災厄を助けるようです その3
「えっ……?」
その言葉に、スタルカは顔を上げる。呆然とした表情で。
その先で、カティは自分を真っ直ぐ見つめてきていた。自分の傍にしゃがみ込んで。
冗談や嘘を言っているわけじゃないとわかる、真剣な顔。澄んだ瞳。
「で、でも……!」
スタルカは慌てた声を出す。
カティはどこまでも真剣に、本気でスタルカに告げてきている。
言われたとおりに自分を撃て、と。
だが、カティはわかっているのだろうか。
スタルカの魔術を無防備に受けたら、普通の人間はまず間違いなく死んでしまう。
どれだけ威力を抑えても、タダでは済まないはずだ。
たとえカティがどれほど人間離れした強さを持っているとしても、それに耐えられる程だとはスタルカにも思えなかった。
「大丈夫だ、スタルカ。お前の魔術じゃ、オレは死なねえよ」
しかし、カティはきっぱりとそう言い切った。
疑うスタルカの心もちゃんと理解しているのだろう。それを少しでも安心させようとするような笑顔を向けてきながら。
その言葉に、笑顔に、スタルカは一瞬流されそうになってしまう。
許しを得たような気分になりかける。
けれど、慌てて踏みとどまる。自分を律する。
ダメだ。いくらカティ自身がそう言ったとしても、今すぐ全面的にそれを信じるなんて無理だ。しちゃいけない。
そのことを伝えるように、スタルカはぶんぶんと首を横に振った。
「ヒャハハハ! こいつは面白え!
「――――ッ」
「それとも、お前の方を先にこの痛みで送ってやろうか!? あぁ!? 死にたくなかったらさっさとやれぁ!! これ以上俺を待たせるな!!」
だが、面白がるようにそう投げかけられてきた男の言葉。
それによってスタルカの胸に一瞬薄れていた恐怖が再び蘇る。
その恐怖に逆らえず、スタルカは思わずカティを見てしまう。
縋るような、助けを求めるような目で。
「わかってる、スタルカ。お前がそれを望んじゃいねえことを、オレはちゃんとわかってるさ。だから、これはオレがお前にそうさせただけだ。そう思えばいい」
「あぁ……うぅ……」
「大丈夫だ、オレを信じてくれ」
もはやまともな言葉で返事を返せないスタルカに、カティはそう声をかけてくれる。
どこまでも力強く、落ち着いた、優しい声で。
スタルカを気遣うような視線を向けてきながら、全てを受け入れる態度。
それを見せられて、スタルカは揺れる。
思考はぐちゃぐちゃになり、何をどうするべきなのか、判断力がなくなっていく。
スタルカの精神が、いよいよ限界を迎える。
「早くしろぉ!! スタルカぁ!!」
「撃て! オレを!」
「――ッ!! うわああああぁぁぁ!!」
同時に届いたその二つの声をかき消すように叫びながら、スタルカは能力を発動させた。
させてしまった。片腕をカティの方へと突き出し、言われるがままに。何かに突き動かされるがままに。
先ほどバルトファングに向けて放ったのと同じ、雷の雨を降らせる。
自分の周囲に。自分だけを除いた全ての存在へ向けて、無差別に。
「――――」
スタルカは叫びながら、無我夢中で力を放った。
自分が一体何をしているのか、意識してしまわないために。考えてしまわないために。
「…………」
程なくして、雷の雨はやんだ。
荒い息を吐きながら、真っ白になった頭でスタルカは辺りを見回す。
自分の能力による被害を確認する。いつからかスタルカに染み着いているクセだった。
それはほとんど無意識的なものだった。あるいは、その時は意識的に考えないようにしていたのかもしれない。
雷が降り注いだことによって立ちこめた煙。それがうっすらと晴れて、周囲の状況が目に入ってくる。
最初に見えたのは、スタルカに命令を下した男達だった。
男達を覆うようにうっすらと発光する壁のようなもの――その内部に男達は立っていた。
魔術を防ぐ障壁。それも、スタルカの魔術を防げる程に高
おかげで、男達はまったく無傷のようであった。
それを見たスタルカは、再び急いで視線を動かす。
真っ白な状態から焦る心を取り戻しつつ、この場にいたもう一人の姿を確認しようとする。
自分が撃ってしまったあの人を。
「――――」
その人は、スタルカからそう離れていないところにいた。
仁王立ちで、静かに佇んでいた。
いや、というか、まったく動いていない。時が止まったように固まっている。
それも当たり前だろう。何故なら、その身体のあちこちから小さな煙が上がっている。
雷に幾度となく貫かれたせいなのだろう。命中したと思しき部分は黒く炭化し、焦げてしまっている。恐らく重度の火傷だ。
動き易さを重視しているらしい、軽装の冒険者服もボロボロであった。
誰の目にも明らかな〝即死〟の状態。そうとしか判断出来なかった。
「あ……あぁ……」
それを見て、スタルカの胸に急速に罪悪感と後悔がこみ上げてくる。
押し潰されて、心が壊れてしまいそうな程の。
やっぱり、ダメだった。当たり前じゃないか。わかっていたはずなのに。
それなのに、どうして私は。撃ってしまった。殺してしまった。
自分が助かるために、私は。
スタルカの中でそんな感情が一気に押し寄せてきて、精神がグチャグチャになりかけた。
その時――。
「……げほんっ」
誰かが咳をした。
そんな音が聞こえた。
妙に間抜けなその咳に似つかわしくないほど美しい、少女の声で。
それを耳にしたスタルカが、急いで顔を上げる。涙と共に崩れ落ちようとしていたのを中断して。
スタルカが視線を向ける先で、死んでいると思い込んでいたその身体がゆっくりと動いていた。
ゼンマイ仕掛けのようにぎこちない動き。
まだそれしか出来ない身体を解すように柔軟をして伸ばしているらしい。
「…………」
スタルカも、ついでに男達も、唖然としたままその動きを見ていることしか出来なかった。
軽い柔軟を続けているその身体は、いつの間にか元の状態に戻っていた。
傷一つない、生まれたままのような肌に。髪まで美しい輝きを取り戻している。
唯一、服だけはボロボロになったままであったが。
「ふぃー……」
柔軟の最後に首を回してコキコキと鳴らしながら、その少女は呟いた。
「流石、『災厄』の魔術だな。結構痛かったぜ」
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