ディナータイムのようです

 昼に出発したのが、村に戻った頃には日が暮れ始めていた。


 戻ってきたカティ達のところへ、居残りの村人二人がまたも急いで駆け寄ってきた。

 いつまで経っても戻ってこないのでゴブリン達にやられたのかと心配していたらしい。

 相変わらず若干青ざめた顔のままであった。


 とにかく、ゴブリン達はどんな様子だったのか。あの群生化をギルドはどう判断したのか。

 必死の形相でそれを尋ねてきたので、カティはあっさりとこう答えてやる。


「ああ、群生化ライオットな。もう追い払ってきたから心配いらねえよ」


 〝鳩が豆鉄砲を食らったような〟とは、まさにこのことだろう。そんな顔を村人二人はしていた。

 流石に冗談だと思ったらしい。頑なに信じようとしない。まあ、無理もないが。


 嘘だと思うなら確かめてこい。

 と、証明が面倒になったカティは村人二人をそう言って確認に送り出した。


 馬で向かった二人は、程なく急いで戻ってきた。これまでよりも更に蒼白となった顔で。


「お前達二人はこのまま馬で街まで行って、冒険者ギルドに自分の見たことを報告しろ。いいな? 誰がゴブリン群生化を鎮圧したのか、正確に証言してくるんだ」


 カティがそう命じると、二人は首がもげそうな程の勢いで頷いていた。

 明らかに恐怖している様子であった。あれだけのゴブリンをたった四人で狩り尽くしたらしいカティ達に。


 カティ達は報告をその二人に任せて、今日はこの村に留まることに決めていた。

 流石に疲れ果てている。もうこれ以上動きたくない。


 なので、カティは送り出す前に二人に尋ねた。村に宿を借りていいか、と。

 二人は「どの家でもお好きな場所を自由にお使いください」と言ってくれた。必死にこちらへへつらうような笑顔を貼り付けながら。

 どうやら村と自分達を危機から未然に救ってくれたことに。カティ達はそう解釈しておくことにした。


 二人は準備もそこそこに急いで出発していった。まるで何かから逃げ出すような様相であった。

 ゴブリンはいなくなったってのに、おかしな奴らだな。カティが不思議そうに呟くと、クロウシが「そうッスね」とだけ返してきた。どこまでも平坦でぞんざいな声であった。


 ともあれ、この村は一晩だけだがカティ一行のものとなった。

 なので、一番大きな家に宿を借りることにした。折角だし。


 恐らくここの村長のものだろう、そんな立派な家の中のだだっ広いダイニング。中々の大きさをした食卓。

 カティは今、その食卓についていた。別に〝パーティーのリーダーだから〟というわけでもないが、上座に座る。

 カティから見て左側にはスタルカも座っている。その奥にはクロウシも。

 外はもう暗い。部屋はランタンと蝋燭の明かりで橙色に照らされている。


「お待たせしました」


 その食卓へと、黒服の男――ブランが料理を運んできた。相変わらず穏やかな声でそう言いながら。


 両手に持った皿を食卓に置くと、再び台所へ戻り次の料理を運んでくる。

 何回かそれが繰り返され、食卓にはところ狭しと料理が並ぶことになった。

 根菜と豆と塩漬け肉のスープ。ふわふわの白パン。鶏の香草焼き。川魚の燻製。茹でた腸詰め肉。具材たっぷりのオムレツやグラタン等々。

 いずれもブランが自分で調理したものであるようだった。カティ達が持ってきていた保存食、村の中やこの家にあった食材を拝借して。


 何故この男が今夜の食事を用意してくれたのか。それは三人の誰にもわからない。


 気づけばこの家の台所を借りてブランが料理を始めていた。誰に許可を取るでもなく勝手に。

 まるでと言わんばかりの自然な振る舞いだった。


 それに、そうされたからといって別にカティ達に不都合があるわけではない。

 むしろ好都合だった。正直助かる。三人とも料理なんて簡単なものしか作れないからだった。

 そのままだと適当に食材をぶち込んで作った煮込みスープとパンが夕食になっていたところだ。

 それが、まともどころか見事としか言いようがない出来映えの美味そうな料理にありつけるのだからありがたいことこの上ない。


