魔術師と忍者が出撃するようです その1
街の正門へと続く大通りに次々と伝令が伝わっていく。
「今からこちら側の〝切り札〟が出撃する! 少しの間でもいい、大通りと正門の竜を引きつけてそれを通してやってくれ!」
「切り札!? アレクの決死隊もやられちまったのに、一体何が残ってるってんだよ!?」
「驚くなよ!
少し前までこの街の巷間を賑わせていた正体不明の凄腕魔術師。
それが切り札として古竜と戦いに行くらしい。
その伝令は、一時的であるとはいえ目に見えて冒険者達の士気を回復させた。
誰もが微かな希望をそこに見いだせたのだろう。あの『災厄』ならばもしかしたら、と。
まあ、とりあえずその情報は、流した人間――シュリヒテの狙い通りの効果を発揮したと言えるだろう。『災厄』の正体がどうあれ。
実際、街から出撃するスタルカ達にとっても大きな助けとなった。
奮起した冒険者達が、大通りの竜どもの相手を引き受けてくれたからだ。
大通りの真ん中を正門へ向けて馬で突っ切っていくスタルカとクロウシ。
それこそが伝令にあった『災厄』だとちゃんと認識してくれたのだろう。冒険者達は二人に近づけさせまいと必死で竜どもを押し止めてくれていた。
「…………っ」
それを見ながら進む二人の胸も我知らず熱くなる。
自分達を行かせるために、これだけの人間が体を張ってくれている。
その光景を前にして、スタルカはさらに抱いた決意を強くする。
絶対に成功させなければいけない。この人達の助けに報いるためにも。
この人達を死なせない。みんなで生き残るためにも。
二人は急ぐ。
いや、正確には
「――わわっ、もう! ちゃんと大人しくしてて!」
スタルカは自分の懐へそう声をかける。やや慌てた様子で。
そこからは一匹のネズミが顔を出していた。シュリヒテの使い魔だ。
馬上の振動に驚いたのか、もがいたせいで懐から落ちかけたらしい。
呆れつつ、スタルカはローブの結びを少し強める。ネズミをそれで固定するように。
だが、一応懐から顔だけは出しておいてあげる。その必要があった。
ネズミは今もシュリヒテとその視界だけを共有しているからであった。
スタルカ達を送り出すにあたって、シュリヒテは一つの条件をつけてきた。
このネズミも連れて行くこと。それによって、自分達にも現地の状況が伝わるようにすること。
それは一応スタルカ達の身を案じてのことであるらしい。失敗するかして、二人が危機に陥っているとその映像で判断できたら助けに向かうと。
そのための連絡手段でもあった。
だが、実のところは
二人はそう疑っている。ここを離れるわけにはいかない自分達に代わって中継してくれということではないのかと。
その証拠に、ネズミが見ている映像を空間に投影する魔術道具をシュリヒテは持ち出してきていた。呆れた超技術である。錬金術ってそんなのだっけ。
さらに、上手く映像の中継が繋がっていることを確認した後で、何故かブランがシュリヒテに握手を求めていた。
何だかんだでブランも現地の状況は確認しておきたかったらしい。
そんな野次馬根性丸出しの二人にジト目を向けてしまいつつも、スタルカはその条件を了承した。
一体向こうで何が起きているのか。今も戦い続けているカティは無事なのか。
この作戦が果たして上手くいくのかどうか。知りたい、見届けたいという気持ちはよくわかる。
何せ、その結果に自分達の命運がかかっているのだから。
この光景も向こうには見えているのだろうか、今も。そんなことをふっと考えつつ。
スタルカはネズミの頭をちょいちょいと撫でてやってから、再び前を向く。
クロウシが全速力で馬を飛ばし、二人はひとまず無事に正門を抜けることが出来た。竜どもに足止めを食らうこともなく、順調に。
しかし、街の外へ出た瞬間に景色は一変した。
「――――」
スタルカは思わず息を呑んでしまう。目に飛び込んできた光景に圧倒される。
そこはまさしく〝戦場〟だった。
見渡す限り、そこかしこで冒険者達が竜と戦っていた。
外に展開しているのは冒険者達の中でも腕利きを集めた主力部隊であるらしい。そう聞いていた。
それが皆、必死の形相で竜と戦っている。
街まで行かせまいと押し止めている。特に強力そうな個体を優先的に引きつけて。
