間に挟まってくるようです その2

「――――ッ!?」


 驚きつつも。

 それが誰なのか確認する前にカティの体は動いていた。


 声の聞こえた方へ高速で振り向きながら、素手の裏拳でその何者かに攻撃を加えようとする。

 問答無用で。

 しかし――。


「――――っ!」

「オイオイ、即座に殴りにくるかよ普通!?」


 カティの拳は空を切った。同時にそんな言葉が上から降ってくる。


 急いで視線をそちらに動かすと、どうやらそいつはその場で跳び上がってカティの拳を回避したらしい。

 とんぼ返り。その途中にある相手の姿がカティの視界に一瞬だけ映った。どうも、とんでもなく身軽な奴であるようだ。


 だが、それを確認したカティが次の行動に移ろうとするよりも、


「――はい、動くなよ。死にたくなかったらな」


 先にカティの背後に着地したらしいそいつが耳元でそう告げてくる方が早かった。

 ついでに何か奇妙に反り返った形の、片刃の剣らしきもの――その切っ先をカティの首筋へと突きつけてきながら。


「…………!」


 カティはそこで、とりあえず大人しくそいつの言葉に従うことにした。

 手を降ろして、直立不動となる。慌てずに、落ち着いて。


「おっと、そっちのおチビちゃんもだ。大人しくしてろ、大事なお姉ちゃんを傷つけたくなかったら」

「…………っ」


 スタルカも一人出遅れる形ではあるが、ようやく何が起きてるのか把握したのだろう。

 しかし、自分も動こうとしたところでその何者かにそう釘を刺されてしまったらしい。

 その言葉は効果的に働いたようだ。

 動揺と悔しさを滲ませたような表情であるものの、素直に従ってスタルカはピタリと動きを止めていた。


「何者だ、テメエ」


 カティはそこでようやくその問いを発した。

 そうしながら、視線を出来る限り背後に動かしてその何者かの姿を確認しようとする。


 まず、そいつは声から察せられた通りに若い男であるようだった。

 ここまでの言動から受ける印象に違わず、どこか掴み所のない飄々とした雰囲気の風貌である。

 とはいえ、その目つきは油断なく鋭い。ずいぶんしているらしい。


 だが、そんな顔よりもよっぽど目を引くのは、その奇妙な格好であった。

 カティとしてはあまりにも見慣れない形の衣服。

 どうも異国のものであるらしい。それもかなり遠くの。

 地味な色遣いのややくたびれた上着を羽織り、下はゆったりとしたズボンのようなものを履いている。

 しかし、どれもと明確に名指し出来る形をしていない。強いて言うなら狩人の服装が近いだろうか。


 髪型もまた服装に劣らず奇抜だった。恐らく肩にかかるくらいの長さの髪、それを一纏めに結い上げているようだ。


 総じて、〝面妖な男〟としか表現しようがなかった。

 その原因は馴染みがまったくないその出で立ちから受ける違和感のせいだろう。

 不気味というほどではないが、物珍しい目を向けてしまうというか。


 スタルカの方も同じタイミングで男の格好を確認し、どうやら同じ感想を持ったらしい。

 目を細め、見たことのない生き物を目撃したような顔をしている。もちろんカティもまったく同じ表情だ。


 とはいえ、そんな風に妙な意表を突かれたものの、相手への警戒まで解いてしまったわけではない。

 油断なくそれを維持しながら、カティは男の返答を待つ。


「……驚いたな、本当に二人だけなのか。しかも、どう見てもそこら辺にいる普通のガキにしか見えねえ……」


 しかし、男はカティの問いに答えず、そんな独り言のような呟きをこぼした。


「お嬢ちゃん、どうやって手に入れたのかは知らないが、ギルドであれだけの大金をこれ見よがしに見せびらかして持ち帰ったのはマズかったな。そりゃあ当然、〝悪い大人達〟がこぞって押し掛けてくるに決まってるじゃん。ってな。しかも、こんな街から外れた森の中で、二人だけで野営してるとなったら尚更でしょ」


 続けて、そんなことを言ってきた。

 相変わらず飄々とした態度で。


 それを聞いたカティはといえば、ちょっとだけ無言で何かを考えているような顔をしてみせる。


「……そうだな。確かに当たり前だ。『どうぞ奪いに来てください』って公言してるようなもんだからな。認めたくねえが、こんな二人組だ。どうしたってそういう目で見られて、侮られて、絡まれることは避けられねえんだろう。恐らくこの先ずっとそうなんだろうな。オレにもそれくらいわかる。だから――今回で


