魔術師は振り下ろすようです
その大声での呼びかけは、奇跡的に向こうへ届いたらしい。
「スタルカっ!?」
カティが動きを止め、こちらを見上げてくる。驚愕の叫びと共に。
「――――」
同時に、結晶鎧竜の方も動きを止めていた。そして同じくこちらを見上げている。
両者とも突然の乱入者にいち早く気づいたことで、一旦戦闘が中断される。
極限の競り合いにあったからこそ、余計に意表を突かれたのだろうか。
だが、それも恐らく刹那のことだろう。
すぐさま戦闘は再開される。そのはずだ。
これはスタルカの乱入で一瞬だけ生じた空白。
しかし、それで十分。それこそが幸運であり、好都合だった。
結晶鎧竜へ向けて魔術を放つ。意表を突かれ、回避できない相手へ直撃させる。
その
「――――ッ」
だから、スタルカは両手で握ったカエルさんワンドを思いっきり振りかぶる。
上昇の終わり際で、一瞬ふわりと空に止まる体。時間感覚が引き延ばされ、あらゆる動きが遅く感じられる。
その中で、スタルカは能力を発動させようとする。
ただし、〝これまでと同じように〟ではない。それでは駄目だ。
「っ、あ――」
スタルカは集中する。意識を集中させる。
振りかぶったワンドをさらに固く握りしめ、そこに全身の力を集める。
まるで実際にその杖を叩きつけて攻撃する――そのつもりであるかのように。
この方法で正しいのかどうかはわからない。ただ、こうした方が力を集めて留めておける。そんな気がするだけ。
しかし、魔術とは
それこそが魔術の基礎。それくらいはスタルカも知っている。
だから、
今までただなすがままに撒き散らすだけだった魔力を、一カ所に集中させる。そのイメージを。
「ああぁ――」
補強する。そのために、全身からあらゆる力をスタルカは引っ張り出そうとする。
すでに魔術は発動の片鱗を見せ始めていた。
一帯の空が一瞬にして曇り、バチバチと明滅を繰り返す。広範囲に雷が落ちてくる予兆。
しかし、駄目だ。そのままではいつもと同じ、ただの範囲攻撃だ。
スタルカは呻きながら、割れそうな程に歯を食いしばる。そうしながら、思う。想う。
強い気持ち。感情。それを使って無理矢理に能力を制御する。強引に乗りこなそうとする。
だから、心を昂ぶらせろ。
自分に託された願い。それに報いるんでしょう?
今も戦い続けている人達。この街の冒険者達。みんなを守るんでしょう?
助けるんでしょう? 大切な人達を。
何より、大切で、大好きな、私のお姉ちゃんを。
「うああぁぁ――」
だから、叫ぶ。そして、使うんだ。この
今までみたいに、〝自分が生き残るため〟――そうじゃない。
〝誰かを助けるため〟に。大切な人を守るために。初めてそのために、私はこの
歪な、忌まわしい力なんかじゃない。そのために選ばれた、これは、『祝福』なんだって――。
そう、思い込んで――。
「――――!!」
スタルカのそんな感情の昂ぶりが最高潮に達した瞬間、雷は落ちた。
ただし、
今までであればそのまま降り注ぐはずだったそれは、別の方向へと飛んでいく。
いや、
スタルカが振りかぶったワンドの先へと。
光の速度で寄り集まったそれは、混ざり合って膨れ上がる。
そうして形を変える。巨大な、
「…………っ」
魔力の集中は、どうにか完了した。あとは、狙いをつけて。
スタルカはぎりっと睨みつける。睨んで、見下ろす。
直下にある、結晶鎧竜の巨大な頭部を。
そこへ目掛けて、振りかぶっていたカエルさんワンドを思いっきり振り下ろす。
「――轟雷の、大槌ッッ!!」
叫びと共に、雷の塊が発射された。
いや、〝振り下ろされた〟と言った方が正しいかもしれない。
それはまさしく〝雷の槌〟。神話の中で神が振るうような。
それが結晶鎧竜の頭上へと振り下ろされ――。
「~~~~~~~~ッッ」
その頭部を強かに打ち付けた。直撃した。
凄まじい轟音と共に、結晶鎧竜の頭部が地面に叩きつけられる。