 三人とも喉を鳴らし、腹の虫も鳴らし、目を輝かせながら食卓に並べられた料理を見る。油断するとよだれを垂らしてしまいそうだ。


 しかし、そうは言ってもまだ三人とも食欲よりは理性の方がギリギリで勝っていた。

 未だ正体不明の男が勝手に作り始めて、提供してきた料理。そんなものに安易に手をつけていいものか。いくらなんでも怪しすぎる。

 だが、それにしても美味しそうだ。料理が食卓の上でキラキラと輝いている。

 今すぐ食べたい、かぶりつきたい。いや、しかし。

 三人が無言で料理と睨み合いながらそんな激しい葛藤に陥っていると――。


「どうされたのですか? 折角の料理が冷めてしまいますよ。出来れば熱い内に召し上がっていただきたいのですが」


 いつの間にか食卓についていたブランが不思議そうにそう言ってきた。

 席はカティから見て右側。ピシッと背筋の伸びた、美しい姿勢で座っている。


「……これ、私たちが食べてもいいの?」

「是非とも。そのために腕を振るわせていただいたのですから」


 まずスタルカがおずおずとそう尋ねると、にっこり微笑みながらブランはそう返してきた。


「……毒とか入ってない?」

「何故、そのようなものを入れる必要が? お好みでしたら、あなたには別で添えさせていただきますが」


 次にクロウシが冗談めかしつつも割と本気の声色でそう尋ねる。

 対してブランは微笑みを崩さずにそう答えた。


「……どうして、こんなものまで用意してくれる?」

「それも含めて、これから追々ご説明させていただく所存でございますれば――」


 最後にカティがそう尋ねると、ブランは目を伏せ小さく頭を下げながらこう言ってくる。


「ひとまず今は、食事をお楽しみください。空腹を満たし、多少なりとも疲れた体を休ませ労る。話はそうされてからでも十分可能でございましょう」


 何とも持って回った話し方をする男だが、要は食事の後で説明するとのことであった。


 カティはふんと鼻を鳴らすも、その提案には納得する。

 なので、答える代わりに魚の燻製を一つ手に取り、荒々しくかぶりついた。


「……うん、美味い」

「身に余るお言葉です」


 シンプルに美味かった。絶妙な焼き加減だ。

 正直にそう言うと、ブランがまたも恭しく頭を下げてきた。一々大げさな男だ。


「どうした? お前達も食べていいらしいぞ。まあ、食べないならオレが全部たいらげてもいいが」

「あんたがそう言うと洒落になんねえよ! いただきます!」


 呆気にとられた様子でこちらを見ているスタルカとクロウシ。カティは二人にもそう言ってやる。


 すると、クロウシがそんなことを叫びながら、急ぎ手を合わせて食べ始めた。

 それを見たスタルカも「い、いただきます」と手を合わせ、慌てて食べ始める。

 そうして一旦料理に口をつけると、二人は何やらパッと輝いたような顔になっていた。それくらい美味しかったらしい。

 それから無言のまま、夢中になって食べ進めていく。よほど腹が減っていたようだ。


 そんな二人の様子を微笑ましく見守りつつ、カティも二人以上の勢いで食べ進める。

 空腹なのはこちらも同じなのだ。おまけに体質のせいで人一倍食べる必要がある。


 だが、それを見越してなのだろうか。食卓に並べられた料理は明らかに四人で食べるには多すぎる量であった。カティにとってはありがたいことではあるのだが。


 そのことを訝しがりつつ、カティはちらりとブランの方を見る。

 ブランもいつの間にか食べ始めていた。行儀良く、静かに。

 全ての動作がやけに丁寧で品のある男であった。それがまたこの男を怪しく思わせてくる。


 とはいえ、疑ってばかりいてもしょうがない。

 どうせ今のままでは正体なんていくら考えてもわからないし、本人が自分でそれを話すと一応約束もしている。

 であれば、その時が来るのを今は待つしかない。


 それに何より、難しいことを考えたままでは飯が不味くなる。

 カティはそう開き直り、ごちゃごちゃと考えるのをやめて食事に集中するのであった。

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