災厄と出会うようです
突如乱入してきたその何者かは、顔だけスタルカの方へと振り向きながらそう尋ねてきた。
その顔も、体格から予想できたとおりに少女のそれであった。
しかし、ただの少女ではない。
恐ろしいほどの〝美少女〟であった。こんな状況だというのに、思わずスタルカが見惚れてしまう程の。
年齢はスタルカよりいくらか上のような印象を受ける。そんな、輝くように美しい少女。
だというのに、次はその言動のあまりのギャップに気づいて、スタルカはさらに困惑する。
先ほど投げかけられた言葉の、あまりにも外見に似合わない乱暴な口調。
というよりそもそも、そんな少女が一体どうやって、どうして、バルトファングの一撃を受け止められた。
しかも、まったく易々とした様子で。
「おい、嬢ちゃん。どうしたんだ? オレの言葉聞こえてるか?」
そんなことをグルグルと考えて混乱したまま言葉が紡げないスタルカ。
それを不審に思ったのか、乱入者の少女は再度そう問いかけてくる。
その時であった。
「~~~~ッッ!!」
「おっと」
まるでいないもののように扱われていることに怒ったのか、それともいち早く困惑から脱したのか。
バルトファングが思いっきり少女へと吼えかかってきた。大気をビリビリと震わせるほどの大声で。
それを聞いて、スタルカはビクッと身を震わせる。咆哮の迫力に気圧され、思わず竦んでしまう。
しかし、少女の方はまるで意に介していない様子であった。
そうされてようやくバルトファングの存在を思い出したかのような、のんびりした反応。
「先にこっちからどうにかしなきゃなんねえか、よっ!」
そう言いながら、少女はバルトファングの前足を受け止めていた手を思いっきり跳ね上げた。
「――――っ!?」
たったそれだけで、バルトファングの巨体が後ろへ向けて倒れそうになった。
跳ね上げられた前足の勢いに引っ張られるようにして。
信じられないことに、それは技でも何でもなく単純に少女が力任せにそうした結果らしい。
己の数十倍では足りないほどの巨体を弾き飛ばす程の怪力。
「――――!」
どうも、この少女がそれを有していることは間違いないようだった。
弾き飛ばされたバルトファングは、しかしどうにか体勢を立て直しつつ後ろへ下がった。少女から距離を取る選択。
その隙に、少女も移動する。
スタルカを巻き込まぬようにであろう、少しばかり離れた場所へと。
その際に、少女は一つの武器を担いで動いていた。
刃の部分だけで自分の体躯ほどもある、巨大な戦斧。
少女はそれをひょいっと、軽々肩に担いでみせた。
思わずスタルカはぎょっと目を剥いてしまう。
しかし、真に驚くべきはこの後であった。
「…………っ!」
バルトファングが低い唸り声を上げながら構え、少女もそれに向かい合う。
一触即発。すぐにでも死闘が始まる。そんな空気が張り詰めた。
そこから数秒も経たず、
「~~~~ッ!!」
先に動いたのはバルトファングであった。
低く伏せるような姿勢を取ると、そこから一気に全身のバネを解放して、少女へと飛びかかった。
放たれた矢を思わせる勢いと速度。スタルカを相手にしていた時とは違う。油断は一切ない、本気の突撃。
バルトファングは大口を開け、突撃の勢いのまま噛みつき、その牙で少女の身体を引き裂こうとしていた。
この距離とタイミングでそれを回避出来る人間などいないように思われる。そんな速度の一撃だった。
「ふっ――」
しかし、その口は、牙は、虚しく空を切った。
ガチンと閉じられたその中に獲物の姿はなかった。
そこに納まるはずだった少女の身体は、その時バルトファングの頭上にあった。
少女はあの突撃を、真上へ跳び上がって回避していたのであった。
落ち着いた様子で、いとも容易く。
しかし、それが恐ろしく人間離れした反応と芸当であることは言うまでもない。
何故ならば、少女はあの
突撃が空を切ったバルトファングの頭上。そこで少女は一瞬ふわりと滞空した後に、
「よいっ――しょぉ!」
かけ声と共に一回ぐるりと縦に回転した。両手で握った大斧を振りかぶりながら。
そのまま回転と落下の勢いを乗せた大斧の一撃を、
「~~~~~~~~ッッ」
バルトファングの脳天へと綺麗に叩き込んだ。
大斧は逸れたり弾かれるようなこともなく、しっかりとその刃をバルトファングの頭にめり込ませていた。
火を見るよりも明らかな致命傷。
そのたった一撃でバルトファングは絶命し、決着がついてしまった。
「――はぁ~……? おいおい、バルトファングですらこんなもんかよ。こりゃいよいよ、強くなりすぎだなオレも……」
少女は絶命したバルトファングの頭上に降り立つと、また力任せに大斧を引っこ抜く。場違いなほど呑気な声でそんなことを言いながら。
新鮮な血に塗れたそれを担ぎ直すと、次にスタルカの方を向いてきた。
地に伏したバルトファングの死骸の上に立ち、スタルカを見下ろしてきながら少女は口を開く。
「さて、これでようやく落ち着いて話ができるな、嬢ちゃん。色々聞かせてもらうぜ」
そう言いながら、少女は微笑みかけてくる。
呆然と座り込んだまま、その姿を見上げるしかないスタルカに向かって。
先ほどのようなバケモノじみた戦いをしてみせた人間――そうだとはとても信じられないような、清らかにして美しい笑顔で。
「それとも、こう呼んだ方がいいか? 『災厄』さんよ」
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