災厄の真実のようです その1

 スタルカは両親の顔を知らない。

 そもそも、自分に親という存在がいるのかどうかも知らないのだ。


 物心ついた時にはどこかの国の〝研究施設〟にいた。

 どこにあったのかさえ知らないし覚えていない。


 そこで何かの実験を施されて、とある特異な能力を身につけた〝実験体〟として生活していた。


 関わる人間はその施設の研究員達だけ。

 研究員達に従順に従うようにするために、言葉もおぼつかない頃からそれなりの教育を強制的に受けさせられた。

 なので年齢の割には知能も高く、知識も身についている。

 それは同時に実験で自分に与えられた能力を使いこなすためにも必要なものであった。


 だから、スタルカは必死で教育を受けた。

 繰り返される、決して楽しいものではない実験にも抵抗することなく従った。

 そうする以外の生き方を知らなかったから。そうしなければ生きられなかったから。

 親も、血の繋がった家族や縁者も、頼れる人間など誰もいない。この世に一人きりの子供が生きていくためにはそうするしかないと本能的に悟っていた。


 孤独も、寂しさも、人恋しさも、悲しみも、怒りも。全てを心の底に押し込めて隠した。それらを少しでも見せてしまうと、相手の不興を買ったから。

 感情の一切を絶対に表に出さないように気をつけながら、何も言わずにひたすら愚直に、自分を生かしてくれる存在に従い続けた。

 ただ言われるがままに、指示される通りに、自分に与えられた役割をこなし、どうにか成果を出して、生かしてもらっていた。


 そんな人生に喜びはなかった。幸せなんてなかった。

 ただ、代わりに不安もない。絶望もない。

 心を波立たせるものが何もない、機械的な生活。

 その中でスタルカは言われるがままに行動するだけの人形として生きていた。


 それがスタルカの身につけた唯一の〝生きていく術〟だった。

 そうしていれば、少なくとも生きてはいられた。

 生きることに幸せはなかったが、死にたいとも思わなかった。


 何より、死ぬのは怖かった。

 見捨てられたら死んでしまう。自分一人だけでは生きていけない。

 スタルカは根本的に臆病なタチであった。自分一人だけで生き抜くことに自信がなかった。そんな強さが自分にあるとは思えなかった。

 それは、あるいは幼い時から受けていた施設に都合のいい教育――そのせいで根付いた歪んだ心理であるのかもしれなかった。

 だが、どちらであってもスタルカには特に関係はない。

 問題はにある。


 だから、スタルカは死にたくないがために、生きるために〝人形〟になった。

 そうして、施設に生かし続けてもらうために。


 だというのに、ある日突然スタルカは施設から見捨てられた。

 〝失敗作〟だと判断され、放り出された。


 いや、正確にはまた別の、自分を必要とする存在に

 施設で実験を施された結果としてスタルカの身に備わった〝能力〟。

 施設からは最終的に〝失敗だった〟として切り捨てられたのだが、その能力に価値を見いだす人間がいた。


 スタルカはそんな人間の下へ〝奴隷〟として売り飛ばされたのだった。


 なので、施設を放り出されてからもスタルカの生活にさして変化はなかった。

 指示を出してくるのが施設の研究員達から自分を買い取った人間に入れ替わっただけだ。

 相変わらず人形のように従順に、無感情に、スタルカはひたすら自分の主人の命じるままにその能力を使った。

 そうすることで、生かす価値のある存在と思わせて、生かしてもらっていた。


 奴隷としての生活は、施設にいた時よりも少しばかり荒んだ。

 だが、スタルカは特に気にしなかった。何もない、死にたくないから機械的に生き続けるだけの人生にとって大した差ではなかった。

 この世界の、自分と同じ年頃の少女が奴隷になって、もっと酷い待遇に置かれたり奉仕をさせられることがあるのも知識として知っていた。

 それに比べれば、自分に備わったこの特異な能力の使用以外を要求されることがないのはかなりマシな境遇だと思えた。


 しかし、施設が失敗作として放り捨てることを決断したスタルカの能力――それはどうやら買い取った人間にとっても相当であったらしい。

 結果として、スタルカはしばらくしてからまた別の人間に売り飛ばされた。さらに、そこでも能力を使わされるものの、しばらくしたらまた売られた。


 そうしてスタルカは奴隷として様々な人間の手を渡りながら放浪することとなった。

 顔は美しくともあまりにも幼く、発育も悪いスタルカ。なので誰に売り飛ばされても、どこに行っても〝その能力を使わせる以外の使い道はない〟と判断された。おまけに常に無表情で愛嬌もないのだから尚更だった。

 というより、能力を使わせた方が他の用途よりも遙かに手っ取り早く元が取れるらしい。


 だが、誰もが最終的には持て余した。

 次第に疎まれ、厄介者だと見なされ、十分稼げたと判断されたら別の人間に売り渡される。

 施設から放り出されて数年、ひたすらその繰り返しだった。

 結局は誰からも欠陥品だと見なされ、最後には捨てられる。


 スタルカはそれで傷つくことはなかった。傷つくような心はとっくにくしていた。

 ただ、代わりに焦った。このまま誰からも見捨てられ、必要とされなくなったら自分は生きていけなくなる。のたれ死ぬしかない。


 だから、以前にも増してスタルカはひたすら従順に、機械的に、どんな指示にも従うようになっていった。

 自分の心に蓋をした。あらゆる感情を一切外には漏れ出ないようにして、無心で〝人形〟となることに徹した。

 有用だと思われるように。使える道具だと思わせるために。必要とされて、捨てられなくなるために。

 そのために、どれだけ悲しくても、嫌でも、怖くても、恐ろしくても――その全てを心の底に押し込めて、言われるがままに行動した。


 今の自分を買い取った男達に付き従って、こんな辺境まで流れてきたのもそのためだった。

 子供の足では過酷な旅や探索へと何も言わず素直に、弱音を吐いたり遅れたりすることもなく必死でついていくのもそのためだった。

 自分など頭から丸飲みにされてしまいそうなほどの大きさをした、恐ろしい獣や魔物を言われるがままに倒し続けたのもそのためだった。


 そして、現在――。


 ルアトの辺境地域森林地帯の最奥で、巨大な怪物狼とたった一人で対峙しているのも、全部全部そのためなのだ。

 そうする以外の生き方を、スタルカは知らないから。

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