苦戦を強いられるようです その1
そこから三人は奮戦した。とにかく、やれる限りに奮戦した。
まずカティが前衛で突っ込んでいってゴブリンの大軍をかき回す。
クロウシがその討ち漏らしを始末しつつ、スタルカを守る。
数に押されてきて、三人が包囲されかかったところでスタルカが範囲攻撃魔術を放つ。
各々が丁寧にこれらの役割を果たし、何度かこの連携を繰り返した。
たとえば、ある時は――。
「――獄炎の、弾幕ッ!!」
それは、人間の頭部ほどの大きさをした火球を四方八方にばら撒く魔術であった。
だが、その数がとんでもない。
避ける隙間があるのか疑問な程の密度でスタルカを中心に火球が飛び交う。名前の通りの〝弾幕〟である。
そしてまた、その火球の威力がとんでもなかった。
着弾するやいなやゴブリンの全身が瞬く間に燃え上がるのだ。
発動と同時に、魔術の届く範囲内では阿鼻叫喚の光景が広がることとなった。
「危なっ!? 危な、危な、危っ危っ危危っ!?」
叫びながらクロウシは自分に向けて飛んでくる火球を避け続け、あるいは刀で斬り飛ばして弾き続けている。
カティはといえば自分に向かってくるものを拳で殴って迎撃し続けていた。自分の拳が燃えるのも構わず、涼しい顔である。
☆★
また、ある時は――。
「――氷刃の、竜巻ッ!!」
叫び声と同時に、スタルカを中心とした広範囲の竜巻が発生する。
その竜巻の内部では、風の渦に巻かれる軌道で鋭く尖った氷柱が飛び回っていた。
氷柱の大きさ、鋭さ、威力、数。それはもはや言うまでもないだろう。
全身を鋭い氷柱に刺し貫かれて果てた無惨なゴブリンの死骸が積み重なるくらいとだけ表現しておこう。
「あーっぶ!? あぶあぶあぶあぶあぶあぶあぶあぶあぶ!!」
クロウシはもはや言葉の体を成していない何かを連呼する。
そうしながら、自分に向かってくる氷柱を刀で斬り飛ばして弾いていた。器用を通り越してもはや異常である。
カティは一々迎撃するのも面倒になったのか、立てた大斧の刃の陰に身を隠して凌いでいた。クロウシから何度か「ずりいぞ!」という抗議の叫びが届いていたが全て無視。
☆★
さらに、ある時は――。
「――真空の、剣舞ッ!」
レパートリー四つ目。
それはスタルカを中心とした広範囲に見えない風の刃を飛ばす魔術であった。
風だから当然見えない。風だから当然恐ろしく早い。吹き抜ける風の如くである。
風だから……なのかはわからないが、切れ味も恐ろしく鋭い。
刃が触れた端からスパスパとゴブリン達の身体が斬り飛ばされていく。あらゆる部分が、見境なく。
そして、もはや風とはまったく関係ないが、夥しい数の刃が飛んでいく。
それも、まったく予測不能に
今度は細切れになったゴブリンのバラバラ死体が量産されることとなった。
「もうやだあああぁぁぁ!!」
クロウシはといえば、もうほとんど泣き叫びながら風の刃を刀で弾き続けていた。
見えない風の刃だが、風だからこそ発生する気流の変化で軌道を読んでいるらしい。曲芸越えて神業に近い。大したものである。
そんなことを心中で密かに考えて賞賛しつつ、カティの方は腕を組んで仁王立ちの構え。
そのまま風の刃を全身で受け止めている。
ゴブリン用に威力も抑えてあるようだし、この程度ならば全身の筋肉を固めればそれだけで弾くことが出来るのであった。
クロウシから「あんたの体どうなってんの!?」という驚愕のツッコミが飛んできたが、それも全て無視。
☆★
そんな連携のおかげで、ゴブリンの数は着実に減っていた。
そう、確かに減ってはいたのだが――。
「カッさ~ん……もう無理だよぉ……! 俺、多分、ゴブリンよりチビ助にやられた傷の方が多いよぉ……!」
何度目かの範囲攻撃魔術が放たれた後。
ゴブリン達が一掃されることによって生じる僅かなインターバル。
そのタイミングで、クロウシがカティへそう声をかけてきた。
荒い息を吐きながら、ほとんど半ベソをかいている。
ゴブリンを倒し続けることと、定期的にスタルカの魔術を避けなければならないこと。両面の疲労が目に見えて蓄積している様子であった。
「泣き言いうんじゃねえよ。男の子なんだからちょっとは我慢しなさい」
カティはといえば、クロウシの方へ顔も向けずにそう言い放つだけだった。
まともに取り合うつもりは毛頭ない。あんな軽口が叩ける内はまだ大丈夫だろう。
とはいえ――。
「…………」
少しばかりマズいかもしれない。そんな予感もカティの中に生じつつあった。
まず、ゴブリンの数があまりにも多すぎる。