それでも、その手は全然足りていない。それはスタルカにさえ一目瞭然だった。
主力部隊はほとんど壊滅寸前といっていい状態だった。傷つき、戦闘不能で倒れている者も多い。
立って戦い続けている冒険者達の体力も限界に近いようであった。明らかにその動きは精彩を欠いている。
早くどうにかしなければ。一気にそんな焦りが心に押し寄せてくる。
こちらの方は街よりも長く保たないだろう。急がなくては。
そう思いながら、二人は戦場を真っ直ぐ突っ切ろうとする。一刻も早く、結晶鎧竜の下へ。
しかし――。
「チィッ! やっぱりおいでなすったか!」
不意にクロウシが空を見上げて、舌打ちした。
スタルカも同じく見上げて、気づく。
この状況で脇目も振らずに急ぐ二人に気づいて、不審にでも思ったのだろうか。勘がいい。
空から二人へと突進してこようという軌道。正面からそれを相手取るにしろ、避けるにしろ、時間のロスは免れないだろう。
向こうもそう簡単には自分達のボスの下へは行かせないつもりらしい。
一刻を争う事態だというのに。スタルカはもどかしさに歯噛みする。
一体どうすればいいのか。戦う? 逃げる? どちらを――。
「チビ助、ちょっとこれ持ってろ」
――選ぶのか。スタルカがクロウシに尋ねる前に、向こうが急にそんなことを言ってきた。
そして、スタルカに馬の手綱を手渡そうとしてくる。
スタルカは一瞬ぽかんとした後で、慌てるしかない。
「持ってろって!? わ、わたし、馬なんて操れないよ!?」
「んなこたぁ知ってるよ。持ってるだけでいいんだ。そのまま離すなよ。あとは振り落とされないように踏ん張っとけ」
クロウシはそう言いながら、戸惑うスタルカへ強制的に手綱を握らせてきた。
スタルカは思わず「ひぃん」と小さな悲鳴を漏らしてしまう。
突然馬の操縦が自分に任せられるという予想外の事態に。
それと、そんなやり取りをしている間に、もはや完全に避けられない衝突コースに入っている飛竜二匹に気づいて。
「そう慌てんなって――」
だが、クロウシはというと平然とした声でそんなことを言いつつ、自由になった両手をその二匹の飛竜めがけて振った。
何かを投擲したらしい。スタルカにもそれが見えた。
確か、クロウシが〝クナイ〟と呼んでいる奇妙な投げナイフだ。
細い鎖が柄に繋がっているそれをクロウシは飛竜へと投げつけたようだ。それぞれに一本ずつ。
「~~~~ッ!?」
それは精確に飛竜の顔面に命中したらしい。
一体どれほどの力で投擲したというのか、クナイは飛竜の顔面を突き抜けて貫通していた。
飛竜も流石に突進どころではなくなったのだろう。奇怪な悲鳴を上げながら、空中で突如もんどり打つ。
「オラ、こっち来な!」
だが、そんな制御不能に陥った飛竜――その身体をクロウシは強引に操ろうとする。
飛竜に突き刺さったままのクナイ。それに繋がった鎖を引っ張ることで。
鎖によって引っ張られた飛竜達は、クロウシの操るとおりの軌道に乗ってしまう。
それは、お互いに正面衝突するもので――。
「――――」
思わずその瞬間にはスタルカも目をつぶってしまった。
痛そう、なんて感想すら生温いものだろう。
お互いに思いっきり体当たりを食らわせ合った飛竜は見るも無惨な姿で地面に墜落していた。
それはちょうど、今もこの馬が真っ直ぐ向かっている方向で。
「わわっ!?」
スタルカは焦る。このままじゃ自分達まであの墜落した飛竜に激突してしまう。
どうすればいいのか。
しかし、それを心配する必要は別になかった。
「ほい、交代だ」
握っていた手綱がいきなり奪われたからだった。
いつの間にやら鎖を巻き取ってクナイを回収したらしいクロウシによって。
クロウシはそのまま巧みに手綱を操り、馬の腹をトンと一度蹴る。
「ふわっ――」
その意図が馬にもしっかりと伝わったらしい。
馬はぎゅんと踏み込んで、思いっきり跳んだ。
墜落して地に伏せている飛竜の身体を見事に飛び越え、着地する。
こうして一度も止まることなく、二人は飛竜の襲撃を退けることが出来た。
時間のロスもほとんどないだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます