ギルドに行くようです その1

 テイサハの街で一番巨大で立派な建物は何かと言えば、それはやはり〝冒険者ギルド〟の本部だろう。


 辺境地域での探索と開拓を目的としてこの地にやってきた数多の冒険者達。その主要拠点となるのがテイサハの街である。

 それを思えば、冒険者同士の連帯と互助や事務仕事の管理代行を目的とするギルド――その辺境地域における本部が相応に大規模な施設となるのも必定だろう。


 冒険者とはつまるところハードな肉体仕事である。

 己が身一つで冒険と探索に挑み、あるいは何らかの依頼をこなし、日々の糧を得るのが冒険者だ。それは間違っていない。


 だからと言って、冒険者がそのハードな生き方に適応した厳つい人間達ばかりであるとイメージするのは些か誤解がある。


 確かに、筋骨隆々としていて頑丈そうな、いかにも冒険者という人間達も多い。

 しかし、ギルドに集う顔ぶれは何もそういう手合いばかりというわけでもない。

 男性がいれば、それに劣らぬくらいに女性もいる。

 逞しい体つきの者も多いが、そうではない者も決して少なくはない。

 大きいのもいれば小さいのもいる。太いのもいれば細いのも。厳ついのもいれば、容姿端麗なのも。

 どうしようもない荒くれ者もいれば、物静かで理知的な者もいる。


 要は冒険者といってもそれを生業とする人間は千差万別。

 見た目と性格に画一的な何かが存在しているわけでもなく、それによって向き不向きが決まるわけでもない。

 結局のところ、である。


 どこまでも実力主義の世界。それさえ確かならば、見てくれなどさほど重要ではない。

 冒険者達の大半はそう考えている。

 見た目で相手を侮るなどというのは所詮三流のすることである。


 しかし、そうは言っても流石に〝限度〟というものがある。


 その時たまたまギルドのロビーに居合わせた冒険者達はそう思わざるを得なかった。

 何故ならば、がそこに現れたからである。


 それは、二人組の少女。


 一人は輝くような金色の髪を豪快にひとまとめにした髪型。

 体格と顔つきから年の頃は十代の半ばという印象を受ける。

 そして何より、恐ろしいまでにその容貌は美しかった。

 その姿を見た誰もが思わずうっとりと見惚れてしまうような美少女であった。


 もう一人はボリュームのあるクセっ毛をした、長い銀色の髪の少女。

 年齢は金髪の少女よりいくらか年下のように見える。

 こちらもまた人形のように整った美しい顔をしていた。


 そんな二人組が、ギルド本部の正面玄関からまったく物怖じすることなく堂々と入ってきた。

 そして、入ってすぐのロビーをゆったりと横断していく。その場に居合わせた冒険者達全員の注目を集めながら。

 夕暮れ時のギルドは一日の終わりが近いということで忙しない時間帯。

 だだっ広いロビーには少々混み合うほどの人数が詰めかけている。


 それほどの数の視線を集めているというのに、金髪の美しい少女はまったく気後れしていなかった。

 まるで勝手知ったる我が家のようにロビーのど真ん中を突っ切っていく。

 自分達に集まる視線や、周囲のざわめきも一切意に介していない様子であった。


 対して銀髪の少女の方はどことなく不安げな様子で、金髪の少女の後ろにぴったりとくっついている。

 おどおどきょろきょろと周囲を見回して、落ち着かない。

 こちらは年相応の反応のようであった。


 そんな感じで、一見すると二人は仲良く家のおつかいに来た姉妹のように見えなくもなかった。

 いや、普通はそう思うのが正解なのだろう。


 ただし、それはの話である。

 小さな子供の仲良し姉妹がおつかいで来るような場所では断じてない。

 そうする用事などもすぐには誰も思いつかない。


 それに加えて、金髪の少女が提げている荷の異常さも二人が注目を集める原因となっていた。

 金髪の少女はその背に斧を背負っていた。

 刃の部分だけで少女の身の丈ほどもある大斧を、である。

 総鋼そうはがねで造られたそれは、少女の体重よりも重いことは明らかであった。

 そんなものを事も無げに背負って歩いているのだ。

 とても現実とは思えない、異様な光景であった。


 二人はそんな風にロビー全体へどよめきを起こしながら真っ直ぐに突き進み、ずらっと並んだ受付カウンターに到着した。

 そのまま、その中の空いている一つを適当に選び、金髪の少女がそこに立った。


「ど、どうも……本日は、どのようなご用件でしょうか?」


 受付嬢が戸惑いながらも、一応規定通りの応対をする。


 対し、少女は単刀直入に用件を切り出してくる。

 何の気負いも見せずに淡々とした調子で。


「――〝バルトファング〟を討伐してきた。その確認と討伐賞金の支払い、素材の買い取りを頼みたい」


 その言葉には流石に受付嬢も貼り付けていた笑顔を引き攣らせた。


 ギルドの窓口として働く以上、どんな冒険者相手にも出来るだけ真摯に丁寧な対応をする。プロとして――。

 そんなモットーを密かに抱いているその受付嬢だったが、そうは言ってもこの状況ではそれを一旦引っ込めざるを得なかった。


「……あのねえ、お嬢ちゃん。いくらなんでも悪ふざけが過ぎるわよ。誰かに構って欲しいんだったら、ここじゃなくて他の場所にお友達を探しに行きなさい。怒られる前にね」

「……まあ、普通そうなるよな。じゃあ、これ、裏に持ってって確認してきてくれ。出来ることならアンタより上の立場の奴も立ち会わせて」


 真面目な顔になって、受付嬢はちょっとキツめに少女を窘める。

 しかし、それを聞いた少女の方はといえば軽く嘆息すると、何やら一本の魔術スクロールをカウンターに置いてきた。


 それを見た受付嬢はやや動揺しつつ、目を細める。

 収納スクロール。機能が機能だけに、かなり値が張る魔術スクロールである。

 冒険者であっても誰もがおいそれと持てるような代物ではない。

 ましてや子供が悪戯のために持ち出せるようなものでは断じてない。


 手に取ってしげしげと観察してみるも、間違いなく本物だった。

 どうも目の前の少女は普通ではないらしい。

 薄々そんな予感がしてきた受付嬢は、まだ少し不審がりつつもそのスクロールを持ってカウンターを離れる。

 少女に言われるがままというのも何だが、一応裏で中を確認して上司の判断を仰ぐために。


 しかし、しばらくしてから受付嬢はこの少女の前に急いで戻ってくる羽目となった。

 血相を変えて――。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る