追放されるようです その1
筋肉ムキムキマッチョの脳筋戦士が、華奢で可憐な美少女になってしまった。
そんな怪事件――いや、珍事件か?
とにかく到底現実とは思えぬ奇怪な現象が起こった夜から三日が経った。
その三日間、美少女と化したサークはショックのあまり心神喪失状態――まるで抜け殻のようになったまま、カルアに色々とお世話されて過ごした。
今は一応同性ということでカルアがその役を買って出てくれたのだった。
あの夜から、パーティーの取ったひとまずの方針はこうだった。
……とりあえず、様子を見よう。
こういった、身体に異常が発生するタイプの呪いは時間経過と共に効果が切れることも多い。それを当て込んでのことだった。
無論、ただ放置するだけというわけでもない。
その三日間、聖職者のサンタが文献を漁り、同様の症例を探し、とにかくあらゆる方法を駆使して解呪を試みた。
アレクも魂が抜け出てしまったような仲間を救うために、方々かけずり回って迷宮の秘宝に関する情報を集めようとした。
しかし、いずれもこのサークの身に起こった異常を解決するには至らなかった。
そうこうしている内に三日が過ぎたというわけだった。
そして今、アレク、サンタ、カルアの三人はある一つの決断を下した。
サークをパーティーから外すしかない。
三日経っても、サークの身体には何の変化も現れなかった。
それでダメならこれ以上は待てないと判断した。
もしかしたら、いつか不意に戻る可能性もあるだろう。しかし、いつになるかもわからないそれをダラダラと待ち続けることも出来なかった。
結局、どこかできっぱりと見切りをつけなければならない。
なので、それをこの三日目と決めた。
さらに、この異常事態の解決を諦めたのにはもう一つ理由があった。
あらゆる解呪を試した末に、これはもはや自分の手には負えないとサンタが匙を投げた。
サンタは聖職者。こういった呪いを祓って解くというのもその職が担う役割の一つである。
そして、サンタは今やパーティーが拠点としているこのテイサハの街ではトップクラスの聖職者であった。
そのサンタが諦めたということは、この呪いを解く方法は存在しない。
あるいはサンタ以上の聖職者であり、解呪のスペシャリストでもないと難しい。
つまり、サークが少なくとも短期間の内に元の姿に戻ることはない。
また、自分達でも戻すことが出来ない。
三人は結局そんな見込みに達してしまった。
だから、パーティーから外す。
もうそれしかない。
それを告げるために、三人はサークとの会合の場を設けた。
昼食時も過ぎ、他の客もいない午後の金熊亭。
奇しくも三日前に事件が起こった時と同じ円卓の席で、リーダーのアレクが冷酷に告げる。
「悪いが、このパーティーから抜けてくれないか?」
☆★
「――待ってくれ……! オレはまだやれるんだ!」
全てを告げられたサークはショックを受けた様子で俯いていた。
しかし、やおら顔を上げると必死の形相でそう言った。
「たかだか身体が女になったくらいで、他は完全にオレのままなんだ! 今までの経験が消えたわけじゃねえ! 身体だって、多少小さくなったくらいで――」
言いながらサークは椅子から立ち上がり、その背後へと回る。
後ろの壁には自身がこれまで愛用してきた武器である大戦斧が立てかけられていた。
男であった時ですら身の丈の半分程もあったその
サークが少女となった今では刃の部分だけで身長と同程度のサイズ比となっている。
サークは小さくて可愛らしいとしか言いようのない手でそれの柄を掴む。
「見とけよ、力だってきっと……! 前みたいに……! こんな斧だって……!」
そうして両足で必死に踏ん張り、どうにかそれを持ち上げてみせようとする。
だが、大斧は微動だにしなかった。
「チクショウ……! なんでだよ……!」
「もういい。やめろ、サーク」
なおも必死で持ち上げようとするサークを、アレクが諫めてくる。
「十分わかったよ。以前なら軽々振り回せていた得物を、今や持ち上げるどころか動かすことすら出来ない。それが今のお前の現実だ、サーク。いい加減受け入れるしかないだろ、お互いに」
アレクが溜息を吐きながらそう言い放ってきた。
サークは悔しさと羞恥に頬を染めつつ、渋々席へと戻った。
「……オレを、切り捨てる気か。オレが戦士としての役割を果たせなくなったから……」
「そうだな……。そう捉えられても、否定は出来ない」
「ハッ、役立たずになったら早々にお払い箱ってわけか。ふざけんじゃねえ……! 今までテメエが言ってきたことは、全部嘘だったのかよ! アレク!」
サークは声に怒りを滲ませながら、卓を叩く。
「言ってたよな? 俺達は信頼し合い、支え合って一緒に夢に進んでいく仲間だって……。誰一人欠けてもやっていけないって……。それなのに、お前らは今オレを切り捨てようとしている。結局、オレのことを本当の仲間だなんて思ってなかったってわけだ」
サークは睨みつける。美しい少女の顔を怒りに歪ませて。
対面に座る、どこまでも無表情のアレクを。
その両隣に立って、こちらへ悲しげな視線を向けてくるカルアとサンタを。
「お前達に仲間としての絆を感じていた。誰かが窮地に陥っている時は必ずオレが助けて、守ってやろう。今までずっとそう思ってやってきた。それが仲間だと思ってたからだ。なのに、実はそう考えてたのはオレ一人だけだった。そういうことだな!?」
この人でなしどもが。
サークが吐き捨てるようにそう言った瞬間、
