災厄が現れるようです

 テイサハの街の北西部には、未だ手つかずの広大な森林地帯が広がっている。

 この一帯が〝辺境〟と呼ばれている所以である。あまりにも過酷な自然に囲まれた僻地であるため、開拓が思うように進んでいないのだった。


 しかし、手つかずの自然は同時に大いなる〝富〟をその内に秘めてもいる。

 故に、その富がもたらす一攫千金――それを手にすることを夢見る開拓民として、あるいは冒険者としてこの過酷な辺境に流れてくる人間は少なくない。


 強大な魔物の討伐というのも、その一攫千金の方法の一つであった。

 人間と敵対し、害をなす危険な魔物の存在にはこの辺境では事欠かない。

 その中でも特に危険度の高い、手に負えない強さを有する個体には高額の討伐賞金がかけられていた。

 また、そういう個体ほどその体から得られる素材には稀少で有用かつ高価なものも多い。

 魔物狩りはこの辺境において最も実入りのいい仕事だと言えた。


 ただし、熟練の冒険者ですら最大限に警戒し、時には遭遇すら避けるような辺境の魔物達――それを相手に出来る実力を持っているならばの話であるが。


 そして、今この森林地帯の奥深くを進む三つの人影。

 その大胆不敵さを見るにつけ、どうやら実力はもちろん、相当の自信と欲深さまで持ち合わせているらしい何者か。


 腕に覚えのある冒険者ですら滅多に踏み込まないほどの森林の奥地。

 そこは、この森林地帯に君臨する孤高の王者――バルトファングの縄張りとなっている。

 だから、誰もが決して安易には踏み込もうとはしない。あの怪物狼の獲物として、一方的に狩られるだけだから。

 逆にこちらが狩るつもりで挑んでいった冒険者達も少なくはなかったが、もう長いことその全てが成果らしい成果を上げることは出来ていなかった。ついでに言えば、大半は還ってきていない。


 そんな相手の縄張りに躊躇なく足を踏み入れているのだから、本当に余程の自信と実力がこの人間達にはあるのだろう。そう判断せざるを得ない。


 不意に、その三つの人影の足が止まった。

 その内の並んで前を歩いていた二人が、被っていたフードを外す。

 森の景色にとけ込み、目立たなくなることでなるべく魔物から見つからなくする――その目的で身につけていたのであろうフード付きのマント。

 それをここで外すとは、どういうつもりなのだろうか。


 フードの下から現れたのは、男の顔であった。そのねじ曲がった性根と欲深さが滲み出ているような、ゴロツキの顔である。


「恐らくこの先にいるな。間違いねえ、ヤバそうな気配をビンビンに感じる」

「なら、俺達はここまでだな……オイ」


 男の一人が後ろに振り向きつつ、声をかける。

 その先には男達の一歩後ろをついてきていたもう一人の人影があった。


 だが、同じように森にとけ込むマントを羽織ってフードを目深に被ったその体格は、男達に比べると優に二回りは小さい。

 その背丈も男達の胸に届くか届かないかくらいしかない。大人である男達に対して、であった。


「いつも通り、ここから先はお前の仕事だ、スタルカ」


 スタルカ。そう呼ばれた小柄な人影は、応じるようにフードを外す。


 現れたのは、その小柄な体格も当たり前だと思えるような幼い子供――少女の顔であった。


 白に近い白銀の髪。あまり手入れをしていないのか、ややくすんだ輝きの長いそれ。天然でそうなのだろうか、全体的にクセがついて波打っている髪型。

 その肌も雪のように白い。髪と合わさって、どことなく寒々しい印象を与えてくる。


 その原因は、表情にもあるかもしれない。顔の造作は恐ろしいほどに整っている。人形のように美しい顔だ。

 だが、そこにはまるで生気というものが感じられない。

 まさしく本当の人形であるかのように無機質で、血の気の欠けた表情であった。


 あまり発育もよくないらしい。普通よりも小柄で痩せぎすというのが顔と体格から読み取れる。

 そのせいもあってか、生きるためのあらゆる気力や意志というものが欠け落ちているように見える、そんな少女であった。


「お前一人で進んでいって、この先にいる敵を倒してこい。馬鹿でかい、バケモノ狼だ。だけどまあ、お前なら問題なく勝てる。だろ?」

「…………」


 少女――スタルカは無言のまま答えない。ただぼんやりと、聞いているのかいないのかもわからない顔で佇んでいる。


「俺達はここで待っている。全部終わったら呼びに戻ってこい。万一にでも不覚を取ってお前が死ぬ、それはまあ別に構わない。だが、俺達から逃げることだけは許さない。もしもこのまま逃げようとしたら……わかってるな?」

「…………!」


 男の言葉に、スタルカが初めて反応を示した。

 目を少しだけ見開き、小さく身を震わせたのだ。

 そして、ゆっくりと一度だけ頷く。

 全ての指示を了解したと示すように。


「よし、いい子だ。じゃあ、行ってこい」

「…………」


 男は満足したようにそう言うと、二人とも一歩脇に退いて道を開けた。


 スタルカはまたフードを目深に被り直すと、そこを通り抜けて進んでいく。

 不気味で薄暗い森の奥へと、ただ一人。

 その奥から発せられている、身震いしそうなほどに獰猛な気配に向かって。

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