災厄の真実のようです その2
男達と別れて一人で森林地帯を進んでいくこと数十分。
スタルカはその巨大な狼の姿を見つけた。
狼はまるでこちらを待ち受けるようにゆったりと鎮座していた。
スタルカの髪よりは幾分か黒の濃い銀色の体毛。見た目は精悍な狼そのもので、美しさすら感じさせる。
だが、その大きさは狼という種の枠を圧倒的にはみ出すものであった。その前足に押さえられるだけでスタルカはぺちゃんこに潰されてしまうかもしれない。それほどの巨体。
それこそが、スタルカが今回男達から討伐を命じられた標的――〝バルトファング〟であった。
「…………」
スタルカは、無言でその狼の前へと進み出た。
森の中にしてはやや開けた場所である。戦うのに好適なのだろう。
だからこそ、バルトファングもここで敵を待ち受けることにしたものと思われる。
そこへ、スタルカは躊躇なく踏み行った。
「…………」
バルトファングも無言でスタルカへと視線を向けてくる。
いくらか意外そうに思っているらしい。そんな雰囲気であった。
それもそうだろう。こんな小さく幼い少女が、たった一人で現れたのである。自分に敵対しようとする者として。
そして、何の不意打ちや策を講じるでもなく真正面から相対してきている。
バルトファングが驚いても無理はないだろう。
しかし、スタルカにとってはこれが唯一自分に出来ることだった。なので、動じることなく、覚悟を決めて向かい合う。
相手に気配を読まれていた以上、不意打ちなんて通用するはずがない。
これほどの相手に通用するような策も思いつかないし、用意はしていない。
だから、正々堂々、真正面からぶつかっていくしかない。
それに、勝算だって――。
「…………」
スタルカは無言のまま、片腕を突き出して構える。
相変わらず心を押し隠した、人形のような無表情で。
しかし、その無表情の下では当たり前の感情が渦を巻いている。
嫌だ。怖い。逃げたい。死にたくない。泣き出したい。
それを必死で表に出ないように押さえつけているだけでしかない。
そして、まだギリギリのところでそれを維持できているのは、か細いながらもスタルカの中に
この巨大な狼に、自分は勝てるという自信。
わずかばかりではあるが、確かな勝算がある。
だからこそ、自分の主人である男達から今ここに送り込まれているのだ。たった一人で。
「――――」
そんなスタルカの中の何かを感じ取ったのか、バルトファングも臨戦態勢を取る。小さく唸りながら。
こんなにもか弱く幼い少女が自分と戦う意志を示し、構えている。普通であれば歯牙にもかけない相手だろう。あるいは、そのことが森林地帯の王にとって侮辱と映り、その怒りを買ったのかもしれない。
とにもかくにも、バルトファングは目の前の少女を〝敵〟として討つことに決めたようであった。
低く唸り続けながら、怒気の混ざった獰猛な気配を立ち上らせる。
その気配が一際大きくなったように感じられた。その瞬間、バルトファングはスタルカへ向けて飛びかかってきた。
口を大きく開けて、巨大な鋭い牙を鈍く光らせながら。そのたった一噛みでもスタルカは間違いなく絶命するだろう。
だが、スタルカはそれに心底怯えていつつも、真っ直ぐ狼に視線を向けたまま逃げ出すことはなかった。
目をつぶったりも、顔を背けたりもしない。ただ、しっかりとバルトファングの動きをその目で捕らえていた。
何のために? 無論、それを迎撃するために。
「――『轟雷の雨』」
バルトファングが自分に向けて飛びかかってきた瞬間、スタルカはそう呟いて自分の能力を発動させた。
それと同時にスタルカに飛びかかる途中だったバルトファングの体を上方から落ちてきた雷が貫いた。
それも一本だけではない。何本もの雷がバルトファングの全身を細かく貫く。
しかし、その雷はバルトファングだけを目掛けて集中して落ちているものではなかった。
スタルカを中心とする広範囲に、雷は数え切れないほど降ってきていた。まるで叩きつけるどしゃ降りの雨のように。
まさしくスタルカが呟いた言葉のとおり、〝雷の雨〟が降り注いでいる。そう思わせる光景だった。
雨はそのまま数秒ほど降り続けてからやんだ。
バルトファングの巨体はスタルカに届くことなく、その中間辺りで撃墜され、地に伏していた。
何本もの雷に貫かれたその灰銀の体はあらゆる場所が斑点のように黒く焼け焦げている。そこから薄く立ち上る煙がその威力を物語っているようであった。