「いい加減にしろ!!」
今度はアレクがそう怒鳴り、卓を叩いた。
「お前のことをそうやって大事な仲間だと思ってるからこそ、お前と離れようとしているんだろうが! 三日間、全員が出来る限りのことをした! お前を元に戻すために! 確かにそれだけじゃあ不十分に感じるかもしれん! だが、これ以上どうすればいい!? どこまでやればお前は満足だ!?」
そこからアレクは長々と、その結論に至った理由を語り始めた。
面食らったような顔のサークに口を挟む隙も与えず。
懇々と、切々と語ってきた。ひたすら丁寧に語り続けた。
自分達だって、出来ることならサークが元に戻るまで付き合ってやりたい。
だが、きっとその内にサークの方がそれを辛く感じるようになるだろう。
何故ならその間、このパーティーは停滞することになる。
何日、何ヶ月、下手れば何年。
自分が原因でそれを強いることに、必ず罪悪感を抱くだろう。
こちらにしても、そうなる原因のサークに不満を抱かず付き合い続けられるのかわからない。
すぐのことではないだろうが、いずれどちらも確実にその感情に押し潰されるのは目に見えている。
だったら、今こうしてお互いまだ冷静でいられる内に別れた方がいい。
その方がお互い心の傷も浅い内に新しい道へ進むことが出来る。そのはずだ。
「俺達はお前に自分を俺達の負担だと思わせて傷つけたくない。俺達だってお前を負担に思って恨みを向けたりしたくない。だから、頼む……!」
そこまで長々と、感情も露わにアレクは語った。
その最後に、円卓に両手をつけ、深々と頭を下げながら言う。
「今、お前がこのパーティーを抜けてくれ。それが一番、お互いのためなんだ」
それは、まったく一分の隙もないくらいの正論であった。
何よりも真っ当で常識的な理由であった。
パーティーのために最も合理的でありながら、同時に仲間としての配慮と思いやりもそこには含まれている。
そんな、文句のつけようもない、完璧に正しい判断であった。
だからこそ――。
「だからッ!! 全然言い返すこともできねえ、どこまでも正しい理屈でオレを追放しようとするんじゃねえよ!! むしろもっと理不尽な態度で一方的に突き放してくれた方がよっぽど納得できるわっ!!」
顔を真っ赤にして、サークはそんなメチャクチャな言葉を叫び返すことしか出来ない。
まるで子供が駄々をこねるように。
いくら身体が少女になってしまったとはいえ、精神までそれに引きずられているはずはないのだが。
「いやだぁぁ!! オレは抜けない! 抜けたくないぃ! オレはまだやれるんだぁぁ!! 戦士として、戦えるはずなんだぁぁ!!」
だと言うのに、サークはその外見に見合った可愛らしい抵抗をするより他ない。
相手の言い分があまりにも正しすぎて突き崩せないからだった。
だから、じたばたと手足を動かして卓を叩き、地団駄を踏み、喚き散らす。
それを見ている方が毒気を抜かれて呆れてしまう、そんな抵抗をするしかない。
そうしないと、このままでは圧倒的な形勢不利でそれを飲み込まざるを得ない。
納得して受け入れることなど、まだ到底できそうにないというのに。
「チクショウ! なんだよ、カルア! サンタ! お前らも何か言えよ!! お前らはどう思ってんだよ!? だんまり決め込みやがって! こんなのおかしいだろ!?」
サークはガバッと顔を上げると、次にアレクの両隣に立つ二人へ矛先を向けた。
「サーク……悪いけど、アタシもアレクに全面的に同意。本当に残念だし、無念だし、悲しいとも思ってる。それだけはわかってちょうだい」
カルアは溜息を吐き、重苦しい声でそう答えた。
「そして、最後にアタシからアンタに言えることは一つだけよ」
言いながらカルアはサークの側まで近寄ると、しゃがんで目線を合わせてくる。
何事かとカルアの方を向くサーク。
カルアはその肩を優しく掴むと、真っ直ぐサークを見つめてきながら、
「アンタ、これから本当にしっかりしなくちゃダメよ。アタシがいなくなっても一人でトイレいける? 髪のお手入れも欠かさずやりなさいよ?」
「姉貴が妹に向けるような視線やめろッ!! そういうことが聞きてえんじゃねえよッ!!」
怒りで顔を真っ赤にしながら、サークはカルアを乱暴に振り払った。
「サークさん……」
二人がそんなやり取りをしているところへ、次はサンタが近寄ってきた。
サンタは懐を探り、丁寧に包まれた一つの手紙を取り出す。
「これ、僕の知っている孤児院への紹介状です。院長さんは信頼のおける優しい方ですから、これを渡せばきっとサークさんのことも快く受け入れてくれます。この街からは少し遠いところにありますけど、その方が環境としてもいいでしょうし……」
「お前もお前で妙に細やかで完璧な気遣いやめろッ!! 一瞬マジでありがたく思いかけただろうがッ!!」
サークは叫びながら、机に置かれた紹介状を弾き飛ばした。
「大体お前ら! 何としてもオレにパーティーから抜けて欲しいようだが、それで困らないのかよ!? 戦士としての役割を果たせる仲間がいなくなっても!」
サークは三人を睨み、ビシッと指を突きつけながらそう叫ぶ。
「当たり前のことを聞くな。そんなもの困るに決まってるだろう」
「――ッ! だったら――」
「だから、もう後任の手配もしてある」
アレクは本当に困っているような顔をしつつも、あっさりとそう答えた。
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