従者が仕えるようです その2

「あなたはカティ様がまるで本当の〝妹君〟であるかの如くに愛情を注ぎ、大切にしておられる御方です。そうとあれば、カティ様にお仕えする従者たる私にとってもそれは同じことでございます」

「え、ええと……はい……」


 ブランはスタルカへ向かっても深々と頭を下げながらそう語りかける。

 これまで経験したことのない、大の大人から大仰な礼を捧げられているという事態。それにスタルカはひたすら戸惑うしかない様子だ。


「あなたは私にとって主人あるじの妹君も同然。そうであれば当然、我が主人あるじにも等しき存在としてあなたに敬意を払い、忠節と共に接する必要があります。主人あるじの身内であり、家族であり、まるでであるあなたに」

「お似合いの……姉妹……!」


 ブランのその言葉を聞いたスタルカがなんだか衝撃を受けたような顔つきとなる。

 その顔のまま呆然と、特にその胸に響いたのであろうフレーズをぶつぶつと呟いている。


「ですので……どうか、スタルカ様からも私にお許しを賜りたいのです。あなたに対しても主人あるじと同じ忠義を尽くし、従者としてお仕えさせていただく、その許可を――」


 迫真の切実さが籠められた声でそう言うと、ブランは顔を上げて真っ直ぐにスタルカを見上げた。

 その瞳を少々潤ませ、甘く整った顔に薄く哀願を纏わせながら。


 それらを向けられたスタルカは「うっ」と言葉に詰まり、ブランから顔を背けていた。

 しかし、ややあってからそのままぽつりとこう呟く。


「……い、いいんじゃないかな……。別に……。仲間になってもらっても……」

「この裏切り者がぁぁ!!」


 間髪入れずにクロウシの絶叫が響いた。


「けぇっ! これだから顔のいい男ってのは始末に負えねえよな! 二人ともすっかり惑わされやがって!」

「メチャクチャなこと言ってんぞ、お前」


 悪態をつくクロウシにカティが呆れながらツッコむ。

 そもそもどうして精神的には男の自分が男に惑わされなきゃならんのだ。


「だが、俺だけは騙されねえぞ! 何故なら俺は〝顔が良くて女にモテそうな美男子〟が大嫌いだからだ! どうだ、この俺にだけはお前の魅了も通じまい!」


 クロウシはそう叫ぶと胸を張ってみせる。世界一みっともない自信に満ちた表情で。

 カティからは哀れむような、スタルカからは蔑むような視線が飛んできていることをものともせず。


「つーわけで、こうなりゃ俺だけでもそいつを仲間に入れることには断固として反対し続けるぜ! パーティーに男前担当はこの俺一人だけで十分だ! そう思うだろ!?」

「主張の主旨変わってきてるぞ」

「そもそも、男前どころかこのパーティーの顔面平均値を下げてる原因……」

「いくらなんでも言っていいことと悪いことってあるよな!?」


 ぼそっとそんなことを呟いてきたスタルカにクロウシはそう叫ぶ。悲鳴じみた震え声で。

 しかし――。


「…………」

「……なっ、なんだよ」


 唐突に、スタルカがクロウシの方へくるりと体を向けた。

 それどころか、ジトっとした目つきで思いっきり睨みつけている。

 いきなりの行動に、クロウシも狼狽えたような声を出す。


「――そもそも……お姉ちゃんの決定に口出しするような権利があなたにあるの? あなた、お姉ちゃんに借金肩代わりしてもらった上で雇われてる立場だよね? 立て替えてもらったお金、必死で働いて返さなきゃいけないはずだよね?」

「うっ……」

「本来ならお姉ちゃんに頭が上がるはずないよね。なのに、あなたは今日、最初は逃げ出そうとしたよね。ゴブリンの大軍に日和って。あろうことか、お姉ちゃんと戦おうとしてまで。ありえないよね、常識的に考えて」

