正体が明かされるようです その3
「私は、仕えるべき
ブランは「故に」と続けて、
「私はあなた様を我が
あなた様の前にこの姿を晒すのは、その御身に最も危機的な状況が訪れた時――。
どうしようもない窮地に追い込まれた我が
そのためにこそ、この身を捧げるべきである。
「なので、私自身がそう判断できた時にこそ、御身の前に出向かせていただこう……と」
ブランは先程とは一転、何やら妙に熱を帯びた口ぶりでそう語った。
それを聞いたカティはやや圧倒されてしまう。
ブランの勢いに。さっぱりわけのわからないその理屈に。
なので、その動揺を少し表に出してしまいつつ、カティは問い返す。
「えーと……それが、
「はい。僭越ながら、あの時点で彼女を失うことが
カティはそれを聞いて、少し驚いたような顔になる。
何と返していいものやら。カティは一瞬ちらりとスタルカに視線を送った後で、少々言葉に詰まる。
だが、幸いにもカティの言葉を待たずにブランの方から話を続けてきた。
「……とはいえ、こうしてあなた様の窮地をお救いさせていただいたからといって、それで私の愚かしい行いがあなた様に赦していただける――受け入れていただけるなどとは毛頭、考えておりません」
ブランは頭を深々と下げたまま語る。
「
申し開きの仕様もございません。
ブランはそう言うと、そこでようやく顔を上げた。
これまで見せたことのない、真剣な顔。真剣な眼差し。
何らかの覚悟を決めたようなそれを、カティへと向けてくる。
「そのことをカティ様がお怒りになられるのは当然でしょう。〝耐え難い侮辱である〟と憤られたとしても。〝何故もっと早く助けてくれなかったのだ〟と嘆かれたとしても。全てがごもっともでございます。そして、その所業のせいで、どうしてもこの私を赦せないとお思いになられるのであれば――」
ブランは決然と申し出る。
「どうぞ、私めに
そう言って、再度深々と頭を下げてきた。
つまり、自分の説明を信じるのか信じないのか。
それを聞いた上で自分を許すのか許さないのか。
そちらの好きなようにしてくれていい。
そういうことかとカティは解釈する。
「…………」
さて、どうするべきか。カティはしばし無言で考え込む。
確かに。全てがこの男の言うとおりなのであれば、自分には
そうでなくとも荒唐無稽な、眉唾にも程がある話だ。全てを鵜呑みにして信じ込むのも躊躇われる。
このブランという男自体にもどこか胡散臭く、一筋縄ではいかない厄介そうな人間という印象がある。素性についてはいまだ不可解な点も数多く残っている。
もしも何か裏があるのだとしたら、非常に面倒なことは間違いない。
であれば、その面倒が起こる前にここで何かしらの手を打っておく。
それも一つの、真っ当で常識的な判断だろう。流石にこの場で素っ首はね落とすとまではいかないが。
一旦、そこまでごちゃごちゃと考えてみたところで――。
「はぁ~……」
しかし、カティは大きく溜息を吐いた。
そして、思う。とはいえ、と。
「……確かに、お前の言うとおりだな。〝こんな姿になったその時からオレを助ける〟という役目がお前に課されていて、わざとそれを放り出したって話を信じるのなら。そりゃ、面白い気分じゃねえわな。あの時も、あの時も、お前は
カティはそのままつらつらと、思い浮かんだそれを口にしていく。
「オレのことを試していたってのも、それを聞いていい気分だとは言えねえよ。ああ、確かにオレは不快感を覚えた。お前の行動にな」
そう言って、カティは少々怒気を立ち上らせてみる。
それを〝すわ、この場で殺るのか〟と捉えたらしい。スタルカとクロウシが目を見開き、固まった。
ブランですら一度だけ、微かに身を震わせた。
だが――。
「――だが、言っちまえば
カティはあっけらかんとそう言い放った。
それを聞いたスタルカとクロウシが一気に気の抜けた表情になる。
ブランも伏せていた顔を上げてカティを見てきた。
「それに、だ。そもそもオレは〝お前に助けてもらえたかもしれない〟なんてことをまったく知らずにここまで来た。最初からそれを知っていたのならまた違った気分だったのかもしれねえが、知らないまま過ぎ去ったことを今更恨めるほど細かいタチじゃねえ。何だかんだで無事に乗り越えられたしな。誰かに助けてもらえるとも期待しちゃいなかった。だから、期待していなかったことでお前を憎み、罰するつもりはねえ」
そう言われたブランは目を丸くしていた。
これまで一切穏やかな表情を崩したことのない男が初めて驚きを露わにしている。
そのことが少し可笑しくて、カティは思わずくすっと微笑んでしまう。花の咲くような、美少女の笑顔で。
「それに何より、お前はスタルカを助けてくれた。本当に際どいところでな。お前の思ったとおりだよ。確かに、あれが
そう言って、カティはスタルカに視線を送る。恥ずかしそうに指で頬をかきつつ。
それを聞いたスタルカも頬を染め、もじもじとしながら俯いていた。
突如二人の間に立ち上るしっとりした
それを見て「うるせえな」とカティは思いつつ、コホンと咳払いをして、
「まあ、だから、結論としちゃこうだ。お前が『オレに仕える』という役目を放棄していたことについては、不問とする!」
カティはそう宣告する。
そして、どうするべきか考えつつ、今まで手で弄んでいた食事用のナイフ――それをくるくると回転させると、食卓にドスンと突き立てる。
「お前がスタルカを助けて、オレの窮地を救ってくれたことに免じてな。これは決定だ。異議は認めん。そうだな、いっそのことそれを
カティは腕を組み、にやりと笑ってそう告げた。
ブランはこれまでで一番深く頭を下げてきつつ、それを神妙な様子で承る。
「御意のままに、我が
再び上げたその顔はいつもの柔和な微笑に戻っている。
しかし、そこにはどことなく嬉しそうな色が混ざっているようであった。
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