ゴブリン狩りが終結するようです

 とはいえ、その後の戦闘は驚くほど順調かつ円滑に進行した。


 スタルカが魔術をぶっ放す回数は確かに減った。

 余裕をもった魔力運用という作戦にシフトしたのでそれは仕方ない。


 だが、その分カティとクロウシが前衛と中衛で奮闘した。

 スタルカの抜けた分をこの二人が埋め合わせるように、白兵戦でゴブリンの数を減らし続けていた。


 それを可能にしたのが黒服の男の加勢だった。

 この男がスタルカの護衛に専念してくれているおかげで、二人は今までよりも自由に動けるようになった。敵のど真ん中に突っ込んでいって暴れ回ることに専念できた。

 男の実力がこの二人と釣り合いが取れるレベルであることも幸いした。そのおかげで安心してスタルカを任せることが出来た。


 それどころか、男はスタルカを守りつつも着実にゴブリンの数を減らすことに貢献してくれていた。

 スタルカの抜けた穴は実際だった。


 たった一人戦闘に加わっただけで、それまで少々不安定なところのあった連携がガッチリと安定した。

 まさしく驚くべき相性の良さであった。それぞれの役割がピッタリとハマり、噛み合い、完璧にバランスが取れている。

 カティ達三人は戦いに集中しつつも一様にそう感じ、密かに驚いていた。男の方はどうなのかはわからないが。


 そんな風にして、そこから全てがひたすら上手く運んだ。

 積み重なった疲労も忘れてしまえる程の快調さだった。負ける気がしないとはこのことか。


 そうなってからの戦闘はまさしく一方的なものであった。

 勢いに乗ったカティ達。圧倒的な数の有利を誇るはずのゴブリン達でもそれを止められはしなかった。

 たった四人のパーティーがゴブリンの大軍へと突撃してその中に食い込み、荒らし回る。


 人を超えた怪力で縦横無尽に振り回される大斧によって。

 流れるように鮮やかな剣技によって。

 変幻自在の軌道で飛んでくる鞭によって。

 天から降る災厄のような範囲攻撃魔術によって。


 ゴブリンの屍が量産されていく。その光景はまさに〝蹂躙〟という言葉が相応しかっただろう。


 結局、おおよそ三分の一程度までその総数が減ったところで、ゴブリンの大軍は潰走を始めた。

 散り散りになって逃走することを選んだ。

 異様な強迫に駆り立てられていたらしい群生化ゴブリン達だったが、流石にこうなるとこの場での自分の命を最優先にするらしい。

 この四人によって文字通りの〝全滅〟にまで追い込まれると本能的に判断したのだろう。知能の低い魔物であるが、それ故に賢明であると言えた。


 自分達に背を向けて一斉に、バラバラの方向へと逃げ散っていくゴブリンの群れ。

 カティ達の方もそれをこれ以上追いかけようとはしなかった。

 別にゴブリンを一匹残らず駆逐したいわけじゃない。

 群生化を止めることが今回の目的であった。この時点で既にそれは達成されている。

 ならば、これ以上の追撃に意味はない。疲れるだけである。

 逃げていくのであればそれでいい。ゴブリンを狩ることがそれほど金になるわけでもないし。

 それに何より――。


「――ハァ……っ……」


 戦闘は終結した。そう判断してもいいほどの静けさであった。逃げていくゴブリン達の鳴き声も遠い。


 流石のカティも荒い息を吐きながら、斧を支えにして立っている。

 そのまま周囲をぐるりと見回した。


 だだっ広い平野に見渡す限り、ゴブリンの死体が転がっていた。

 もう十分だろう、いくら何でも。そう思える数だった。

 これ以上ゴブリンを殺して何になる。気の弱い者なら見ただけで卒倒しかねないほど凄惨な光景だった。


 そんな光景の中に、ゴブリンの死体以外の生きている人間が三人、カティの目に映る。


「マジもう無理……! マジで死ぬかと思った……! チクショウ、もう二度とこんなことやらねえからな……!」


 その一人、クロウシは肩で息をしながら地面にへたり込んでいた。

 下手すればそのまま寝転んでゴブリン達の屍の中に埋もれかねない疲労困憊ぶりである。

 まあ無理もない。戦闘の後半でカティの次にゴブリンの数を減らしていたのはこの男であった。

 中衛として積極的に動き回ってくれた。とも言えるが。


 ともあれ、見事期待に応える働きをし、生き残ってくれた。

 少しは褒めてやってもいいかもしれない。カティはそんなことをちらりと思う。


「ふぅ……ふぅ……わたし達……勝った、の……?」


 さらに、その後方にはスタルカがいた。

