発射されるようです その2

「出来んのかよ、そんなこと!?」

「ええ、恐らく可能かと。私の『黒縄』と、カティ様のその無双の怪力をもってすれば」


 叫ぶように確認するカティへ、ブランは頷き、そう答えてくる。

 そして――。


「――――」


 突然、その両腕を素早く振るい始めた。何かをそこら中に放り投げているかのように。


「幸い、この丘の道はその両側を背が高く幹の太い樹木に囲まれています。負荷を複数本の木に分散させれば、あそこまで届かせるレベルの張力を支えることも可能でしょう。その張力に達するまで黒縄を引っ張るのはカティ様にお任せいたします。それに関しては、あなた様のその怪力であれば容易いものかと」


 ブランはその言葉のとおりに、複数の木の先に向かって黒縄を飛ばして結びつけていたらしい。

 十分な量に達したと判断したのか、その複数の黒縄をひとまとめにしたものをカティへと手渡してくる。それはもはや、かなりの太さの〝大縄〟であった。


「…………」


 カティは無言でそれを引っ張ってみる。

 ブランの言うとおり、しなやかに伸びる。それも、かなりの長さを。


 一回、試しに放してみた。大縄は伸びた分の勢いと共に急速に縮んでいき、地面に落ちた。

 確かに、これなら何かを発射することが出来るだろう。弓矢の原理――というよりは、巨大な〝スリングショットパチンコ〟だ。


 その巨大なスリングショットを、カティが全力で引いて発射する。

 自分自身を、あのうっすら遠くに見えている古竜へ向けて。

 確かに出来なくもなさそうではあるが……。


「本当に、そんな上手くいくか?」

「それと合わせて、『衝撃インパクト』の奇跡を私からカティ様へ重ね掛けで発動させます。その二つの勢いを組み合わせれば、可能性は大いに」


 ブランはさらにそう言ってきた。


 『衝撃インパクト』の奇跡。聖職者の振るう攻撃の魔術のようなものだ。

 文字通り、敵に衝撃を与えて吹き飛ばすという単純なもの。

 カティもかつての仲間がそれを使うところを何度も見たことがある。


 それ故に、一つの疑念が生じるのだが。


「一応聞くんだが、それって人体に撃ち込んで大丈夫なやつか?」

「――カティ様、そもそも。他でもないという条件であるからこそ、今回この方法をご提案させていただいているのです」


 そして、と続けて。


「『衝撃インパクト』の奇跡についても同様です。カティ様のお体で死なない限界まで重ね掛けをさせていただき、発射の後押しといたします。しかし、それだけの『衝撃インパクト』を同時に撃ち込まれたら普通の人間は間違いなく身体がバラバラに吹き飛んで死にます」


 ブランはあっさりとそう言ってのけた。


 それを聞いて、流石のカティも苦い笑顔で頬を引き攣らせてしまった。

 スタルカとクロウシに至ってはもはや口をあんぐり開けて絶句している。


「……つまり、お前は今からでオレを発射することで、古竜のところまで撃ち込んで届かせる――そう言ってるわけか?」

「ええ、まさしく左様でございます」

「また一応聞くんだが、お前、オレの従者だよな?」

「主人の望みを手段を問わず全力でもって叶えてみせるのもまた〝良き従者〟というものでございますれば」


 呆れたような声で問うカティへ、ブランは悪びれもせずにそう答えてくる。美しく礼を捧げてきながら。


「さて、どうされますか? これはあなた様の人間離れした〝怪力と頑丈さと回復力〟を前提とした、でございます。しかし、身体に途轍もない負荷がかかるのもまた事実。それを恐れられるのであれば、無理にとは申しません」

「…………」

「ですが、恐らくこれが今の状況下においてはかと、私はそう御提案させていただくのみでございます」


 頭を下げたままでそう言ってくるブラン。

 それに対してカティは目を伏せ、一瞬黙した後で、


「……ブラン」

「はい」

「気に入ったよ。それでこそオレの従者だ」

「勿体なきお言葉にございます」


 獰猛な笑みに顔を歪めながらカティはそう言った。

 ブランもまたそれに対して深い礼を返してくる。


「――これで行く。二人とも道を開けてくれ。つーか、危ないから離れてろ」

「お姉ちゃん!?」

「おいおい、正気かよカッさん!?」

「今更な言葉だな。そもそも古竜に戦い挑もうってのが既に正気じゃねえんだ。だったら、その前にもう一回くらい正気じゃねえことしといたって大して変わらねえだろ」


 二人で仲良くぎょっとした顔を向けてくるスタルカとクロウシ。

 だが、カティはそんな二人に向かってあっさりとそう返す。


 その言葉を聞いてか。あるいはカティの決意に満ちた横顔を見てか。

 何を言っても無駄だと悟ったのだろう。


「――っ、古竜に挑む前にあんたが死ぬのだけはやめてくれよ! 本末転倒だ! 何としても無事に辿り着いてくれなきゃ、俺達全員ただの馬鹿だぞ!」


 クロウシがそう叫ぶと、馬に乗ったままで横に退いた。ついでに他の馬も連れて。


「任せとけ。先に発射されて、上手くいきゃお前達が危ない目に合う前にぶっ倒しておくさ」


 カティは冗談とも本気ともつかない調子でそう言うと、次にブランの方を向く。


「他に注意するべきこととかあるか?」

「『衝撃インパクト』のスクロールをいくつかお渡しさせていただきます。飛んでいく方向を調整したい時にお使いください」

「了解だ。後の手筈は全てお前に任せる。二人と一緒に街へ突入して、その防衛に加勢しろ」


 カティは懐にスクロールをしまい込むと、頷く。

 ブランも黙って頷きを返してきた。


「さぁて――」


 呟き、黒縄の太縄を掴んだカティは、それを思いっきり引っ張る。


「――――」


 引っ張って、どんどんと伸ばしていく。駆けながら。その横をブランも併走してくる。

 黒縄の張力と、それを支えている木の耐久力――その両方の限界付近まで到達したところでようやく止まった。


 大斧を背負ったカティは、太縄を片足で地面に思いっきり踏みつけて固定。そのまま待機する。

 その隣ではブランが『衝撃インパクト』の重ね掛けを準備する。

 全てが整ったところで、二人はどちらともなく目を合わせた。


「行ってくる」

「お気をつけて」


 それを合図に、カティが踏みつけを緩め、両足を太縄に乗せて――。


「~~~~ッッ」


 限界まで引き絞られた太縄が恐ろしい速度で縮む。

 そのとんでもない勢いと、重ね掛けされた『衝撃インパクト』。二つの莫大なエネルギーが生み出す加速によって、木々が大きく揺れるほどの剛風と共に少女の身体が〝射出〟された。

 遠くにぼんやりと佇む古竜へと向けて、一直線に。

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