「…………」

「信用ならない、胡散臭い人間が一体誰なのか。一度胸に手を当てて考えてみた方がいいよね。お姉ちゃんは優しいから何も言わないのだろうけど、私はまだ怒ってるからね。まあ、その後の働きに免じてこのパーティーに残るのだけは許すけど……。とにかく、私から言いたいことは、それだけ」


 ツンとそこまで言い切ると、またスタルカは体ごと向きを変える。クロウシから食卓の方へと。

 そうしてツンツンと澄ました態度のままで問う。


「それで、どうするの?」


 その場の誰もが無言になった。クロウシはともかく、カティとブランでさえも。なんだか圧倒されてしまって言葉が出てこない。

 そんな中で、クロウシがふらふらよろよろと歩き出したかと思うと、自分の席に戻って座り込んだ。


「カッさん……」

「お、おう」

「パーティーの長の決定に全部お任せします……」


 クロウシは目に見えてしょぼくれた様子となりながらそう言ってきた。

 カティですら思わず同情を誘われる落ち込み具合であった。


 まあ、自分よりうんと年下の子供からあそこまで正論で詰められれば無理もないだろう。

 ブランもそう思っているのかどうか。あえて何も触れずに無言でスタスタと自分の席へと戻ってきていた。


「…………」


 とはいえ、これで一応〝満場一致〟という形にはなった。

 パーティーの意見は統一された。様々な駆け引きが飛び交いつつ、半ば無理矢理な感じになってしまった気がしないでもないが。


 それでもまあ、いいだろう。

 カティは思う。


 ブランという男が未だその正体に謎を秘めていたとしても。

 スタルカもクロウシもいまいちそれを不審がっているままだとしても。

 自分自身そう思う気持ちがないわけではないとしても。


 なるようになるだろう。カティは大らかにそう考える。

 細かいことは気にしないのが性分。それを無理に曲げることもない。

 何より――。


「――――」


 カティはブランにちらりと視線を送りつつ、思う。


 何より、直感的なものではあるが、自分は案外

 確かな実力があり、有能。やたらこちらに対して丁重にへりくだってくる態度には多少辟易するところもある。だが、持ち上げられて別に悪い気はしないのも確かだ。


 それに何より、カティがこの男について一番気に入った部分とはまさしくその〝胡散臭さ〟であった。スタルカとクロウシには怒られるかもしれないが。


 こちらを試していた、と。臆面もなくそう言ってのける。あれほどへりくだり、服従する態度を示しておきながら。

 そのどこか信用ならない、食えない部分にこそカティは面白さを感じていた。


 確かに、この男は後々面倒を呼び込むのかもしれない。

 腹の底に表面的な態度とは違う何かを抱えているのかもしれない。

 そんな予感や胸騒ぎを抱かせてくる男だ。


 だが――。だからこそ、面白い。今のカティにはどうにもそう思えてしまう。


 自分の心が何処かでそれを求めている。面倒事を。刺激を。退を。

 カティはそれに繋がる予兆のようなものをブランという男の背後に見出していた。


 だからこそ。カティはブランの方へ体を向けると、足を組み直す。

 そのまま肘掛けに頬杖をつき、深く座り込む姿勢となりながら、言い渡す。


「まあ、そういうわけだ。遠慮なく仲間に加わってくれ。お前好みに言い換えるなら、『従者としてオレに仕えることを許そう』……こんな感じか?」

「はい、まさしく。恐悦至極にございます」


 ブランは再び椅子から降り、片膝をついて礼を捧げてくる。


 しかし、カティはそれを咎めたりはしない。

 代わりに、告げる。いや、〝命じる〟と言うべきだろう。

 その美しい少女の顔に、どこか妖しくなまめかしい笑みを浮かべながら。


「――大いに働けよ、期待をくらいに」

「仰せのままに、我が主人あるじ


 ブランのその返事もまた、カティの期待通りの何かを含んだものであった。

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