あまりの衝撃。その余波で辺り一面にとんでもない強風が吹き付ける。
土煙が舞い、煙幕のようにたちこめる。
「――わぷっ」
その余波はスタルカのいる空中にまで及んだ。
落下するはずだった体が再び少しだけ上に押し上げられる。
それほどの反動。ひとまず、
しかし、それを喜んでいる場合ではない。
それよりも。押し上げられながら、スタルカは必死で空中をもがく。
身体を捻って下を向き、どうにか確認しようとする。
さっきの一撃で、結晶鎧竜が一体どうなったのかを。
自分は〝やった〟のか。やり遂げられたのか。
約束どおりに。託された願いのとおりに。
あの鱗を、砕くことは出来たのか。
そう焦る気持ちと共に、スタルカが視線を向ける直下。
立ちこめていた土煙がうっすらと晴れて――。
「…………ッ!?」
現れた結晶鎧竜の姿。しかし、その全身にまだ白く発光する鱗は健在であった。
まさか、あれだけの魔力をぶつけても駄目だったというのか。
スタルカの心が一瞬絶望に染まりかける。
しかし、すぐにそれが正確ではないことにも気づいた。
「――――」
結晶鎧竜が、大きくよろけた。そして、身を震わせている。呻いている。
どうやら相当なダメージを受けたらしい。あの一撃で。
それもそうだろう。
その証拠に、直撃を受けた結晶鎧竜の頭部――そこを覆う鱗には、大きな〝ヒビ〟が入っていた。
砕くまでには至らずとも、さっきの一撃は鱗にヒビを入れることが出来ていたのだ。
だが、同時にそれでは不十分なことも一目瞭然であった。
あれだけの魔術を撃ち込んでもヒビしか入れられない。
一体どれほど堅牢だというのか。改めて背筋に寒気が走る。
「くっ……!」
とはいえ、向こうが弱っているのも事実。畳みかけるなら今しかない。
もう一発、あのヒビが入った部分に先ほどのような一撃を食らわせる。
そうすれば、今度こそ完全に鱗を砕くことが出来るかもしれない。
そう考え、スタルカは再び全身に力を籠めようとする。
集中して、もう一度、能力を――。
「えっ……!?」
発動させられなかった。思わず戸惑いの声を上げる。
魔力が集まらない。それどころか、まず身体に力が入らない。
まるで全身がすっからかんになってしまったような。覚えのある虚脱感。
まさか、ここにきて。
「魔力切れ!?」
そうとしか考えられなかった。
どうやら先ほどの一撃に持てる全ての魔力を注ぎ込んでしまったらしい。あまりにも夢中で、強く集中しすぎたあまり。
だからこそ実現できたあの威力だと考えると確かに頷ける話ではあるのだが。
だけど、なにも、このタイミングで。
スタルカは声にならない呻きと共に、嘆く。
もう少し。あと少しだったのに。
……結局、自分はやり遂げられなかった。
同時に、身体が落下を始める。
だが、力を使い果たしたこの状態ではそれすらどうすることも出来ない。
惨めに墜落して死ぬだけだ。
スタルカの身体が空気抵抗で押され、上を向く。
高い空。それをぼんやり見上げたまま落下していく。
知らず目頭が熱くなり、空が滲む。
溢れた涙が、下ではなく上へ流れていく。
結局、なにも出来なかった。皆を、お姉ちゃんを、助けることが出来なかった。
そんな後悔に押し潰されそうになりながら、スタルカは呟く。
「……ごめんなさい……」
ごめん。ごめんね、みんな。ごめんね、お姉ちゃん。
やっぱり、こんな私じゃ、何も――。
「――いいや」
その時、不意にそんな言葉が聞こえた。大好きなあの人の声で。
同時に、落ちていくだけだった――そのはずのスタルカの体が落下をやめる。ふわりと、何かに包まれるようにして。
「謝ったりするなよ、スタルカ。よく来てくれた」
そう言いながら、その人は微笑む。
世界で最も美しいと思えるような少女の顔で。
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