 こちらも疲れ果てているらしい。地面に立てたワンドにほとんど寄りかかるようにしてどうにか立っている様子だった。


 しかし、それでも怪我一つすることなく無事に生きている。

 本当に良かった。カティは密かに胸を撫で下ろす。


「…………」


 そして、カティが最後に視線を向ける先。二人のちょうど中間くらいには、あの黒服の男が真っ直ぐ立っていた。

 こちらは何故か疲れを微塵も漂わせていない、まったく涼しい顔のままである。

 一体今何を考えているのだろうか。薄く微笑んでいるようなその表情からは何もわかりそうになかった。


 それにしても、なんつー美形だ。そいつの顔をまじまじと見ながらカティはそんなくだらないことを思ってしまう。

 それほどに整った顔の優男であった。とても、さっきまで自分達と共にゴブリンを蹴散らしていたとは思えないような――。


「…………っ」


 ぼんやりとそこまで考えてから、カティはハッとなる。


 そうだ、いつまでもこんな風に小休止している場合ではない。

 極度の疲労による一時的な虚脱状態。そこからようやく抜け出したカティは、次に取るべき行動を考え始める。

 この場において、まず何よりも最初にするべきことは。


「……そう言やぁ、まだ明かしてもらってなかったよなぁ」


 カティはそう言いながら斧を担ぎ直すと、ゆったりと歩き出す。

 涼しい顔で佇んだままの男の方へと。


「頃合いだろ、そろそろ聞かせろよ。あんたは一体何モンだ? 何の目的でオレ達に近づいてきた?」


 ある程度まで近づくと、カティはそう問いかけた。

 片手で持った斧を振り下ろし、男へと突きつけながら。


「…………」


 鋭い目で睨むカティに、男は目線を合わせてくる。

 詰問にもまったく怯むことのない様子で、真っ直ぐに。


「――それは……」


 ややあってから、口を開いた。


 カティも、そんな二人のやり取りを黙って見守るしかなかったクロウシとスタルカも――三人ともごくりと息を飲む。

 一体どんな答えが飛び出してくるのか。場の空気が一気に張り詰める中で――。


「……後にされた方がよろしいかと存じます。どうも皆様、かなりお疲れのご様子。私についての話は先にこの場の後始末を済ませ、どこかへ落ち着いてからに致しましょう。無論、私の方でもその後始末は率先して手伝わせていただく所存でございます」


 男はそう提案してきた。カティへ向けて恭しく、丁寧に礼を捧げてきながら。


 カティは思わず閉口する。まさかここまで見事に、真正面からはぐらかされるとは。

 他の二人も面食らった様子で固まっている。

 この状況で、この態度。どうやら相当肝が太い男であるらしい。


「ご安心ください。私は誓って、逃げも隠れも致しませんので」


 穏やかに微笑みながら、男はさらにそう続けてきた。

 文句なしの美形の顔を存分に活かして。

 人は美しいものに弱い。カティですら思わず丸め込まれそうになる。


 しかし、美しい顔は三人とも見飽きている。主にカティのせいで。

 故に、その魅了に惑わされることはない。

 とはいえ――。


「……わかった、そうしよう。確かに、オレたちゃ疲れ果ててる。ここから腕づくで吐かせるなんて面倒はしたくねえ。……長話をしたいような場所でもねえしな。あんたが後始末を手伝ってくれるってのも、今の状況なら渡りに船だ。正直、助かる」


 軽く溜息を吐くと、カティはそう言って斧を引いた。


 確かに男の言うことにも一理あった。素直にその提案に乗っても、こちらに別に損はない。

 唯一の問題は男がいつの間にか姿をくらませたりしないかどうかだが、そこはそいつの言葉を信じるしかない。

 を疑うのは、さっきまで背中を預けて共に戦っていた以上今更だろう。


「――だが、それでも一つだけ聞かせろ」


 話がそうまとまりかけた。しかし、そこで敢えてカティはまた男に問いかける。

 これだけは聞いておかなければならないと思うことを。


 何事かと再び空気が張り詰める中で、


「……あんたの名前は?」


 その問いかけを聞いたクロウシとスタルカが仲良くずっこけそうになっているのが見えた。

 男も、その貼り付けたような微笑を少しだけ愉快そうなそれへと変えたらしい。

 そして、再び仰々しく深々と頭を下げてきながら、こう答える。


「私の名前は『ブラン』でございます。どうぞ、お見知り置きを」

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