追放されるようです その2

「丁度いい、後任の戦士もお前に話があるようだからな。この場に加わってもらうことにしよう」


 アレクが目配せをすると、頷いたサンタが店の外に出て行った。

 程なくして、一人の男を連れてくる。

 それは、こんな姿になる前のサークに勝るとも劣らぬ逞しい肉体をした偉丈夫。

 だが、顔つきは以前のサークよりも若々しい。


「……ホーク……!?」

「先輩、お久しぶりッス」


 サークはそいつの姿を見て、静かな驚きと共にその名を呟いた。

 どうやら以前から面識があるらしい両者。

 ホークと呼ばれた男の方も親しげな笑みを浮かべながらサークへ挨拶してくる。


「知っての通り、お前が先輩の戦士として目をかけ、何かと面倒を見ていた後輩戦士のホーク君だ。お前の後任は彼に勤めてもらうことにした」

「ハッ……そういうわけかよ。言っとくが、コイツはまだまだ未熟者だ。実力なんてオレの足下にも及ばねえぞ」

「……かもしれん。それは俺達も、何より本人も認めている。だが、お前の指導を受けていただけあって、この街じゃお前の次に優れた戦士であることも確かだ。何より――今のお前とは比べものにならないくらい頼りになる」


 ホークを見下すような顔のサークに、アレクは冷然と告げてきた。


「――――ッ」


 それを聞いて、瞬時に怒りで顔を真っ赤にするサーク。

 だが、それを感情的に相手へぶつけることは思いとどまったらしい。

 黙って、小さく身を震わせるだけであった。その怒りを何とか押さえ込もうとしているように。

 あるいはそれは何も反論できないからであったのかもしれない。


「……オレに、話があるんだって? ホークよぉ……良かったなぁ、上手いことオレの後釜に座れて。大出世じゃねえか、ええ? それをオレに自慢しに来たってわけか? それとも、笑いに来たのか? 今のオレのこの姿を……」


 だから、サークはその代わりにホークへとそう語りかける。

 精一杯強がるように、自虐的な笑みを浮かべながら。


「……そんなわけ、ないじゃないッスか……!」

「…………!?」


 だが、そんな先輩のいじけた言葉をぶつけられたホークはというと、突如ボロボロと大粒の涙を流し始めた。

 それを見たサークは思わずぎょっとするしかない。


「憧れだった先輩のあの逞しい胸板が……岩のようだった背中が……丸太のような腕と脚が……それが、今はこんな面影すら感じられない、可愛らしい姿になってしまって……! 笑えるわけないじゃないッスか……! 悲しく思わないわけないじゃないッスかぁ!!」


 涙を流しながら、絞り出すような声でそう叫ぶホーク。

 その様子からは偽りのない本気の悲痛さが伝わってくる。


「……だけど、先輩……安心してください……。俺、確かにまだまだ先輩の足下にも及ばない未熟者ッスけど……これからは、俺が先輩の代わりにこのパーティーの皆さんを守ってみせるッス! 戦士としての役割を果たしてみせるッス!」


 涙を拭うと、ホークは自分の胸を強く叩きながら真っ直ぐにそう叫ぶ。


「先輩の意志を継いで、立派にやり遂げてみせるッス! だから、パーティーのことは何も心配せずに、先輩には新しい人生を歩んで欲しい……それだけ伝えておきたかったんス……!」


 ホークはサークを見つめながら、力強くそう宣言した。

 その眼と声は悪意など一切感じられない、曇りなく純粋なものであった。

 ホークは本気で今のサークに対して悲しみを覚え、同情し、気遣っている。

 尊敬する先輩の跡を覚悟と共に引き継いで、少しでも安心させようとしている。

 それがしっかりと伝わってきてしまい、サークは目を伏せた。

 それは、先ほどまでのいじけきった態度で接してしまったみっともない自分を恥じているようで――。


「――だから!! ここは普通、先輩を追い落としたことを意地汚く喜びながら勝ち誇るところだろうが!! 何でひたすら素直で心優しい後輩のまま慰めてくるんだよ!! そんなんじゃ完全にオレの方が大人げなく惨めに喚いてるみてえになるじゃねえか!!」


 そんなことはまったくなかった。

 ガバッと顔を上げると、ホークに向かってそんな理不尽な言葉をぶつける。

 ぷりぷりと怒りながら。しかし、この美少女の姿ではまったく迫力など出るわけもない。


「大体お前は昔から気が利きすぎてて逆に気が利いてねえんだよ!! ここは先輩の顔を立てろ!! 立てて見下せ!! そうじゃねえとこの場の憎まれ役がいねえだろうが!! そうなると、どんどんオレをパーティーから外すことが正しくなっちまうんだよ!! 一瞬オレすら『お前が継いでくれるならまあ……』とか思いかけたわ!! そんなわけにいくか!! まだまだお前なんかに譲ってたまるかって――」

「――サーク、いい加減その辺でやめてくれ」


 困惑するホークに、サークがくどくどと説教を始めた。

 それをアレクが強引に遮って止めさせてくる。


「これ以上お前の茶番に付き合ってられるほどこっちも暇じゃないんだ。こちらからお前に話すべきことはもうない。これで全部だ」


 そう言いながら、アレクは立ち上がる。


「ま、待ってくれよ! まだ、オレは――」

「すまん、サーク。申し訳ないとは思っている。まだお前が納得するのは難しいというのも理解わかる。それでも、どうにか受け入れてくれ。話が拗れる前にこうすることが、一番お互いのためになるはずなんだ」


 きっぱりとそう言い放つと、アレクは仲間達を促して背を向けてきた。

 決然と、何かをそこで断ち切ろうとするように。

 そして、全員で店を出て行こうとする。


「待てって!! こっちを向けよ、オイ――」


 サークも慌てて立ち上がり、それを追いかけようとする。

 しかし、まだ今の身体の感覚に慣れきっていないせいなのだろう。


「――あうっ!?」


 身に纏っている、カルアが用意してくれた質素な村娘の衣服。

 そのスカートの裾を踏んずけて思いっきり転んでしまう。


「待ってくれぇぇ!! オレを見捨てないでくれぇぇぇ!!」


 転んで、立ち上がれないままサークは遠ざかる仲間の背中へ手を伸ばす。

 そうしながら、泣き出しそうな声でそう呼びかける。


 いや、実際もうすでにサークは泣いてしまっていた。

 あまりの理不尽さに。あまりに納得のいかない別れに。

 何より、急いで仲間を追いかけなければいけない大事な場面――そこでみっともなくすっ転んで立ち上がれない、今の自分の惨めな有様に。


 必死で伸ばした手は届かない。

 仲間達が呼びかけに応えて振り返ってくれることもない。


 パーティーはそのまま店を出て行き、サークだけが一人その場に取り残された。

 戦士としてはまったく役立たずの、ただ美しいだけでしかない少女の姿のままで。


 突如自らに降りかかったそんな運命の無情さに打ちのめされ、サークはしばらくその場に泣き崩れるしかなかった。

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