飲んだくれるようです

「チクショォォ~……アレクのバカ野郎ぉぉ~……カルアもサンタもホークも……みんな情のカケラもねえ人でなしどもめぇ~……」


 そんな話し合いから数時間後。

 サークはまだ金熊亭に居座ったままであった。


「オレのことをあんなにあっさりと見放して……切り捨てやがってぇ~……チクショウ……納得できるかぁ、こんなことぉ……」


 パーティーでいつも使っていた席。

 サークはそこに一人陣取りながらぶつぶつとそう管を巻く。

 その顔は赤く、目はとろんとしている。

 明らかな酩酊状態であった。

 あれからずっとサークはその席で飲んだくれていた。


「うぃ~……チクショウめ……」


 瓶からグラスに並々と酒を注ぐと、一気に呷る。

 その後でぶはぁと酒臭い息を吐く。

 以前の姿ならともかく、今の美少女の容姿では凄まじい違和感ばかりを放つ光景である。

 だが、そんなことはお構いなしにサークはぐいぐいと酒を飲み続ける。

 そうしないことにはやっていられない。それくらい、メタメタに打ちのめされた気分だった。


「…………」


 もちろん、サークとてアレク達の言い分が正しいことは理解していた。

 あまりにも否定しようがないせいで、ああしてみっともなく駄々をこねるように喚き散らすしかなかった。

 それくらい、アレク達の判断は冒険者として正しい。


 冒険者とは常に危険と隣り合わせの稼業である。

 油断すれば簡単に負傷する。運が悪ければ命も落とす。

 冒険や探索には常にその危険性がつきまとう。

 組んでいる仲間がもしもそうなった時には、容赦なく切り捨てて前に進むしかない場合もある。

 運悪く仲間が死んでしまったら、その死を悼みつつも素早く切り換えるしかない。

 冒険者を続けていくのが不可能なくらいの重傷を負った時もそれは同様である。

 別れることになった仲間をいつまでも未練がましく引きずらない。

 出来るだけ早く欠けた人員を補充してパーティーを元に近い戦力へと戻す。

 そうしなければ、冒険者稼業をこれまでどおりに続けていけなくなる。

 冒険者として廃業するつもりがないのであれば迷わずそうするべきだ。

 それが一流の冒険者に必要な考え方だった。


 その点で言えば、アレク達は間違いなく超一流の冒険者であった。

 何よりも冒険者として正しく、合理的であった。

 この過酷なテイサハの街でトップに登り詰めたというのは伊達ではない。


 そしてもちろん、そのパーティーの一員であったサークもそれは素直に認めるところであった。

 冒険者としてその考えの正しさは理解しているし、自分もいざという時にはそう行動する腹積もりであった。

 しかし、それは裏を返せば自分がそうされる立場になっても文句は言えないということでもある。

 その覚悟は常に固めて、冒険者として生きてきた。


 そのはずだったのだが、やはりこの事態ばかりはいくらなんでも計算外すぎた。

 完全にサークのそんな覚悟を上回るほどに珍妙で、理不尽なケースとしか言いようがなかった。

 サークは死んだわけではない。

 冒険者を続けることが出来ないくらいに負傷したわけでもない。

 ただ、である。

 わけのわからない秘宝の霊薬を飲んだせいで、今のところ元に戻す手段のない呪いのようなものがかかっただけである。

 それ以外は身体も自由に動くし、意識もハッキリしている。

 筋肉も腕力も格段に落ちてしまったことは間違いないだろう。それは認める。

 だが、それでもまだ何とかなるのではないかと思ってしまう。


 ……いや、そう思いたい。現実を認めたくない。

 この先ずっと〝女の子〟として生きていかなければならないという現実を。

 今までずっと筋肉ムキムキマッチョの怪力脳筋戦士としてやってきたのに。

 それを誇りにすらしていたというのに。

 そのアイデンティティーを全部取り上げられて、今から可憐な美少女として強制的に人生をやり直させられそうになっている。

 そんな現実に向き合いたくない。そんな残酷な話があるか。

 到底サークには納得できなかった。認められなかった。向き合えなかった。

 だから、自分はまだ戦士としてやれるのだと思い込むしかなかった。

 まだ冒険者として死んでいないと信じ込み、それに縋るしかなかった。

 そうしないとサークの精神は粉々に崩壊してしまう。

 サークはそのギリギリのふちにいた。


 だからこそ、全てから目を逸らすために酒に逃げた。

 酒に溺れて、かつての仲間達への恨み言を吐き出す。

 仲間達の行動を手酷い裏切りだと決めつけて、それに対する怒りを燃やし続けることで精神を安定させる。

 サークはこの時それを選んでしまった。

 そうしなければ精神が折れて、二度と立ち上がれなくなりそうだった。

 とはいえ、こうしてただひたすら飲んだくれていたところでどうしようもないのだけれど。


「んぁ……?」


