間に合ったようです

 それは一条の流星か。閃光か。


 あるいは巨大な〝深紅の矢〟であるか。それも、神話の巨人が放つような。


 街の上空を恐るべき速度で猛然と突っ切っていくその謎の飛行物体。

 それを偶然にも目撃した人間達は一様にそんな想像を頭に浮かべたことだろう。


 ただ、その飛行物体の一直線の進路上に飛び交っている飛竜ワイバーンを避けることもなく正面から衝突――どころか、その身体をあっさりと貫き、グチャグチャに吹き飛ばしていく。

 その様子を見るに、何らかのであることはまず間違いない。そのはずだ。


 しかし、そのどれもが正解ではない。誤りだ。

 とはいえ、その勘違いも当たり前だろう。

 誰がその飛行物体を、だなどと思うだろうか。荒唐無稽な空想にも程がある。


 だが、それこそが紛れもない真実であるのだから仕方ない。


 もちろん今更言うまでもなく、その飛行物体とは黒縄によって射出されたカティに他ならない。

 黒縄の生み出す伸縮による勢い。『衝撃インパクト』の奇跡の重ね掛け。

 それらからなる圧倒的な加速で発射されたカティは、で飛び続けていた。まさしくブランの言っていたとおりに。


 全身の骨がメチャクチャに折れている。『衝撃』の重ね掛けと、空気抵抗に殴られ続けているせいで。

 それを、カティの体にかけられた祝福が。それでまだどうにか命が繋がっている。そんな状態。


 その感覚はもはや言葉では言い表せないものだった。

 ただひたすら、激痛以外の何も感じられない。

 おまけに身体の内部も臓器や血流がメチャクチャなことになっている。

 生身で無理矢理に空を猛スピードでカッ飛んでいる最中と思えばそれも当然だろう。


 気を抜けば痛みやら何やらで喪失しそうになる意識。それを必死で繋ぎ止めながら、カティは飛び続ける。

 古竜へと目掛けて。どれだけ全身の異常に意識を塗りつぶされそうになっても、その目的だけは見失わない。


 だから、爆速で流れていく景色の中でも、カティの目はその標的の姿をどうにか捉え続けていた。

 たとえ街の直上を突っ切る際に、哀れな飛竜を何匹か巻き添えに吹き飛ばしても。カティはそれでも見失うことなく標的を視界に収め続けたままで向かっていく。


 街を越えると、おぼろげだった古竜の様子がようやくハッキリとその目に映った。


 とんでもない巨体であることは既にわかっていた。

 だが、距離が近づくにつれてその圧倒的なサイズをより如実に感じられた。

 まるで、蜥蜴が小さな山くらいの大きさになったような。形容するならばそんな感じだろう。


 しかし、そんな呆れるしかない図体よりもさらに一層目を引くものがあった。


 その古竜の全身に。カティは最初そう思った。

 だが、違う。

 それはのではなく、のだ。


 その〝何か〟とは、半透明に透き通る鉱物であった。

 宝石か、水晶か。定かではないが、不揃いの大きさに伸びたそれが古竜の体を覆い尽くしている。

 光を乱反射させて、ぼんやりと白く発光しながら。


 それは、〝鱗〟と見なすべきなのだろうか。発光する、半透明の〝結晶鱗〟。

 それこそが古竜の外見の中でその巨体よりも遙かに異様な迫力を放っていた。

 見る者へと言いしれぬ恐怖と威圧を振りまいていた。


 カティですら例外ではない。そんな古竜の姿を見た瞬間、背筋に寒気が走った。

 本能的な警戒心を呼び起こされる。何だか知らんが、あれはヤバい。

 今まで自分が戦ってきた魔物の中でも格が違う。恐らく強さの桁が違う。

 そんなことはわかりきっていたはずなのだが、至近距離でその姿を目の当たりにすることで改めてそれを強く認識させられる。

 今の自分ですら、果たして本当にアレに勝つことが出来るのかどうか。

 ほんの一瞬だけ、自信が揺らぎそうになる。気後れしかける。


 だが、次の瞬間にそんな精神の揺らぎが全て吹き飛んだ。

 古竜の全身の次に、目に飛び込んできた光景。それが一体何であるのかに気づいたことで。


 古竜はただそこに突っ立っているだけではない。

 。口を開けて牙で噛みついたり、巨大な腕やそこについた鋭い爪、太く逞しい尾を振るったりしながら。


 何と戦っているのか。答えはすぐにわかった。

 古竜の眼前に立ちはだかり、それと対峙している人間と戦っているのだ。


 その人間の数は四人。

 剣を振るい、盾で防御し、魔術を放ち、傷を奇跡で治癒しながら。人間達の方は

 パーティーとして連携し、全力で古竜に立ち向かっている。


 だが、古竜の方は違う。

 まるで、自分にまとわりついてくる羽虫を鬱陶しがっているような。そんな戦いぶりだった。

 必死さの欠片もない、余裕に満ちた様子である。


 戦いの形勢というのも、その古竜の様子が示すとおりであった。

 人間達のパーティーの方が圧倒的な不利。その攻撃が古竜に有効なダメージを与えられているようには微塵も感じられない。古竜に傷一つ負わせられていない。

