謎の乱入者のようです その1
もうダメだ。
そう悟って、思わずぎゅっとつぶってしまった目。
「……っ、……?」
スタルカはそれを恐る恐る開いていく。困惑と共に。
何故なら、ゴブリンの攻撃が一向に飛んでくる気配がない。体に痛みも衝撃も感じない。
ということは、自分は助かったのか。スタルカは安堵する。
恐らくカティかクロウシのどちらかがギリギリで間に合い、ゴブリンを撃退してくれたのだろう。
スタルカはそう予想して、目を開いた先にはどっちかの姿があるのだろうと思っていた。
だが、違った。
スタルカの目に映ったのは、その二人ではない、
その姿を見て、最初に感じた印象は『黒い』というものだった。
髪も、服の上下も、靴に至るまで全てが黒い。黒ずくめだ。
ただ、それなのに肌だけはやたらに白い。
他にも、手袋やシャツなど細かい場所で白いものを身につけているらしい。
そのせいで余計に黒が際立っている。
そんな印象を受ける、細身で長身の〝男〟。
確信が持てないのは、その髪が腰に届くほど長いせいだった。
美しく真っ直ぐに垂れた、夜の闇のように黒い髪。常に外側にハネ気味なスタルカのクセ髪とは大違いだった。
その黒髪を首の辺りで一本に束ねている。
細身のシルエットと合わさると、一見しただけでは性別がどちらなのか判別がつかない。
さらに紛らわしいことに、その男の顔はあまりにも整いすぎていた。
シャープで中性的な美しさを纏ったその相貌は、ますます本当に男なのかどうかを疑わせてくる。
女性にしては背が高すぎることと、いくら細身とはいえ体つきがしっかり男性のそれであるということ。その二つからそうだろうと断定するしかない。
そんな黒服の男が、目を開いたスタルカの前に立っていた。
こちらをその背後に庇うようにしながら。
一体何から? 当然、ゴブリン達からである。
ゴブリン達は今、多少スタルカから距離を取ったところにいるとはいえ、まだまだその多くが健在であった。
相変わらずこちらを包囲し、襲いかかるための機を窺っている。
そんなゴブリン達の前に黒服の男は立ちはだかり、睨み合っていた。
一体、どういう状況なのか。何故、この人は自分を守ってくれているのか。
先ほど自分に襲いかかってきたゴブリン達――それを撃退してくれたのも恐らくこの黒服だろう。
スタルカにとっては何もわからず、ひたすら困惑するしかない事態。
とはいえ、いつまでも黙って困惑したままではいられない。
状況に動きが生じる。スタルカの精神状態はまだついていけていないというのに。
「――――っ」
しびれを切らしたようにゴブリン達が飛びかかってきた。男と、その後ろのスタルカへ向かって。
未だ魔力が切れたままのスタルカは反射的に身を固くする。
今の自分に迎撃手段はない。再びのピンチ。
だが、男の方は違うようであった。
男は慌てることもなく、ゆったりと動き出した。迎撃のために。
手に持っていた何かをゴブリン達へ向けて振るう。
それは、恐らく〝鞭〟だと思われた。
何かの繊維を何十何百にも束ねて縄のように編んだ、真っ黒な鞭。
それが男の振るった手の先から伸び、飛びかかってきたゴブリンの体を打つ。
一体目。その瞬間、ゴブリンの体が内側から破裂した。
さっきまでゴブリンだった肉塊がバラバラになって吹き飛ぶ。
鞭はそのまま勢いを失うことなく二体目のゴブリンも打つ。一体目と同じことが起きた。
そのまま三体、四体と打ち、全部同じ結果になった。
鞭がそれでようやく勢いを失い、失速する。と、男は再び、さっきとは逆方向に鞭を振るった。
鞭の軌道は再び何体かのゴブリンを打ち、吹き飛ばして絶命させた。
こちらへ一斉に飛びかかってきたゴブリン達はそれで全滅した。
黒服の男が振るった黒い鞭によって迎撃された。
全員が内側から破裂して、バラバラになって死ぬという形で。
……鞭ってそんな武器だっけ?
スタルカは思わずそんな呑気な疑問を浮かべてしまう。大口を開けて唖然としながら。
しかし、その衝撃と疑問はゴブリン達もスタルカと同様であるようだった。
こちらを取り囲むゴブリンの数はまだまだ多い。だが、その全てが固まってしまい、動けないでいるらしい。
黒服の男のあまりに異様な攻撃とその強さに驚き、怯え、警戒している。迂闊に攻め込むべきではないと判断したのだろう。
そうだ。スタルカは思う。ゴブリン達の判断はまったく正しい。
目の前の男は強い。
恐らく、並外れた強さと戦闘技術を持った人間だ。
それが、スタルカにもわかった。
先ほどの鞭を振るう際の動きはまったく無駄のない、洗練されたそれであった。美しさすら感じるほどの。
その動きから伝わってきたのだ。男のとんでもない力量が。相当戦いに長けているらしいということが。
この人は、一体――。
思いながら、スタルカは男を見る。訝しげな目で。
その瞬間、男の方もこちらを見てきた。首だけ振り向きながら、スタルカの様子を確認するように。
「――――!?」
さらに、そのままふっと微笑みかけてきた。口の端を上げて。
まるでスタルカの疑念を全て見透かしているかのような。
だからこそ、こちらの警戒を解かせて安心させようとするかのような。
そんな微笑だった。
それを見たスタルカは静かに驚き、むしろ警戒を強めてしまう。
その時――。
「スタルカッ!!」
「チビ助ッ!!」
ゴブリン達の包囲からようやく抜け出すことが出来たらしいクロウシ。
その二人が、スタルカを取り囲むゴブリン達を吹き飛ばしながらその合間を突っ切って現れた。
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