魔術師と忍者で組むようです その2

「――ッ、おまっ――」

「――まあ聞けって」


 もちろん、それを聞いたシュリヒテも意表を突かれたような様子であった。

 しかし、すぐさま険しい顔つきとなって何か言おうとしてきた。

 それをクロウシが片手を突き出して遮り、言う。


「こいつの魔術が途轍もねえってのはさっきの会話のとおりだ。俺が保証する。少なくとも、この街の魔術師を根こそぎ集めたよか、こいつ一人の魔力の方が上だと思えるくらいに。結晶鎧竜の鱗を砕ける可能性は、こいつにやらせる方が高いと思う。少なくとも消耗した魔術師連中かき集めて特攻するよりかはな」


 そう述べた後で、「問題は」と続け、


「こいつの魔術が無差別な範囲攻撃しか出来ねえポンコツってことだが……。本人がそれも何とかしてみせるってこれだけ豪語してんだ。この際、信じて託してみるしかねえだろ。それに、二人抜けるだけなら戦力的にも大して穴は開かねえ。この戦況をしばらくは維持できる。最後の手段を選ぶ前に、試してみたって損はねえはずだぜ」


 クロウシのその提案を聞いたシュリヒテは相当葛藤しているようだった。


「…………っ」


 顔をしかめ、小さな唸り声を上げている。

 すぐには言葉すら発せない程に判断を迷っているようであった。


「……おっさんの言いたいこともわかるよ。だから、〝俺が一緒に行く〟って言ってんだ。何としてもこいつを無事に結晶鎧竜の前まで送り届けてみせる。そんで、結果がどうなろうと……あー、最悪の事態だけは回避する。何としてもだ。誓うよ」


 だから、俺達を信じてくれないか?

 クロウシは助け船を出すようにそう言った。信じられないほど落ち着いた、優しい声で。


 それを聞いたスタルカは思わず目を丸くしながらクロウシを見上げてしまう。

 こんな気遣いが出来る人間だったのかという衝撃で。

 いや、違う。それよりもまず驚くべきことは。


「どうしてふたりで行く流れになってるの!?」

「はぁ~? じゃあ聞くが、お前の方こそどうやってあの竜の前まで行くつもりなんだよ。馬にも乗れないチビ助が。まさか、その足で走って行くつもりか? 辿り着く前に日が暮れるぞ」


 スタルカの問いかけに、クロウシはそんな憎まれ口で答えてきた。


「そ、そうかもしれないけど、そうじゃなくて! だって、すっごく危なくて、上手くいく保証だって――」

「……勘違いしてるぞ、お前。俺はこうするのが一番生き残れる可能性が高いと踏んでるからやるってだけだ」


 お前の魔術で結晶鎧竜の鱗を砕くって方法がな。

 戸惑うスタルカへ、クロウシは淡々とそう告げてくる。


「そのためには、お前に万全の状態であの竜の目の前まで辿り着いてもらわにゃならん。何としてもな。だから、俺が送り届けてやるって言ってんだ。これ以上逃げる場所はねえ。逃げたってどうせ死ぬだけだ。だったら、向かっていくしかねえだろ。それが一番生き延びられる目のある行動だってんなら尚更だ」


 だから、全部自分のためだよ。

 クロウシはきっぱり、そう言い切った。スタルカに向かって指を突きつけてきながら。


 スタルカは思わず気圧されたようにのけぞりつつ、思う。

 そこまで言われてしまうと何も言い返せない。

 全部自分が生き残るため。スタルカを万全の状態であの竜にぶつけることがそれに繋がるから。

 なるほど、確かに納得するしかない。いかにも、いつものみっともないくらいに生き汚いクロウシである。

 決してとかではないらしい。

 一瞬でも心配して、責任を感じてしまいそうになって損した。


 スタルカは小さく溜息を吐く。

 それならいい。あっさりと切り替える。

 そうであれば、何の憂いもなくこっちも利用させてもらうとしよう。

 地獄まで付き合わせてやる。何だったら蹴落としてやる。

 スタルカはそう決めて、クロウシをジトッとした目で軽く睨む。


 そして、二人がそんなやり取りをしている間にシュリヒテもようやく決断したらしい。


「……わかった。お前らを信じる」


 というよりも、〝折れた〟と表現するのが正しいだろうか。

 そう思わせるような、苦渋に満ちた声でシュリヒテはそう言った。


「不甲斐ないが、それしかない。まさか、ここまでお前達に頼らざるをえんとは……。あいつに顔向け出来んな、まったく……」


 そのまま額に手をやり、深い溜息を吐く。


「ただし、。この方法自体がすでにとんでもない無茶とはいえ、それでもだ。命まで賭ける必要はない。失敗したら失敗したでいい。潔く逃げてこい。いいな?」


 それから真剣な表情――というよりも、若干怖いくらいの迫力と共にそう強く言い含めてきた。

 思わず二人も固い表情になって、真剣な頷きを返す。


「……ブランだっけか。あんたはどうするんだ? あんたもこいつらに付き添ってくれるなら、こっちとしても更に安心ってとこだが」


 それを確認したシュリヒテは、次にブランの方を向いてそう尋ねた。

 ブランは先ほどから一切口を挟まず、穏やかに佇むのみであった。成り行きを見守っていたのだろうか。

 だが、そんなブランの返答は――。


「――いえ……」


 そう呟き。しかし、続きを言わずに空を見上げた。

 そして、上空へと手をかざす。

 一体何だ。三人が訝しむ間もなく――。


「シュリヒテさん! 討ち漏らしの飛竜がこっちに――」


 クレムのそんな悲鳴じみた声が飛んできた。

 それと同時に、見上げた三人の視界に急降下してくる飛竜の姿が映る。

 会話に集中しすぎていたせいか、気づけなかった。

 完全に無防備のまま襲いかかられてしまう。そんな互いの距離とタイミング。


 だが、その飛竜の急襲はすんでのところで阻まれた。

 半透明の障壁に激突したことで。その障壁を張ったのが誰なのか、確認するまでもない。


「――――」


 さらに、ブランは片手で障壁を張りつつ、もう片方の手をサッと何度か振った。飛竜へ向けて。

 その動きに沿って、黒い線が空に描かれる。それは黒縄が振るわれた軌跡であった。

 いつの間にか取り出していたそれで、ブランは飛竜を何度か打ち付けたらしい。

 あまりの早業に、スタルカの目にはそうぼんやりとしか認識できなかった。


 あっという間に、飛竜の身体はバラバラに裂けた。あっけないほどの決着。


「――私はここに残ることにしましょう。街の防衛のために。我が主人あるじもそれを望んでおられるかと判断いたします」


 障壁を解除すると、細切れになった飛竜の死骸が冒険者達の方へと降り注いで大騒ぎになっていた。

 しかし、それをまったく気にする様子もなく、ブランは三人へ向けてそう言ってきた。

 にっこりと、いつものように穏やかに微笑みながら。


 思わず三人仲良くぞっとするしかない。顔を引き攣らせながら。

 ここまで来て未だ何もかもが異様な男であった。

 どうやって飛竜の接近を察知したものか、その勘も。事も無げにあっさりと飛竜を始末してみせるその強さも。そうした後でも平然と涼しげなままのその態度も。

 まったく不気味としか言いようがない。とはいえ――。


「あ、ああ……正直、そっちでも助かる。これほどの凄腕に力を貸してもらえるなら随分楽になるし、もう少しは持ちこたえられそうだ」


 シュリヒテが引き攣り気味の笑みを返しつつ、そう言った。


 その言葉自体も本心ではあるのだろう。

 気がつけば、一時小康状態だったこの場所も騒がしくなり始めていた。

 敵が再び攻め込んでくるのを迎え撃たなければならない。スタルカ達の役割も本来はそれのはずだった。だから、そのための人員も残す必要は確かにあった。

 それに、ブランであればその人員としては申し分ないだろう。心強いことだけはまあ間違いない。


 とにかく、これでどうにか作戦は決まった。


「スタルカとクロウシ。お前達二人が出撃して、結晶鎧竜の鱗を砕く。そうしてカティを援護する。その間、俺とブランは街に残り抗戦を続ける。これでいくぞ! というか、いくしかない!」


 最後にシュリヒテがそう強引にまとめた。どことなくやけっぱちな言い方ではあるが。


 スタルカとクロウシも力強くそれに応じた後で、準備のために駆け出そうとする。


「待て、最後に!」


 その背中を、シュリヒテが呼び止めてきた。


 何事かと驚きつつ、スタルカ達は一旦止まって仲良く振り向く。

 そんな二人へ、シュリヒテは真剣な顔でこう告げてくる。


「この街と俺達の命運、お前達に託す。カティと一緒に、三人で無事に戻ってこい。頼んだぞ」


 その言葉に対して、二人は同時に、声を重ね合わせて力強く返す。


「任せて(とけ)!!」

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