浮かべて。

 背中に向けられる懐かしい眼差し。それを冷たく突き放すように。

 おどけた言葉と態度もそのためのものだったのだが。


 どうも、効果的に働きすぎたらしい。

 カルアとサンタは思いっきり怪訝そうに目を細め、眉をひそめた顔になっていた。


 言ってしまったカティにしたって若干恥ずかしい。

 そう言い放った時のまま、とぼけた笑みを維持しているが頬は少しばかり赤い。変な汗もかいている。


「……い、いや! お前は間違いなくサークだ! そうだろ!? 何より、その口調、態度、キメ顔で若干スベる癖! お前以外でなくて誰だと言うんだ!!」

「うっせえんだよテメエは!! そっちこそ相変わらず大真面目な顔でボケかましてくる癖そのまんまじゃねえか!! ちったぁ空気読めよ!!」


 だが、アレクだけは実に真剣な様子でそう言い返してきた。

 本当に、まったくもって冗談というものが通じない男なのである。こんな時だと言うのに。


 思わずカティも反射的にそうツッコんでしまった。冷徹に振る舞おうとしていたのが台無しである。


「そんなこと言ってる場合か!? お前がなぜ頑なに自分をサークだと認めたがらないのかは知らないが、そうとなれば尚更お前を一人だけで戦わせるわけにいくか!」


 そんなこと言わせる場合にしてるのはお前なんだが。

 そうツッコみたい気持ちをぐっとこらえて、カティはジトっとした目をアレクに向けるだけに留めておく。


 しかし、そんなカティの様子に構うことなくアレクは言葉を続けてくる。


「お前が今までどこで何をしてたのか、今は聞かない。その時間もないしな。だが、仮にお前がいくらか以前のように戦える状態なのだとしても、やはり一人だけでアレに挑むなんて無謀もいいとこだ。ここは力を合わせるべきだろ。お前一人よりは、四人で挑む方がまだ勝算は――」

「――うるせえんだよ」


 だが、カティはそれを途中で強引に遮る。

 今度こそ全てを突き放すための冷酷な声で。


 それを聞いた三人が再び驚きに固まる。背筋にゾクッと寒気を感じているような表情になって。


「その満身創痍のザマでよくそんなことが言えたもんだな」

「――――ッ」


 アレクがその指摘に言葉を詰まらせた。


 三人の状態はまさしく言葉どおり。疲弊し、傷だらけでボロボロ。

 古竜との戦闘で限界寸前であった。一目瞭然である。

 おまけに、この場には気絶してダウン中の戦士、ホークもいる。そちらの負傷ぶりは、即座に安全な場所まで下がらせて治療しなければ危険なレベルだ。


「要するに、足手まといなんだよテメエら。ボロボロのテメエらにうろちょろされる方が邪魔なんだ。こちらにとっちゃあな」


 お荷物抱えたまんまじゃ全力出せねえんだよ。

 冷然とそう告げるカティ。


 だが、アレクはそれでもまだ納得がいっていない様子で、


「――ッ、しかしっ」

「――オイ。これが最後だぞ、アレク」


 食い下がろうとしたのを、カティが凄んで止める。

 地の底から響くような、低く、冷たい声で。


「ホークを連れて、今すぐ街まで撤退しろ。これ以上の問答はなしだ。じゃねえと、古竜より先にオレがテメエらをここで全員殺す」


 カティのその言葉は本気だった。本気の殺意がそこには籠められている。

 そう感じさせる迫力。何ならそこに少しばかりの殺気すら混じっていた。


「…………ッ!?」


 それをハッキリと感じ取ったのか、三人とも絶句していた。

 今すぐ言うとおりにしないと、サークは本気で自分達を殺す。

 どうやらそれがちゃんと伝わってくれたらしい。


「……わ、わかった。俺達は撤退する。不本意だが、この場はお前一人に任せる」


 三人は即座に撤退の準備を始めた。

 アレクとサンタでホークを担ぎ上げ、カルアが持てるだけの荷物を持つ。


「……サーク……死ぬんじゃないぞ」


 それでも未練がましく、アレクは最後にそう言ってきた。

 本気でこちらを心配している声。カティに全てを任せて撤退することを相当心苦しく思っているらしい。


 だが、カティの方はその言葉に応えない。

 ただ、撤退を始めたパーティーへ無言で背を向けるのみ。

 言うべきことなど何もない。

 言えるような気分でもない。カティだってまだ過去の全てに折り合いをつけられたわけではないのだ。


「……さぁて」


 それに何より、気の利いたことを言っている時間もなさそうだった。


 視線の先で、ようやく体勢を整えたらしい古竜がこちらを向いていた。

 ゆっくりと歩き出しながら。


 古竜は睨みつけてきている。

 背を向けて逃げ出す四人の方ではない。自分の前に立ちふさがる、ただ一人だけを。

 明確な敵と認識しているらしい、怒りに燃える目で。

 どうやらカティが先ほどの不意打ちの犯人であることもちゃんと理解しているようだ。


「ようやく邪魔者もいなくなったんだ」


 対するカティも怯まない。睨みつけてくる古竜を真正面から睨み返す。


 古竜の怒気。肌がビリビリと痺れる程のそれを浴びてなお、不敵に微笑んで見せる。

 美しい少女の顔に獰猛さを浮かべて。

 大戦斧を古竜へ向かって真っ直ぐに突きつけながら、大声で言い放つ。


「こっからは一対一タイマンの殴り合いといこうじゃねえか!! なあ、大将!!」


 雄叫びを上げながら、大戦斧を構えてカティは突撃していく。

 応じるように地が震えるほどの音量で吼え、その腕を振り上げた古竜へと向かって。


 世界で最も美しい少女と古竜、その凄絶な殴り合いがここに幕を開ける――。

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