あまりにも強力な、雷属性の範囲攻撃魔術。これほどの高等魔術を扱える魔術師はそう多くはないだろう。
これこそがスタルカの能力であった。そんな魔術を扱える
しかし、それはかなり正確さに欠ける表現であった。また、能力の実態からはほど遠いものでもあった。
包み隠さぬ真実を言うと、スタルカの能力とは一般的な魔術師のそれではない。
スタルカは確かに恐ろしく強力な範囲攻撃魔術を発動させることが出来る。相当な実力を持った高位の魔術師でないと扱えない程に高等なものを。しかも、雷だけでなくあらゆる属性のそれを使い分けられた。
ただし、
実は、スタルカが使えるのはそんな〝範囲攻撃魔術〟だけなのだ。他の魔術は一切使えない。様々な補助魔術どころか、基礎的な攻撃魔術すら使えなかった。
単体の標的だけに狙いを定めて発動させるようなことも無理だった。
スタルカが使える攻撃魔術とは唯一、自分の周囲の広範囲をまとめて破壊するものだけであった。
範囲を絞ったり、狙いを定めたりということが一切できない。
ただ溢れ出る膨大な魔力を周囲に撒き散らすような、歪な魔術。
さらに致命的な問題としては、狙いを定められないその中には
スタルカの範囲攻撃魔術は文字通りの〝無差別攻撃〟であった。
魔術を発動させる自分以外の、周囲に存在するあらゆる生き物へその攻撃は向かっていく。
おまけに威力の調整も効かなかった。どれだけ抑えようとしても、最小威力ですらその攻撃魔術は命中した相手に相当な被害をもたらすものであった。
あまりにも歪な、ひたすら自分以外に破壊をもたらすだけの範囲攻撃魔術――それしか使えない魔術師。
いや、それではとても魔術師とは呼べないだろう。歪な破壊の力を振るうだけの〝兵器〟に近い。
それがスタルカであり、スタルカだけが持つ特異な
誰も彼もを巻き込む圧倒的な、まるで〝天から降る災い〟のような破壊の魔術。それを振るう魔術師。故に、いつしかスタルカは『災厄』という通り名で呼ばれるようになっていた。
スタルカのこの奇妙に偏った魔術の力は、生まれ育った研究施設で施された実験によって備わったものだった。
あの施設がどういった研究をしていて、どういう目的のためにスタルカにこの力が備わることになったのか。それをスタルカは知らない。
だが、この能力が決して向こうの思い描いたとおりのものでないことだけは理解できた。
いたずらに威力と攻撃範囲を上昇させていれば喜ばれた最初と違い、研究所での生活の終わりの方はひたすら力を抑え込み、コントロールする訓練をさせられていた。
しかし、どうしてもそれが出来なかった。やろうとしなかったわけじゃない。必死でそうしようとしたが無理だったのだ。
だから結局、スタルカは〝失敗作〟の烙印を押されて捨てられた。
どれだけ努力してもコントロール出来ない、過剰すぎる魔術の力。
失敗だと判断され、誰もが最後には持て余し、スタルカを切り捨てる。
その原因となる、忌まわしいにも程があるそんな能力。
捨て去れるものならば、スタルカはこんなもの捨て去ってしまいたかった。そう出来れば、もしかしたら普通に生きられるかもしれないのに。
でも、無理だった。その方法を知らない以上に、
生きていくためには、自分を生かしてくれる誰かに捨てられないためには、この忌まわしい力を振るい続けるしかなかった。
そうして、この力で他の命を奪い続けるしかなかった。
こんな風に――。
「…………」
スタルカは動かなくなったバルトファングに向けて、再び片手を突き出す。
魔術は最大威力で放った。これで死なない生物には出会ったことがなかった。
とはいえ、相手はスタルカが戦ってきた中で一番の強敵だ。
勝負は一撃でついたとはいえ、先ほど対峙した時に本能的にそれが理解できた。
だから、念のためにもう一発打ち込んで、完全なとどめを刺しておく。
そのためにスタルカは構えたのだが、
「…………!」
どうやらその判断は正解だったらしい。
スタルカの動きに反応したかのように、バルトファングの巨体がピクリと動いた。
まだ生きている。
人形のような顔に少しだけ驚きの色を浮かべると、スタルカは急いで能力を発動させようとした。
その瞬間であった。
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