今夜はゆっくり眠るようです

「……ところでさぁ」


 そんな話し合いからしばらくして、クロウシがおもむろに口を開く。


「あんたらの仲間になるって決まったんだから、いい加減この縄ほどいてくんねッスかね?」


 そう言いながら、アピールするように縄でグルグル巻きの腕と上半身をくねらせる。


「あー……」


 そろそろ寝る支度でもするか。ということで、立ち上がって準備していたカティとスタルカ。

 カティの方はそれを聞いてどうしたもんかなと指で頬をかきつつ、


「だってさ。どうするスタルカ? お前が決めていいぞ」


 スタルカに判断を委ねた。


 スタルカはその言葉にしばし思案する仕草をしてみせた。その後で、カティの方へ近寄ってきてぼそぼそと何事か耳打ちする。

 カティはふむふむと頷きながらそれを聞き、クロウシにその判断を伝える。


「ほどいたらこっそり金を持って逃げ出しそうだから一晩中そのままの方がいいってさ」

「俺への信用がなさすぎる……!? 仮にもこれからパーティーを組もうというのに……!?」


 クロウシはスタルカのあんまりな裁決に愕然とした様子でそう呟いていた。


 その後で「もうちょっと俺のこと信頼してくれてもいいじゃん」だの、「仲間には優しくしといた方が得だって」だのぶーたれ始める。大人げないにも程がある態度。

 スタルカの方はそんな抗議に一切取り合おうとせず、相変わらず冷たい蔑みの視線を送るばかりである。


 カティは黙ってそんな二人の様子を面白そうに眺めていたが、


「大体、何であのチビ助に俺の処遇を決められなきゃなんねえのさ。あんたはどう思ってんだよ? 同じように、俺が隙を見てトンズラするとでも本気で思ってんの?」


 クロウシから突如そう矛先を向けられた。なので、仕方ないとばかりに自分の考えを言葉にしてやる。


「オレはまあ、正直どっちでもいいんだがな。だから、スタルカの気持ちを優先しただけで。それに、ほどきたいんだったら勝手にほどいてもいいぞ」


 それを聞いたクロウシは何やら一瞬驚いたような顔をしてみせた。


「あり? もしかしてバレてた?」


 その後で舌を出しながら飄々とした態度でそう言うと、あっさり両腕を広げてみせる。胴とそれとを縛り付けていたはずの縄をぱさっと地面に落としながら。


 縄はまるで最初から何も縛っていなかったかのように緩まっていた。

 一体何が起こったのか、奇術のような縄抜け。

 それを見たスタルカは驚きに目を見開いていたが、カティの方は意外でも何でもなさそうである。


「まあ、お前ならそれくらいは出来るんだろうと踏んでただけさ。そうでなきゃスカウトしねえよ」

「へ~え。じゃあ、こんなこと出来ちゃうような俺がこのまま逃げたりするなんて、そっちの方は思ってないわけ?」


 クロウシはまるで試すかのようにそう問いかけてくる。

 それに対して、カティは〝くだらない〟とでも言いたげにふんと鼻を鳴らした。


「別に、逃げたいなら逃げてもいいぜ。ただ、さっきも言ったように、そのまま逃げたところでお前の八方塞がりな状況は変わらねえしな。自分からそこに戻りたいってんなら止めやしねえよ。ああ、金を持って逃げるって手もあるんだったな。それもそれで構やしねえぜ。ただし――」


 そこでカティは言葉を溜めると、少し強めにクロウシを睨みつけてやる。


「このオレから金を盗んで逃げきれると本気で思ってるんだったらな」


 少女の美声を精一杯低く、重く、ドスのきいたものにしながらそう言い放つ。敵対者に向けるような威圧を少量そこに込めながら。

 それだけでも十分脅しとしては通用したらしい。


「――やめときます。やりません。そんなことするくらいなら、あんたの下で真面目に働きますとも、ええ。誠心誠意、一生懸命」


 クロウシは両手を小さく上げて、額に汗を浮かべつつそう言ってきた。

 先ほど一瞬見せた不敵さはどこへやら、何とも残念な姿である。

 まあ空気がビリビリと小さく震えるほどの圧と共に凄まれれば無理もないだろう。


「それでいい。黙って大人しくしとけ。そうすりゃ明日にはいくらか首が回るようになるんだからな。それに、お前も今夜はもうゆっくり寝といた方がいいぞ。休める時にしっかり休んでおくのが冒険者の鉄則だ」


 カティはクロウシに向かってそう言ってやる。言葉どおり、スタルカを促して自分達も眠りにつくための準備を進めながら。


「とりあえず寝袋は買っといたが、地面は固くないかスタルカ? こっちは別になくても眠れるからオレの分も下に敷いてもいいぞ。少しはマシになる」

「うん、ありがとう、お姉ちゃん。大丈夫だよ。でも……一つだけ、お願い」

「ん? 何だ?」

「今夜は……ううん、、隣で寝てくれる?」

「……ああ、それくらいお安いご用さ。お前が先に眠るまで見守っててやる。安心して、ぐっすり眠れ」

「うん……ありがとう……」


 そんな会話を交わした後で、寝袋にくるまって横になったスタルカはすぐにうとうとし始めた。

 ここまで色々なことがありすぎたことを思うと、やはり相当疲れていたのだろう。


 それをこんなところで寝かせてしまう。再びそのことについて申し訳なさを感じてしまいながら、カティはまどろむスタルカの顔を静かに見つめる。頭も優しく撫でてやりつつ。

 約束通り、この子が眠りにつくまで見守るために。


 横たわるスタルカに対して、カティは上半身を起こして座り込んだ姿勢だった。カティ自身は別にこのままでも眠るのに支障はなかったりする。

 だから、何かあったらすぐに動けるように今夜はそうするか。

 そう考えて、カティは自分の掛け布を胸元までたぐり寄せた。


「あの~……」


 その時、横からそう控えめな声が飛んできた。

 呼びかけてきたのはクロウシであった。同じ焚き火の傍ではありつつも、二人から少し離れたところに座っている。


「眠るにあたって、俺にもその……なんかねえスか……? 寝具的な……。自分の分持ってなくて……」


 こそこそとそんなことを問いかけてくるクロウシ。どうやら今までそれを言い出すタイミングを計りかねていたらしい。

 目の前で女の子二人が急に自分達だけの世界を繰り広げ始めたと思うと、それも無理はないのかもしれないが。


 まったく先ほどまでのしんみりしたムードを台無しにしてくれるクロウシのそんな情けない発言。

 それに対してカティはジトっとした目を向けながら、


「ねえな。お前はそのまま寝ろ」

「アッ、ハイ……」


 バッサリそう切り捨てて。そのまま顔を伏せると、目を閉じた。

 割合カティ自身も疲れているのだ。くだらない要求は無視して、ゆっくり眠るに限る……。

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