忍者が雇われるようです

 あまりにも予想外だったらしいその言葉。それを聞いたクロウシは絶句していた。

 そんなクロウシに構わず、カティは話を続ける。


「実はオレは冒険者でな。今は新しいパーティーを作るために仲間を集めている真っ最中なんだ。このスタルカもオレがスカウトしたそのパーティーの一員だ」


 それを聞いたクロウシは自分と同じく絶句しているスタルカとカティとを交互に見比べていた。

 しかし、その後で思いっきり疑わしげな視線をカティへ向けてくる。


「……とてもそうは見えんかもしれんが実際そうなんだ。そこは素直に受け入れろ、話が進まねえ」


 クロウシの言わんとしていることを表情だけで察して、カティはそう言う。

 こほんと咳払いをして気を取り直し、


「だから、お前もオレのパーティーに加わって、仲間にならねえか? そうしたら、お前の借金を全てオレが肩代わりして、カタに取られた刀ってやつも買い戻してやる。なんせ、金は唸るほどあるんだからな」


 というか。と、カティは何か思い直した様子で言葉を改める。


「お前の借金をオレが代わりに返済してやるんだから、仲間にするっつーか雇い入れる形だな、正確には。お前が。そんで、。冒険者パーティーの一員としてな。つまり、お前に仕事をさせてやるってわけだ。どうだ?」


 その説明を聞いて、ようやく話が飲み込めたらしいクロウシ。

 真剣な顔つきになると、問い返してくる。


「もし断ったら?」

「断る理由があるか? 仮にオレがこのまま無罪放免で解放してやるなり、お前がどうにか逃げ出すなりしたところで、借金まみれという状況はまったく変わらねえんだぜ。そのまんまじゃお前の刀はどっかに流れていっちまうだろうな。だが、安心しろよ。別にオレはお前の刀をカタに取ったりはしねえ。返済を急かすこともねえ。どっちから借りた方がいいかは明白だと思うがな」


 ニヤニヤと笑いながらそう答えるカティ。惑わすように美しくも妖しい笑顔。

 それに怯んだのか、クロウシはすぐには返事をせずに黙り込んだ。目を逸らしながら。


「――わ、私は反対だよ! お姉ちゃん!」


 その時、ようやく話の流れを飲み込めたらしいスタルカがそう口を挟んできた。


「どうして!? なんでこんな奴なんか仲間にするの!? 私達を襲ってお金を奪おうとしてきたクズ野郎だよ!?」


 スタルカは叫ぶようにそう言った。困惑と怒りが入り交じった声だった。

 どうやらよっぽどクロウシのことが気に食わないらしい。所業を思えば当たり前かもしれないが。

 それなのに、カティはそんなクロウシを仲間にしようとしている。

 どうして。スタルカが口を挟んできたのはその理由を知りたいからでもあるのだろう。


「……確かに、これに関しちゃ俺もそこのチビ助に同意だ。何だって、俺なんか雇おうとする? そこに納得のいく説明がなけりゃ、話は受けられねえな」


 いくら何でも怪しすぎて。クロウシはそう付け加えてきた。

 あまりにも自分に都合のいい話。それを突然持ち掛けられたことに警戒しているらしい。


 確かにそうか。二人の様子にカティもそう納得する。

 どうして先ほどまで敵対していた人間を仲間に引き入れようとするのか。借金を肩代わりしてまで。

 しかも、さっき出会ったばかりだというのに。

 確かにわけがわからないし、不気味に感じるのも当然だろう。そこに納得のいく理由がなければ。


「……そうだな。さっき『仲間を集めている』って言ったが、それは誰でもいいわけじゃない。オレには目的がある。パーティーを組んで達成するべき目的が。そのためにも、仲間に引き入れる相手には条件がある」


 だから、カティは説明を始める。二人に納得してもらうために。


「その条件とは、ってことだ。こと戦いにおいて確かな腕前を持っているヤツ。そいつがオレの集めたい仲間だよ。目的のためにはそいつが強ければ強いほどいい。だから、〝強さ〟に関してはお前は合格ってことだ、クロウシ。オレの眼鏡にかなう、大した実力だと踏んでる。ちょうど斥候と支援を担当するポジションのメンバーも欲しかったしな」

