災厄と話をするようです
少女の要求どおり、スタルカは彼女とその場でしばらく話し込むことになった。
少女は名を『カティ』と名乗った。
色々聞かせてもらうとは言いつつも、カティは先に自分の目的から正直に話してくれた。
その方がスタルカも素直に話してくれるようになると考えたのかもしれない。
事実それはスタルカの心理へ効果的に働いた。
そもそも後から割り込まれた形とはいえ窮地に追い込まれていたのを助けてもらった恩義もある。大体のことには素直に答えるつもりであった。
例外は向こうの目的が自分の身の危険に繋がる場合であったが、幸いなことにそうではなかった。
カティの目的は『災厄』と呼ばれている凄腕の魔術師を自分の仲間としてスカウトすることだった。
カティは冒険者であり、自分のパーティーを立ち上げるにあたって優れた実力を持つ仲間を探しているらしい。
その候補として『災厄』と呼ばれる魔術師の噂を聞きつけ、その魔術師がバルトファングを標的としている情報を元にここまでやってきたという。ついでにバルトファング自体も自分が仕留めるつもりだったとか。
自分とさほど歳が離れていそうなわけでもないのに、カティは冒険者として独り立ちしている。自分の道を自分で決めて、自分の意志でそのために行動している。
スタルカはまずそのことに素直に驚き、感心していた。自分とは大違いだ。
また、こんなまだまだ子供の自分に対して正直に目的を明かし、一人の人間として対等に近い接し方をしてくれる。それもまた驚くべき点であった。スタルカを見た目だけで判断して、侮ってはいないらしい。
その態度と人柄も朗らかで大らかというか、好感と共に妙な安心感を抱いてしまうものだった。言動が女の子とは思えないくらいに荒々しく男っぽいことには面食らってしまったが。
おまけに、人間離れした圧倒的な強さを持っている。先ほどの戦闘を見ただけでも明らかなように。
そんな色々をひっくるめて、スタルカはなんだかこの少女に対して親しみを越えて〝羨望〟に近い気持ちさえ抱いてしまっていた。
憧れを感じてしまうような人間に出会ったこと自体が初めてだった。
お互い顔を合わせたばかりで、あまりにも短いやり取りの最中だというのに。
だからだろうか。
自分の目的を話し終えたカティが、今度はスタルカに『災厄』という魔術師について改めて尋ねてきた。
その時に、
『災厄』という魔術師の成り立ちと正体について。
自分が親の顔も知らず、ずっと研究施設で育てられていたこと。
そこから失敗作として放り出され、奴隷として売り飛ばされたこと。
今は様々な人間の下を奴隷として転々と渡りながら生きていること。
自分に与えられた、歪な魔術の力のこと。
その能力は誰もが手を焼き、持て余すような〝欠陥品〟であるということ。
『災厄』とはそんな自分の能力にちなんでつけられ、いつの間にか広まった通り名であること。
ぽつりぽつりと一つずつ、しかし気づけば自分についての全てをスタルカは告白してしまっていた。出会ったばかりの見知らぬ少女に。
何故そうしてしまったのか、スタルカは自分でもよくわからなかった。
こんなこと話したところで、今の自分の何が変わるわけでもないというのに。
だけど、この子に話さずにはいられなかった。この少女に聞いてもらいたかった。
いや、本当はずっと、〝自分という人間のこと〟を誰かに知ってもらいたかったのかもしれない。
そして、それは誰でも良かったわけじゃない。そうしたいと思える相手に初めて出会えたから。
だから、全て打ち明けてしまった。こんなこと聞かされたところで、相手は困ってしまうだけかもしれないけれども。
でも、それでもよかった。どういう反応を期待しているわけでもなかった。同情して欲しいわけでも、憐れんで欲しいわけでもない。慰めて欲しいわけでも。
ただ、押し隠してきた自分の本当の気持ちを、心を、感情を――それらを聞いて欲しいと思える誰かに話せるだけで良かった。
「ふ~む……」
決して短くはないそんなスタルカの告白。
それを聞き終えたカティはといえば、何か考え込むような表情をしていた。腕を組み、目を閉じ、なにやら唸っている。
二人はいつの間にか自然と、互いに向き合って地面に座り込む形で話していた。
スタルカは膝を抱えて俯くような姿勢。
対してカティは思いっきり胡座をかいている。その容姿でするにはあまりにはしたない姿勢なのに、妙にしっくりくる感じもある。
さて、カティのその反応はスタルカにとって少々予想外のものであった。
こんなことを見ず知らずの人間からいきなり話されても、大体の相手は居心地を悪くするしかないだろう。そう予想していた。
なので、難しい顔で唸っているカティが果たして今どういう感情なのか。何を考えていて、次にどういう行動をするのか。スタルカにはまったくわからなかった。
よって、困惑と不安が入り交じったような気持ちで、スタルカはカティの様子をチラチラと窺うしかない。
出来ることならば、あまりマイナス方向の反応をされたくはないけれど。
「まさか、『災厄』の正体がそういうことだったとはなぁ……」
「がっかり……しましたか……?」
おもむろにそう口を開いたカティに、スタルカはおずおずと尋ねる。不安そうな眼差しと声で。