 そうこうぐるぐる考えながら杯を干してる内に、酒瓶は空っぽになっていた。

 あの日のことが割と深刻なトラウマになってしまい、サークは律儀に酒をグラスに注いで飲むようになっている。

 しかし、逆さにして振ったところで数滴しか酒はグラスに入らない。

 舌打ちと共に瓶を卓の上に放ると、サークはカウンターへ叫ぶ。


「親父ィ! 酒が切れた、新しいのくれぇ~」


 金熊亭の店主は溜息と共に新しい酒瓶を提げてサークの席へと近づいてくる。


「なァ……確かにあんたが荒れる気持ちはわかるよ」


 しかし、店主は卓の上に酒瓶を置くと、溜息混じりで話し始めた。


「ウチの悪ガキのせいであんたの人生を大きく歪めちまった。そのことはとても償いきれるもんじゃねえよ。あんたが望むなら死ぬまでタダで飯も食わしてやるし酒も飲ませてやってもいい。ウチの坊主を許してくれた代償がそれで済むなら安いモンさ」


 言いながら、店主がちらりと視線を送る。

 その先には、いたずら小僧のダニーが心を入れ替えたように黙々と給仕に勤しんでいる姿があった。

 あの日、親父にこっぴどく叱られるどころか顔面が変形するんじゃないかというくらいにぶん殴られたのがよほど堪えたようである。

 流石にあれはサークの方が止めに入らざるをえなかった。


「だが、それにしたってよぅ……」


 店主が一瞬言い淀みつつ、卓の上に視線を向ける。


「いくらなんでも食い過ぎだし、飲み過ぎじゃあねえか?」


 その言葉を聞いて、サークも〝それ〟を見る。

 円卓の上に乱雑に積まれた食器の山。それらはソースや脂などで汚れてはいるものの、そこに食べ残しは欠片も見当たらない。

 その周りに散乱している両手の指じゃ足りない数の酒瓶。それも皿同様に一滴残らず空っぽである。


「つーか、食べ過ぎ飲み過ぎ以前におかしいだろ。明らかにあんたの今の身体のデカさを食い尽くした料理と飲み干した酒の方が上回ってるだろ!? どうなってんだよ、あんたの身体!?」


 あんた破裂して死んじまうんじゃねえか!?

 そう言ってくる店主を、サークは酔いのせいでとろんとした目で睨みつける。


「うるせえな……なんでか知らねえけど、この身体になってからいくらでも食えるし飲めるんだよ……満腹感も薄いし、酔いだって大して回らねえ……これくらい酒飲んでようやく温まってきたところなんだ……」


 言いながらサークは酒をグラスに注ぎ、また一息で飲み干す。

 ぶはぁと酒臭い息を吐き、恐ろしくかわいい声で精一杯に凄む。


「いいからテメーは黙って言われたとおりに酒と料理を持ってきやがれ……! 次、余計な心配してきたらぶっ飛ばすぞ……!」


 当たり前だが、こんな少女の見た目ではまったく迫力はないらしい。

 店主は困ったような顔をして肩を竦めると、店の奥へと戻っていった。


「チクショウ……どいつもこいつもオレを馬鹿にしやがって……!」


 自分の脅しが何の効果も生まなかっただろうことはもちろんサークにも伝わっている。

 以前の姿であれば、誰もがその場で小便をちびりそうなほど震え上がっただろうに。

 苦々しくぼやきながら、サークはさらに酒を呷る。

 見る影もない今の自分の惨めさも。自分の身体に起こっている異常も。暗澹としている自分の明日も。

 全てをドロドロの酩酊の果てに、今だけは目を背けて忘れてしまえるように。



 しかし、そのせいで、サークは気づくことが出来なかった。

 そんな可憐な少女の姿で暴飲暴食をしている姿があまりにも異様すぎて、店中の客から好奇の視線を集めていたことに。



           ☆★



 〝もう閉めるから今夜は帰ってくれ〟。

 結局、そう追い出されるようにして店を出た。

 かなりの酔いが回っているせいで、危なっかしくふらつきながら歩くサーク。

 その後ろを、誰かがこっそりとつけていることにも気づかずに。


「うーぃ……チクショウめぇ……」


 その内に足をもつれさせ、サークはコケるようにして路地裏に寝転がった。

 そのままどこぞの建物の壁に身体を預け、うとうとと船をこぎ始める。

 

 それが以前の逞しく強靱な男の姿のままであれば、誰もがそのまま放置していただろう。

 路上で眠り込む相手に親切に声をかけてくれる人間でも、あるいはよからぬことを企む輩でも。

 どちらにも一様にそれを躊躇わせるような、あの威圧的な巨躯であれば。


 だが、サークは気づけなかった。

 今の自分の姿が、以前のようなそんな迫力を完全に失っているどころか、むしろ真逆であることに。


 何もかも忘れたいというやけっぱちの泥酔。

 その挙げ句、今の自分の容姿と性別すら忘れてしまったらしいサーク。

 そんな忘却の果てに、その意識は路上の片隅にてドロドロに溶けて沈んだ。

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