脳筋戦士は世界一の美少女になってしまったので
「あー……みんなでこの辺境に引きこもって憧れのスローライフを送ろうとかです? 一緒に畑とか耕しながらさ。
そういう生き方をする覚悟が固まったんですよね?
勘の鋭いクロウシがいち早く何かを察知したのか、そう確認してくる。〝そうであってくれ〟と言わんばかりに。
「いや、違うぞ」
だが、カティはばっさりとそれを否定する。
否定して、輝くような満面の笑みと共に告げる。
「――この世界に散らばっているという、『最上』の祝福とやらを授かった人間。オレと同じであるらしいそいつらを探しに行く」
「……探し出して、どうすんです?」
「決まってんだろ。ぶちのめすんだよ。そいつらと
そう言いながら、カティは己の手のひらに勢いよく拳を打ち付ける。
「もう一回、火が点いちまった。この世界にはまだまだ、戦うべき、打ち倒すべき
やる気がもりもり湧いてくるってもんだぜ。
カティは爛々とその瞳を輝かせながらそう語った。先ほどまでの気怠げで鬱屈とした態度が嘘のように溌剌としている。
あまりにも極端かつあっさりとしたその変貌ぶりに、スタルカもクロウシも面食らっているらしい。
「……なんとまあ、
「でも、そこがお姉ちゃんのいいところ……でしょ?」
二人は小声でヒソヒソとそんなことを話し合っていた。
何だか呆れているような口振りだが、とりあえずカティの復調を喜んでもいるらしい。そんな様子で。
しかし、そんな二人のやり取りを気にすることもなく、カティは何やら満足げに浸っているばかりであった。それは、久々に戻ってきた闘争心と充実感になのか。
「ハァ……まあ、一応新しい目標も定まって、いつものカッさんに戻ったようで何よりッスよ。それはいいんですけどね……」
いずれにせよ、まだ話は終わっていない。
そう主張するかのように、クロウシが溜息混じりに口を開く。
「そいつらぶちのめして、一体どうすんです? 戦うことだけが目的なんだったら、そこら辺の野良犬と大差ないぜ」
クロウシは暗に「そんなくだらないことには付き合うつもりはない」とでも言いたいようだった。
それを聞いて、成る程とカティも理解を示す。
確かに、ひたすら血湧き肉躍る戦いを求めるだけというのは獣のような生き方であるのかもしれない。
個人的にはそれもまた求道の一種であると思うが、これ以上哲学的な問答をするつもりもない。面倒くさいし。
戦うことには目的がいる。手段それ自体が目的では確かに狂人だ。
戦うことで果たすべき何か。勝ち取るべき結果を示せということだろう。自分達を納得させるようなそれを。
しばし腕を組み、無言で思案した後、カティはおもむろに口を開く。
「……正直言って、特にさしたる目的はない。だが、強いて言うなら……『頂点』、だな」
それは欲しい。
そう言って、カティは全員の顔を見回す。心底愉快そうな笑みと共に。
「オレにこの祝福を与えてきた存在――そいつの思惑に素直に乗ってやるってわけでもねえが、確かに目的は重なっている。『最上』の中の『最上』。戦い続けた果てにそこに至るってんなら、それはそれで面白え」
カティは「つまり」と続けて、
「
なってやろうじゃねえか。カティは宣言する。
それはここにいる仲間達だけにではない。
世界中に存在するという自分の同類達。さらには、その向こうにいる何者かにも向けて。
「この世界の全ての『頂点』に立つ、まさしく『王者』ってやつに」
決然と、そう言い放った。
「……どっちかっつーと、『王』ってよりは『魔王』って感じなんスけど。あんたの場合」
「ははっ、『魔王』か。いいじゃねえか。だったら、お前達は『魔王』の『配下』ってわけだ」
スタルカとクロウシはカティのその宣言にしばし唖然としていた。
だが、どうにか気を取り直したらしいクロウシがそんな風に冷やかしてくる。それで全てが冗談になってくれと願っているように。
しかし、カティの方はむしろその冷やかしを思いがけず気に入ってしまった。
それを示すようにそう混ぜっ返した後で、唐突にカティは問う。
