救援到着のようです その3

「――はうぅ……よ、ようやく放してもらえた……!」


 ちょうど、そのタイミングでスタルカもこちらへ戻ってきた。……少しばかりふらつきながら。


 どうやら冒険者達に次々に感謝を述べられ、救世主として祭り上げられたせいで若干ぐったりしている様子。

 まあ、絶体絶命の危機をギリギリで脱した感激に打ち震えているらしい冒険者達のテンション――それに圧倒されてしまうのも仕方ないことだろう。


「おうおう、救いの女神様とやらがようやくのお戻りだぜ」

「……うるさい」


 自分の功績を全て横取りされたと思っているらしいクロウシがそう出迎える。やっかみ丸出しの声で。中々にみっともない態度である。

 それに対して、スタルカも思いっきり不機嫌そうに舌を突き出していた。それを思うと案外同レベルな二人なのかもしれないが。


「おかえり、女神サン」

「もう! シュリヒテおじさんまで!」


 シュリヒテまでもがそれに便乗してそうからかってきた――そう思ったらしいスタルカが頬を膨らませ、非難がましい目を向けてくる。


「いや、大真面目だよ。実際、思わず女神に見えるほどしてるじゃあないか。この前とは見違えたな。似合ってるぞ」


 しかし、シュリヒテは至って真面目な顔でそうおだててやる。まあ、いつものように半分は本気だがもう半分は適当な冗談でもあるのだが。


「そ、そうかな……えへへ」

「照れとる場合か」


 だが、それを真面目に受け取ったスタルカは一気に機嫌を直したようだ。

 頬を染め、はにかむような笑顔を見せる。ジト目でツッコんでくるクロウシのことも気にせずに。


「――さて、それで? もう一人のかわい子ちゃんの方はどうしたんだ? どこにいる?」


 しかし、実際クロウシのツッコミどおりでもある。いつまでも気の抜けたやり取りをしている場合ではない。

 なので、シュリヒテは集まってきた三人へそう問いかけた。

 まずは、この場に欠けているもう一人も含めて話しておくべきことがある。


 ついでに、作戦を立て直す必要もあるだろう。

 今この場は小康状態だからいいが、他の防壁バリケードが危機に陥っていないとも限らない。ならば、確認と救援を急がなければ。

 ここの態勢を立て直して、再び竜どもに備えることも急務だ。古竜への対処もどうするか。

 改めて、問題は山積みだった。目眩がしそうな程に。


 だからこそ、〝絶対助けてやる〟と大口叩いた張本人がこの場にいなければ話にならない。

 あの人間離れした、圧倒的で出鱈目な力がなければ。


 そう当て込んでのシュリヒテの問いかけ。というより、催促だった。

 どこにいるのか知らんが早く呼んでこいと言わんばかりの。

 しかし――。


「あー……そのぉ……」


 それに対して三人が何やら一瞬言い淀んだ。いくらか困惑したような顔で。


「……お姉ちゃん、『先に行く』って言って飛んでいっちゃった」

「……は? どこに?」

「……古竜のところ。『直接向かう』って」


 三人を代表してスタルカがそうおずおずと答えてきた。


 それを聞いたシュリヒテは珍しく愕然とした顔で固まってしまう。

 返ってきた答えがあまりにも想定外過ぎて。

 同時に、胃の底から焦燥感がせり上がってくる。背中に嫌な汗が吹き出る。


「…………」


 声も出せずに黙り込んだままで、反射的に願う。冗談であってくれ、と。

 そうであってくれなければ――。


「――〝決死隊〟だ! アレクの決死隊が戻ってきた!」


 しかし、ちょうどその瞬間に、そんな声が背後で響いた。

 街の正門から伝令がやってきたらしい。状況を出来るだけ大勢に知らせるためなのか、大声でそう叫びながら。

 もちろんシュリヒテにもバッチリと聞こえてしまった。その報告が。


「も、戻ってきたってことは、古竜を倒せたのか!?」

「いや、違う! 仲間が一人負傷して、やむなく撤退してきたらしい! アレク達自身も限界だ! 戦闘の継続は不可能! 古竜はいまだ健在だ!」


 傷の一つもつけることすら出来なかったらしい。

 伝令のその報告に、冒険者達の顔が漏れなく絶望に歪む。先ほどまでひとまずの窮地を凌いで喜んでいたのが嘘のように。


「ま、待てよ……!  それじゃ、今、古竜はどうしてるんだ……!? 決死隊の足止めもなくなってしまったのだとしたら……!」


 冒険者の一人がそう伝令へ問いかける。

 いや、それは問いかけというよりも口から思わずこぼれ出たものだろう。

 考えたくはないが、考えなければいけない最悪の事態についての想像が。


「それについての報告も外で戦い続けている奴らから届いている! 俺はそれを本部まで伝えに行く途中なんだよ!」


 だが、伝令はそう答えてきた。

 それは凶報を伝えるというよりも、ひたすら困惑している声であった。であるかのように。


「外の連中はこう言ってきてる!


『真っ赤なドレスを着た女の子が、たった一人で古竜と殴り合っている! 真正面から、まったくの互角で! 何が起こってる!? 頭がおかしくなりそうだ! あれは誰なんだ!? 本部の送り込んだ秘密兵器か!? とても現実とは思えない光景だ! どう考えても普通の人間じゃないぞ!?』


 ってな!」


 伝令はそうがなり立てた。逆上しているかのような調子であった。

 まあ、こんな荒唐無稽な内容を報告しにいかなければならないと考えると仕方ないのかもしれない。

 普通なら〝頭のおかしいホラ吹き〟呼ばわりされるのがオチだろう。〝真面目にやれ〟と叱責すらされかねない。


 ただし、この場の冒険者は誰もそれを笑ったりはしなかった。

 もちろん信じられないとは思っているのだろう。誰もが衝撃に固まり、口も聞けない様子である。


 当然だ。一体誰がそんなことをあっさりと信じることが出来る?

 古竜を今、だなんて。しかも、

 おまけにその人間というのが戦士然とした格好の屈強な男ですらない、ドレスを着た女の子であるだなんて。

 その光景を想像することすら出来ない、まさしくだった。全員がその場で呆然と立ち尽くすしかなくなる程の。


 だが、そんな中で、その報告をであると確信できる者達がいた。


「山姥……」


 その中の一人である、冒険者のクレムがそうぽつりと呟く。震える声で。

 どうやらその不条理な存在についての心当たりがあるらしい様子。

 しかし、その心当たりもまた微妙に間違っている。


 この場においてはが真実を知っている。

 そのあり得ない女の子の仲間である、シュリヒテ達四人だけが。


「……あの馬鹿……!」


 どれほど信じ難い内容であったとしても、とりあえず大半の人間とってそれは吉報だっただろう。

 ひとまず古竜が足止めされているらしいことは確かなのだから。


 だが、唯一シュリヒテにとってだけはであった。

 それを表すように、シュリヒテは頭を抱える。吐き捨てるようにこぼした文句と共に。


「……マズい。マズいぞ。非常にマズい」


 その後でやおら顔を上げると、ぶつぶつとそう呟き出す。


 何やらシュリヒテの様子がおかしい。

 そう感じたのだろうスタルカ達が不安そうな顔を向けてくる。


「何がマズいのさ、シュリヒテのおっさんよぉ。今んとこカッさんが無事に向こうに着いて、一人で古竜相手に大立ち回りしてくれてるってのはこっちの予定どおりだぜ?」


 恐る恐るといった感じでクロウシがそう尋ねてきた。

 確かにその言葉が示すように、この別行動と今の状況はそちらの意図したとおりなのだろう。


「……そうだな……」


 シュリヒテはひとまず冷静に納得する。知らなかったのならば仕方ない。


 それが最善の行動だったのだろう、あいつにとっても。

 。それをとりあえずは果たせたらしいことを思えば、あながち間違いばかりでもない。


 それに、、シュリヒテとしてもその行動に異論はない。

 いや、本当ならば古竜であったとしてもそう思えていたはずだ。

 現れた古竜が、〝アレ〟でさえなければ――。


「――お前達だけにでも、伝えなきゃならん情報がある」


 大きな溜息を吐くと、シュリヒテは三人へ向かってそう言った。


 とにもかくにも、現状を受け入れてそこから始めるしかない。

 時間もあまり残されていないかもしれない。思った以上に。


 どうにかしなきゃならんが、一体どうするべきか。

 それを考えるにはこの三人の力も必要だ。

 だから、正直に明かすより他ないだろう。個人的には気が進まないとしても。


 覚悟を決め、シュリヒテは三人へ告げる。


「このままじゃあいつは――カティは、古竜に敗北ける」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る