 気怠げな様子で、カティは誰に聞かせるでもなく全て打ち明ける。自分の思惑を。


「そうすりゃ、今後しばらく無用な面倒に巻き込まれなくなるからな。ついでに、オレ達に手出しをしたらどうなるかを知らしめることも出来る。だから、わざとギルドで金を見せた。オレ達を襲いやすいように、街から外れたこんな場所で野営もしてやった。そうして、まんまと誘い込まれて金を奪いに襲いかかってきた奴らを。いいアイデアだと思ったんだが……どうも計算違いが発生したらしい」


 そこまで話すと、カティは視線を動かして背後の男を睨みながら言う。


「つまり、お前もその手合いの一人ってわけだ」

「ご明察。そんで、ってやつさ」


 何やら含みのある男の言葉を、カティは訝しげな声で復唱する。


「最初にして最後?」

「ああ。確かに、さっきまでそういう手合いが大挙してここに押し寄せようとしていた。マジでとんでもない数のゴロツキ共がウヨウヨしてたんだぜ、ここら一帯にな。それを、だ。全員俺が追い払ってやった。一人残らず、丁重にお帰りいただいたよ」


 逆に感謝して欲しいくらいだぜ。

 男は調子に乗った様子で、そんなことまでのたまう。


「お嬢ちゃんが本当にあの冒険者くずれのゴロツキ共をまとめて一網打尽にするつもりだったってんなら、俺が代わりにその仕事を済ませてやったんだからな。お礼の一つもいただきたいもんだ」

「ハッ、よく言うぜ。テメエの目的だってそのゴロツキ共と同じなクセしやがって」


 男の言葉をカティは軽く鼻で笑い飛ばす。


「不特定多数が狙っている以上、言うなりゃこの金を奪うのは早いもの勝ちの競争みてえなもんだ。それに、下手に誰かと組めば、組んだ人数の分だけ自分の分け前も減る。つまり、お前はそんな競争相手を全員棄権リタイアさせて、金を独り占めしたかった。それだけだろ? そんなことを恩に着て、感謝してやる必要はどこにも見当たらねえな」

「……言ってくれるねぇ、お嬢ちゃん。さっきから黙って聞いてりゃ、とんでもねえ威勢と自信だな。おまけに態度も言葉遣いも乱暴極まりないときてる。不気味なほど綺麗な顔してるくせに勿体ねえんじゃねえの、そういうの? つーか、正直あまりにも容姿と言動に落差がありすぎて若干気持ち悪いんだが……」


 男はそんな正直な感想を付け加えてきつつも、告げる。


「まあ、そこまでわかってるなら話は早え。大人しく金を差し出してくれたら、こっちもこのまま何もせずに立ち去ってやる。お嬢ちゃん達は無傷で解放されて無事に明日の朝日を拝めるってわけだ。シンプルだし、悪くねえ話だろ?」


 それを聞いたカティは片眉を上げつつ問い返す。


「もし断ったら?」

「おすすめしないねぇ、その選択は。お嬢ちゃんはさっき、えらく自信たっぷりに『ゴロツキ共を一網打尽にしてやるつもりだった』なんて息巻いてたが、とてもそんなことが出来るようには思えねえ。まして、そっちのおチビちゃんにもな。仮に何か策を用意して待っていたにせよ、今のこの状況をひっくり返せるようなものではねえだろ? それとも、試してみるかい? ここから、俺を相手に大立ち回りを。少なくとも、お嬢ちゃん達を狙ってたゴロツキ共よかよっぽど腕が立つつもりだけどな」


 余裕に満ちた口振りで男はそう言ってくる。

 自分の方が実力的に完全に上位であると確信している様子であった。


「けどまあ、そもそも今のこの状態――それ自体が〝詰み〟以外のなにもんでもねえわな。そっちのチビちゃんも、妙な真似はするなよ。大事なお姉ちゃんを傷つけたくなかったら。……そうだな、それでも何かしたいってんなら、お前が荷物から金を取り出して俺に渡すんだな。そうすりゃ話がずいぶん簡単になる」


 それでもまったく動じる様子のないカティ。それを相手にするのが面倒になってきたのか、男は次にスタルカへ矛先を変えてそう言った。


「…………っ」


 言われたスタルカはピクッと身を震わせ、何かを耐えているような顔つきになる。

 迂闊に自分が手出し出来ないこの状況に歯がゆさを感じているのだろうか。


「お嬢ちゃんも、この際態度がクソ生意気なのは寛大な心で見逃してやるから、このまま大人しくじっとしてるんだな。妹が何をしようと。こんなとこでかわいい妹を置いて死にたくないだろ?」