「――さて。それで、お前達はどうする?」
自分の『配下』達へ向けて、挑発的な笑顔を向けながら。
「別に、ここで足抜けしてくれても構わねえぜ? 好きにしたらいい。一応、お前達を仲間にした当初の目的は既に果たされているからな。これ以上は付き合えないってんならそれでもいい。文句は言わねえよ。だけど――」
それでも、カティは確信に満ちた瞳で全員を見る。
「ついてきてくれるんだろ?」
たった一言、そう問うた。
世界で最も美しい少女の姿で。誑し込むような笑みを浮かべて。
そこに有無を言わさぬ絶対的な魅力を纏わせながら。
それに抗えるような人間など、恐らくこの世界の何処にもいないだろう。
「――御意のままに、我が
いち早くブランがそう答えてきた。
これまでで一番深々と、美しい礼を捧げてきながら。
心の底から感服しているらしい、そんな声で。
カティもそれにただ頷きだけを一つ返してやる。
「――お姉ちゃんが、私にそう望んでくれるなら……!」
次にスタルカが、真っ直ぐにそう答えを返してくる。
今回のことを通して、スタルカは本当に強くなった。
今ならばもう十分に独り立ちだって出来るだろう。
生きたいように生きられるはずだ。望むならば、〝普通の女の子〟としても。
それでも、決意してくれたらしい。これからもカティについていくのだと。
カティが視線だけで「いいのか?」と心配そうに尋ねる。
すると、スタルカは力強く頷いてきた。自分の意志で、スタルカはそれを選んだ。
だったら、それを尊重してやらなければならない。お姉ちゃんとして。
カティは優しい笑顔を浮かべて「ありがとう」とだけ呟いた。
「――ハァ~……もう! わかりましたよ! 付き合うよ! 付き合えばいいんでしょ! どうせ他にすることもない風来坊ッスからね!」
最後にクロウシがみっともなくぶーたれつつも、そう答えた。
あからさまに不満げでやけっぱちなその態度。相変わらず軽薄でふてぶてしいと言うべきか。
あるいは〝素直じゃない〟と評するべきなのか。
そんなクロウシとの付き合い方がわかってきたらしいスタルカも、その隣でくすくすと笑っている。もちろんカティもスタルカと同じ気分だ。
別に嫌ならいいんだぞ。笑いながらそう言ってやると、クロウシは頬を染め、舌打ちして顔を逸らした。
しかし、とにかくこれでパーティーとしての意向は纏まった。
目標と、方針は定まった。
一致団結。そうして、この四人で目指すべきは。
「そんじゃあ、いっちょやってやろうじゃねえか」
そう言いながら、カティが片手を伸ばす。
空へ向かって、振り上げる。掲げる。
「――――」
そうして、握りしめた。何かを掴むように。
その拳に、この鐘楼から見える中天の太陽が重なる。
それはなんとも、まるで絵画のように出来過ぎた光景だった。
陽の光に透き通る、金色の絹糸のような髪。大きな二つ括りに結わえられたそれが眩いほどの輝きを放つ。
細身で均整の取れた、精緻な彫刻の如き体型。汚れ一つない、瑞々しく艶やかな肌。
そんな身体を包む、豪奢で華麗な深紅のドレス。
そして何より、そんな全てを完成された〝美〟としてまとめ上げる、その麗しき花のような
その姿を見れば、誰もが文句なく認めるだろう。
この少女こそが、この世界で最も美しい存在であることを。
そんな姿に成り果てた脳筋戦士は、果たして何を望むのか。
この先、どんな風にして生きていくつもりなのか。
掲げた拳の先にあるものを見上げながら、少女の顔が不敵な微笑に歪む。
そんなもの、決まっている。
そうして、脳筋戦士はこう思い立った。
世界一の美少女になってしまったので――。
どうせなら、美しさ以外のあらゆる点でも、世界の頂点に立ってやる。
この世界の最美にして、最上の中の最上に君臨する。
そんな『魔王』に、なってやろうじゃないか。
脳筋戦士は世界一の美少女になってしまったので 一山幾羅 @ikura_kun
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