「いや、がっかりはしてねえよ。お嬢ちゃんに対してそういうことは思っちゃいない。ただ、少しばかりあてが外れたなってのと……このまんまってわけにゃいかねえよなって」
カティはそう言った後で溜息を吐くと、頭をグシャグシャとかいていた。
相変わらず難しい声で唸りながら。
「……一つ聞きたいんだが、お嬢ちゃんはこれからどうするんだ?」
「えっ……?」
唐突にカティはそう問いかけてきた。
あまりにも突然のことだったので、スタルカは不安そうに首を傾げるしかない。
「この先も、さっき話してくれたみてぇに奴隷として生きていくのか? 『災厄』と呼ばれる魔術の力を言われるがまま、こんな風に使って、使われて、魔物と戦って、殺して……」
「…………」
「お嬢ちゃんは、この先もずっとそうしていたいのか? そうしたいのか? いつか奴隷から解放されるまで。あるいは、いつか野垂れ死ぬまで。さっきオレが割って入らなかったらそうなっていたように」
カティは真っ直ぐにスタルカを見つめてきながら、真剣な声で問いを重ねていく。
「言っちゃ悪いが、
「――好きじゃないよ……!」
気がつけば、スタルカはカティの言葉を遮るようにしてそう口を挟んでいた。
無意識に、口からそうこぼれ出てしまった。
「本当は嫌だよ……! 痛いのも、怖いのも、寂しいのも……! 戦いたくなんかないよ……! こんな恐ろしい魔物なんかと、たった一人で……! 生きられるなら……私だって、普通に生きられるんだったら、そう生きたいよ……!」
「お嬢ちゃん……」
「でも、無理なんだよ……! 私はそうやって生きる方法しか知らないもん……! そうしなきゃ生きられないんだよ……! それ以外の生き方を選ぶ方法を知らないし……私にはそんな勇気も、力もなくて……だから……!」
自分の心の奥底に押し込めていたその気持ちを、スタルカは初めて口に出してしまう。身を震わせ、絞り出すような声で。
それはまるで八つ当たりのようでもあった。
目の前の少女はスタルカの中に溜まっていたそんな鬱屈をぶつけられる筋合いはない。そうしていい相手じゃないし、そうしたいわけじゃない
そのはずなのに、スタルカはどうしてもそれを止められなかった。
そんな感情の暴走すら、スタルカにとっては初めての経験だった。
羨望すら抱いてしまう目の前の少女と比べた自分があまりにも惨めで、そうしなければ劣等感に押し潰されてしまいそうだった。
それを刺激するような問いかけをしてきたカティへの怒りというのもわずかにあった。
そんな諸々の醜い感情を、スタルカはカティへとぶつけてしまう。
それは相手を不快にさせ、自分に幻滅させてしまうだろう。最悪、怒らせてしまうかもしれない。
同時にそのことも自覚しながら、スタルカはすぐにでも返ってくるだろう相手のそんな反応に恐怖し、身を固くする。
だが――。
「……そうか。やっぱりお嬢ちゃんは、普通に生きてえんだな」
良かったよ。
そう言いながら、カティは笑っていた。
ほっとしているような、優しく、温かい笑顔で。
「だったら、それでいい。こっちの腹も決まった。お嬢ちゃんがそう望むのなら、オレがその手助けをしてやる」
またもや予想外の反応と言葉に戸惑い、声も出せないスタルカ。
その目の前でカティはすっくと立ち上がると、スタルカを真っ直ぐ見つめながらこう告げてきた。
「オレが解放してやるよ――お嬢ちゃんを、その男達から」
その言葉に、スタルカは目を丸くするしかなかった。
あまりにも驚きすぎて。予想もしていなかった展開すぎて。
そんな驚愕と共に、頭の中には疑問がとめどなく浮かび上がってくる。
「……どう、して……?」
スタルカは抑えきれずにその疑問を口にしてしまう。
「どうして、私を……あなたが……? だって……」
まだお互いに出会ったばかりで、そんなことをしてもらえる理由もないのに。
むしろ、さっきも助けてもらった自分の方に借りがあるくらいなのに。
なのに、どうして。
どうして誰にも言うことが出来なかった、私の望みを――。
「あー、まあ……なんつーか……ちょっと色々あってな」
スタルカの問いかけに、カティはちょっと苦い顔をしていた。指で頬をかきながら。
「実は、オレも奴隷として売られかけたことがあるんだよ……。だからかな、そういうのが何よりも許せなくなっちまった。あのおぞましさや恐怖はオレ自身も覚えがあるからな。お嬢ちゃんが今それを味わっているってんなら、どうにかしてやりてえって思っちまったのさ」
それから、はにかんでいるような笑顔と共にそう言ってきた。
スタルカは放心状態でその笑顔を見上げることしか出来なかった。
カティの申し出によってスタルカの中に発生した感情は、まだ追いついてきそうにない。普段それを押し隠すのを繰り返してきたせいだろうか。
だけど、それでも。
何か言わなきゃ。スタルカは思う。
自分はこの申し出に。初めて向けられた優しく温かな心と言葉に、笑顔に。何かを返さなければいけない。
「あっ……」
スタルカは反射的にそう考え、呆然と固まったままの自分を必死に動かそうとした。
その時であった。
「オイオイオイオイオ~イ! な~にやってんだぁ?」
その場に新たな人影が現れた。おどけたような声でそんなことを言いながら。
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