「はあ……そいつぁどうも……」


 カティの言葉に、クロウシはそう返してくる。何だか若干気の抜けた様子で。


「だが、強ければそれだけでいいってわけでもねえ。たとえ強かったとしても、非道で残忍な極悪人とは組みたくねえからな。まあ、オレ自身も正義感に溢れた善人ってわけでもねえが……少なくともオレの基準で気に食わねえ相手とは組めねえし、組むつもりもねえ」


 そこまで言うと、次にカティは少しばかり声のトーンを落としながら、


「その点で言うと、クロウシはまあ確かに身勝手でちゃらんぽらんなどうしようもないクズではあるが……」

「人間は上げてから落とされると余計傷つくって知ってます?」


 クロウシが震える声でそう言ってくるのを完全に無視してカティは話を続ける。


「それでもまあ……オレはどうもお前のことを。どうしたことか、自分でもよくわからねえけどな。気に入ったとまで言うのは早計だが、少なくとも面白えヤツだと感じてる。〝人を殺せない暗殺者〟……ねぇ。面白えじゃねえか、躊躇なく殺せるような人間よかよっぽどいいとオレは思うがね」


 カティはそう言いながらクロウシを見て、にかっと笑った。

 本人はまったく意識していないが、そういう時の笑顔に限ってまったく誰もが見蕩れる美少女全開のそれである。


 それを浴びせられたクロウシもうっかり心奪われそうになったらしい。一瞬頬を染めてぼんやりしかけるも、慌てて首を振り雑念を追い払おうとしていた。


「そんなわけで、まあクロウシはクズではあるけども、そこまで悪い人間でもねえんじゃねえかとオレは思う。面倒見てやって、恩を売っておくのもありかと思うんだが……スタルカはどうだ?」

「…………」


 カティがそう問いかけると、スタルカはぶすっとした顔で黙り込んだままだった。

 どうやらまだ完全には受け入れられていないらしい。

 どうしたもんかな。そう思いつつも、カティはこう付け加える。


「もちろん、お前が嫌なら無理には話を進めないけど」

「ちょっと待って、俺の進退そのおチビ様の気分次第!?」


 その言葉を聞いたクロウシが泡を食ったようになる。


 そんな情けないクロウシを見て、スタルカが大きな溜息を吐いた。

 それからやおら立ち上がると、氷のように冷たい目でクロウシを見下ろしながら告げる。


「……もし私達を裏切って、また襲いかかってきたりしたら、その時は私がおまえに地獄を見せてやるから」


 少女とは思えぬ気迫が込められた声でそう言うと、スタルカはぷいっと背を向けた。


「……お姉ちゃんがどうしてもそうしたいって言うなら、私もそれでいいよ」


 ぼそぼそと不満げな声ではあるものの、そう付け加えて。


 それを聞いたカティもクロウシもほっと安堵の息を吐く。

 カティはスタルカの方に近寄り、機嫌を取るようにぽんぽんと頭を撫でる。「ありがとな」と囁きながら。

 どうやら、それでいくらか機嫌は戻ってくれたらしい。


「……さて。ところでまだ、肝心のお前の返事を聞いてなかったな」


 カティは振り向き、クロウシに向かってそう声をかける。


「どうするんだ、ん? 別に断っても構わねえが……」

「あんな場面まで見せられて、今更俺に断るなんて選択肢あると思います……!?」


 ニヤニヤと笑いながら見下ろすカティ。クロウシはそれに抗議するかのようなツッコミの声を上げた後で、


「――はぁ……。けどまあ、あんたに〝面白い〟って言われたことは少し嬉しかったかな。こんな俺の、忍としての欠陥を」


 大袈裟な溜息を吐くと、そう言った。俯いて、その表情を見せないようにしながらではあるが。


 それから顔を上げると、クロウシはカティを見上げてくる。真剣な表情と眼差しで。

 胡座で座り込んでいた足も、いつの間にか片膝をつく体勢へと変わっていた。

 そこから丁寧に頭を下げて、クロウシは言う。


「――その話、謹んでお受け致す。このクロウシ、忍としてあんたに雇われよう。……借金返済のために」


 そんな情けない文言を最後に付け加えてきつつ。


 それを真正面からしっかりと受け止めて、カティは頷きを返す。美しい、花のような微笑みと共に。


「ああ、こちらこそよろしく頼む。肩代わりしてやる借金の分、今後はしっかり働いてもらうぜ、クロウシ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る