 逆に、古竜の攻撃はどんどんそのパーティーを追い詰めていく。

 いや、それでもよく戦っている方だと言えるだろう。よく粘っている。持ちこたえている。パーティーの要である戦士がその攻撃を一手に引き受けて、防御に徹することで。


 そう思ってしまうのは、カティが同じく〝戦士〟という職であるからだろうか。

 それとも、パーティーを守っているその戦士が直接の後輩であり、自分の後任だからなのか。


 しかし、それも長くは続かないだろう。

 いや、というよりも、カティが目撃したのはまさしくであった。


 高速で古竜へ接近していく視界の中で。

 その戦士が限界に達したのか、古竜の攻撃を受けて倒れた。

 この極限状況における戦闘不能による脱落。それをカバーして戦闘を継続する余力は、そのパーティーに残っていなかった。

 戦士の抜けた穴を突いて古竜の攻撃が通ってしまえば、間違いなく全滅する。

 絶望的な窮地に追い込まれたそのパーティー。カティの視界にはそれが映ってしまった。

 もうあと数秒で自分も古竜の下へと到達できるという、そのタイミングで。


「――――ッ」


 それを認識した瞬間、カティの中で何かが激しく燃え上がる。

 一瞬で火が点いたように、カッとなった。頭に血が上る。血液が沸騰する。


 その湧き上がった熱に従い、カティはほとんど無意識に懐を探っていた。

 即座に取り出し、発動させる。『衝撃』のスクロールを。


 一個目。加速のために。発動した『衝撃』にカティの全身が後ろから押され、さらに速度を増す。

 二個目、三個目。それも加速と方向の調整に使う。

 元の照準が甘かったせいで、カティは古竜の頭上をそのまま飛び越してしまう軌道にあった。

 それを『衝撃』で無理矢理曲げる。急降下。古竜の頭上へ。その顔面へと、真っ直ぐに突進していく軌道に。


 古竜がその腕を勢いよく振り上げている。その姿がカティの目には映っている。高速で落下しつつ、そこへ近づいていく視界の中で。

 その腕を振り下ろして、あのパーティーを攻撃するつもりなのだろう。その一撃でもって壊滅させ、決着をつけるつもりだ。

 パーティーの方にはもはやそれを防ぐ術はない。

 倒れたままの戦士を除く全員が無防備にそれを見上げている。全てを諦めたように硬直し、絶望的な表情で。

 その決着の一撃が振り下ろされようとした――。


「――させっかよおおぉぉぉ!!」


 まさしくその瞬間に、カティは標的へと到達した。吼えながら。

 体を捻ると、片足を突き出した飛び蹴りの体勢となり――。


「~~~~ッッ!?」


 ――着弾する。衝突する。

 カティの蹴りが直撃する。古竜の巨大な頭部、その横っ面に。

 ここまで発射されてきたその勢いと速度を全て乗せて。


 これには流石の古竜の巨体もよろめいた。

 意識外からの完全なる不意打ちだったことも効果的に働いたのだろう。

 まさしくその横っ面に自分と同じサイズの生き物からの蹴りを食らったような。

 そんなよろめき方をして、古竜は後ろに二、三歩下がった。たたらを踏んでいた。

 もちろん、振り下ろしの一撃は中断された。すんでのところで。


 一体何が起こったのか。

 自分達が命拾いしたことすらまだ上手く実感できていない様子で、そのパーティーが呆然と見上げる先。

 そこから〝何か〟が降ってきた。

 凄まじい轟音と共に何かがぶつかったらしい古竜の顔面付近。そこから弾かれた、小さなその姿が。


「――――っ」


 降ってきて、着地した。

 その冒険者パーティー――剣士アレクのパーティーのすぐ目の前に。


 剣士のアレクも、魔術師のカルアも、聖職者のサンタも。

 ひたすら困惑した表情で、その何かに視線を向ける。一体それが何であるのかを確認するために。


 それは、一見したところ真っ赤な〝塊〟であった。血塗れの肉塊か。

 しかし、すぐにその赤は血の色ではないことに気づく。


 深紅の布。それに包まれた、肉塊ではなく〝人間〟。


 それが目の前にあった。半分地に伏せるような体勢で。

 しかも、何やらゴキゴキという異音を発しながら。

 まるで、ような。

 そんな音と、奇怪な動きと共に、その人間がゆっくりと立ち上がった。


「――ってぇ~……」


 そんな呟きを発するその人間の姿を、全員がそこでようやく正しく捉えられた。


 金色に輝く二つ括りの長髪。深紅に染まった、華麗で豪奢なドレス。

 そんな格好をした、どう見ても少女でしかないシルエット。


 その少女が背に負っていた大戦斧をゆっくりと抜き放ち、構える。刃の部分だけで少女の身の丈ほどもありそうなそれを。

 そうしながら、少女が歌う。

 いや、違う。小鳥が歌うような美しい声で、言うのだ。


「――テメエら、引っ込んでろ。コイツは――あの古竜は、オレの獲物だ」

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