奮戦の甲斐あって、今のところ順調に半分近くまでは削れてきている。あの
それだけでもとんでもないことだと言えるだろう。
だが、普通の群生化であればそれはもう
つまり、この群生化はどうも普通じゃない。どこか異常だった。
それは、この膨大に過ぎるゴブリンの数からも明らかであったし――。
「ちっ……」
カティは思わず小さく舌打ちをしてしまう。なおも向かってこようとするゴブリン達の姿を見て。
普通、これだけ同族が目の前でやられているのだ。もはや虐殺と言ってもいい光景である。
怖じ気付いて、勢いが衰えてもおかしくない。萎縮するのが当然だ。
だというのに、そんな気配をまったく見せずにゴブリン達は相変わらずこちらへ挑みかかってくる。
それが同族への虐殺に怒り、戦意が昂ぶるあまりの狂乱状態に陥ってのことであるならまだしもだ。
このゴブリン達は明確にカティ達に対して怯えている。それなのにまだ向かってくるのである。恐慌した様子で、何かに追い立てられているように。
それは、少々不気味さすら感じる行動であった。
そして、間違いなく
しかし、だからと言って手を緩めるわけにもいかない。
その
一度こうして戦闘に突入してしまい、相手が向かってくる以上、それが終わるまで迎撃を続けるしかない。
とはいえ、ここからまだどこまでやれるものだろうか。
思いながら、カティはちらりと背後を確認する。
クロウシは露骨に疲れた様子を見せているが、ケツを叩いてやればまだまだ動くだろう。
問題はスタルカだ。あれだけの範囲攻撃魔術、果たしてどれだけ撃ち続けられるものなのか。
スタルカの能力自体が規格外なので、正直カティには予測がつかない。
その上、カティ自身は魔術師でも何でもない門外漢だ。ますますその予測は難しい。
スタルカ自身の様子はどうなのだろう。
流石にかなり疲れてはいるようだが、まだしっかりと立っている。
もう少しくらいはやれるのか。念のため後退して休ませるべきか。カティは判断に迷う。
だが、悠長に迷ってもいられなくなった。
このゴブリン群生化が
「――――っ!?」
いきなり地面が少し揺れ始めた。
同時に、ゴブリン共の背後から何かがゆっくりと近づいてくるのが見える。
その〝何か〟はゴブリン達よりもずっと大きい。それどころか、カティ達よりもさらに大きい。
ここから近づいてくるその姿が確認できるのだから相当だろう。
「
カティはようやくそれが何であるのかに思い当たり、呆然とその名前を呟く。
巨人というだけあって人間に近い体躯。だが、その大きさは人間の数倍。
当然、その体に備わる膂力も同じく数倍である。
本来なら森の奥や山の中などを住処にしている魔物である。
何故かゴブリンと共存関係を築き、行動を共にすることもあるらしい。そういう生態は聞いていた。
しかし、まさかこの群生化したゴブリンの群れにも帯同していたとは。
今まで聞いたこともない事例だった。いよいよもって〝異常事態〟だと断定するしかない。
いや、呑気に断定するだけじゃ済まされない。
というか、駆け寄ってきている。雄叫びをあげながら。ゴブリンを弾き飛ばし、踏み潰すのも構わずに。
どう見てもカティ達に襲いかかってくる気満々であった。それはマズい。対処しなければならない。
「……っ、あのデカブツどもはオレがやる! クロウシ! すまんが、その間はお前が気張ってくれ!」
そう叫び、カティは斧を担いで迎撃へと飛び出す。
強さはゴブリンの比ではないし、戦い方も発達した巨躯と腕力任せの頑丈な相手だ。
あの二人では倒すのに骨が折れるだろうし、時間もかかりすぎる。
しかも、さらに悪いことにそれが
これは流石に、カティが全部一人で引き受けるしかない。
なるべく素早くぶっ倒して、急ぎ対ゴブリンの戦線に戻る。それしか対応策がない。
「~~~~ッッ」
「ぬがああぁぁ!!」
近寄ってくる内の一体とカティは早くも接敵した。
向こうもひとまず飛び出してきたカティから相手にすることにしたらしい。
巨体を活かして、力任せに拳を振り下ろしてきた。カティはそれを大斧を盾にして受け止める。
だが、事態はさらに悪い方向へ転がっていく。
「――チィッ! っく、しょぉぉっ!」
思わずカティの口から悪態が漏れ出る。
カティが
勢いを取り戻したゴブリンの群れが一斉に突撃を再開した。
取り残されたクロウシとスタルカへめがけて。
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