「死にたくないならじっとしてろ……? そりゃ、何かの冗談か?」


 再びそう脅しつけてくる男に、カティはわざとらしい笑顔を返してやる。

 相手を心底馬鹿にしているように挑発的なそれを。


「お前、こんなでどうやって殺す気だよ。バレねえとでも思ってんのか?」

「――――ッ!?」


 カティのその指摘に、男が初めて動揺した顔つきになった。

 しかし、すぐにそれを取り繕うと、言い返してくる。


「へっ、当てずっぽうも大概にしとくんだな。そうやって煙に巻こうってか」

「煙に巻くつもりなのはお前の方だろ。いくら何でも、自分の首に当たってる刃が本物か偽物かぐらいわかるに決まってんだろうが。恐らく木から削り出して作ったもんだろ、違うか?」


 なんでそんなもん使ってんのかは知らねえけどな。

 先ほどとは立場が逆転したように、カティは男をなじる。


「……だったら、どうした?」


 男はそれを聞いてしばらく黙っていたが、やがて静かにそう開き直った。


「確かに、お前の言うとおり。これは偽物の刃だよ。〝竹〟って植物知ってるか? それで作られた、まったく切れねえ刃だ。だけどなあ、人間ってのは尖った枝が急所に突き刺さっただけでも死んじまうもんなんだぜ? 偽物とはいえ、こいつの刃先も本物と同じくらい鋭く作られている。首筋に突き立てるだけなら、本物も偽物も結果は大して変わらねえよ。なんなら、試してやろうか?」


 男は素直にそう認めた。痛いところを突かれて逆上したりするようなこともなく。

 代わりに、恐ろしいほど冷たい声で、淡々とそう告げてくる。

 普通の人間なら震え上がりそうなほどの静かな迫力と共に。


 それは、熱くなって怒り狂うよりもよほど恐ろしい態度であった。

 それによって男が相当の手練れであると察せられるような。


 そんな、先ほどの軽薄さから一変した男の重く冷たい雰囲気。

 それを感じ取ったスタルカなどは息を飲んで若干気圧されたようになっている。

 だが、カティは――。


「そうだな。それじゃ、試してみるとするか」


 まったく平然とした様子で、突然そんなことを言い出した。


 同時に、刃先が当てられていた首を思いっきり刃と逆方向に傾げる。

 それによって、首筋が刃から離れる。


 だが、それは刃から逃れるための動きではない。

 むしろまったくの逆。


 それは〝溜め〟であった。

 何かを殴りつけるには力を溜め、拳を振るための空間が空いていなければならない。

 カティの動きはそれを作るためのものだった。


 ただし、今回殴るために振るうのは拳ではない。

 代わりに、十分に力を溜めて、込めて、筋肉を固めた首を高速で動かし――。


「――フンッ!!」


 刃へと思いっきりぶつけた。


 その衝突による衝撃で、竹で出来たその刃がした。

 折れたとか、砕けたとか、男の手から剣ごと弾き飛ばされたとかではない。

 まさしく木っ端微塵に弾け飛んだ。

 竹の刃は細かい破片と化して周囲へ飛び散った。それはまさしく破裂としか表現しようがなかった。


 そうして男が突きつけていた刃は、柄から刀身の中程までを残して、その先が突如消失した。


「……うそ~ん……」


 男が気の抜けた声でそうこぼす。

 半分ほどの長さになってしまった刃を呆然と見つめながら。


 先ほどの手練れの雰囲気はどこへやら。

 驚きのあまりまったく腑抜けてしまっている、隙だらけの状態だった。

 まあ、いきなりこんな芸当を見せられたら無理もないだろう。

 同じく一部始終を目撃していたスタルカまでもが目を白黒させているのだから。


 だが、カティにそんな状態の男を見逃してやる義理はない。


「ていっ」

「~~~~ッ!?」


 カティは無防備なままの男を容赦なく殴り飛ばした。


 死なないように手加減はした。

 だが、顎を綺麗なアッパーで殴られた男はその衝撃で上空に舞い上がった。


 そのままろくな受け身も取れずに〝ぐちゃっ〟といった感じで地面に落ちてきた。

 でろんと横たわったその身体がピクピクと痙攣しているのを見るに、どうやらギリギリ生きてはいるらしい。


「ふぅ~……」


 そんな男の状態を確認してから、カティは息を吐きつつ首をゴリゴリと回す。解すように。

 そうした後で、刃先にぶつけた首筋――傷一つなく無事なそこを手で軽く叩きながら、言い放つ。


「やっぱ無理だったみてえだな、偽物の刃じゃ」

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