正体が明かされるようです その3

「私は、仕えるべき主人あるじに、ほんの一時であるとはいえ疑いを抱いた身。そんな不届き者が、その疑いが自分の身勝手な心得違いであったことを悟ったからといって、今更おめおめと主人あるじの前にこの姿を晒すことなど、どうして出来ましょうか。仮に我が主人あるじが寛大にもそれをお許しになられるとしても、私自身がそれを我が身に許すことなど到底、出来ることではございません」


 ブランは「故に」と続けて、


「私はあなた様を我が主人あるじと確信したその時から、こう決心しておりました」


 あなた様の前にこの姿を晒すのは、その御身に最も危機的な状況が訪れた時――。

 どうしようもない窮地に追い込まれた我が主人あるじをお救いする。

 そのためにこそ、この身を捧げるべきである。


「なので、私自身がそう判断できた時にこそ、御身の前に出向かせていただこう……と」


 ブランは先程とは一転、何やら妙に熱を帯びた口ぶりでそう語った。


 それを聞いたカティはやや圧倒されてしまう。

 ブランの勢いに。さっぱりわけのわからないその理屈に。

 なので、その動揺を少し表に出してしまいつつ、カティは問い返す。


「えーと……それが、だと?」

「はい。僭越ながら、あの時点で彼女を失うことがであると判断させていただきました。故に、今こそ我が心に立てた誓いに殉ずる時であると、恥ずべきこの身ながら加勢させていただいた次第にございます」


 カティはそれを聞いて、少し驚いたような顔になる。

 何と返していいものやら。カティは一瞬ちらりとスタルカに視線を送った後で、少々言葉に詰まる。


 だが、幸いにもカティの言葉を待たずにブランの方から話を続けてきた。


「……とはいえ、こうしてあなた様の窮地をお救いさせていただいたからといって、それで私の愚かしい行いがあなた様に赦していただける――受け入れていただけるなどとは毛頭、考えておりません」


 ブランは頭を深々と下げたまま語る。


。確かにそう捉えられても仕方ありません。そして、あなた様がそのお姿になられた時から付き従い、お助けするべきであったその使命を果たしてこなかった。誰でもない自分の意志で」


 申し開きの仕様もございません。

 ブランはそう言うと、そこでようやく顔を上げた。

 これまで見せたことのない、真剣な顔。真剣な眼差し。

 何らかの覚悟を決めたようなそれを、カティへと向けてくる。


「そのことをカティ様がお怒りになられるのは当然でしょう。〝耐え難い侮辱である〟と憤られたとしても。〝何故もっと早く助けてくれなかったのだ〟と嘆かれたとしても。全てがごもっともでございます。そして、その所業のせいで、どうしてもこの私を赦せないとお思いになられるのであれば――」


 ブランは決然と申し出る。


「どうぞ、私めに。たとえこの場で首を刎ねられたとしても、我が罪過の重さからすれば慈悲深き処罰とすら言えるでしょう。全てを甘んじて、罪深きこの身にて受け入れさせていただく所存でございます」


 そう言って、再度深々と頭を下げてきた。


 つまり、自分の説明を信じるのか信じないのか。

 それを聞いた上で自分を許すのか許さないのか。

 そちらの好きなようにしてくれていい。

 そういうことかとカティは解釈する。


「…………」


 さて、どうするべきか。カティはしばし無言で考え込む。


 確かに。全てがこの男の言うとおりなのであれば、自分にはがあるだろう。

 そうでなくとも荒唐無稽な、眉唾にも程がある話だ。全てを鵜呑みにして信じ込むのも躊躇われる。

 このブランという男自体にもどこか胡散臭く、一筋縄ではいかない厄介そうな人間という印象がある。素性についてはいまだ不可解な点も数多く残っている。

 もしも何か裏があるのだとしたら、非常に面倒なことは間違いない。


 であれば、その面倒が起こる前にここで何かしらの手を打っておく。

 それも一つの、真っ当で常識的な判断だろう。流石にこの場で素っ首はね落とすとまではいかないが。


 一旦、そこまでごちゃごちゃと考えてみたところで――。


「はぁ~……」


 しかし、カティは大きく溜息を吐いた。

 そして、思う。とはいえ、と。


「……確かに、お前の言うとおりだな。〝こんな姿になったその時からオレを助ける〟という役目がお前に課されていて、わざとそれを放り出したって話を信じるのなら。そりゃ、面白い気分じゃねえわな。あの時も、あの時も、お前はだとするならば」


 カティはそのままつらつらと、思い浮かんだそれを口にしていく。


「オレのことを試していたってのも、それを聞いていい気分だとは言えねえよ。ああ、確かにオレは不快感を覚えた。お前の行動にな」


 そう言って、カティは少々怒気を立ち上らせてみる。


 それを〝すわ、この場で殺るのか〟と捉えたらしい。スタルカとクロウシが目を見開き、固まった。

 ブランですら一度だけ、微かに身を震わせた。

 だが――。


「――だが、言っちまえばだ。単に〝面白くない〟ってだけ。いくら何でも、それだけでお前をどうこうしようなんて気にはなれねえよ」


 カティはあっけらかんとそう言い放った。


 それを聞いたスタルカとクロウシが一気に気の抜けた表情になる。

 ブランも伏せていた顔を上げてカティを見てきた。


「それに、だ。そもそもオレは〝お前に助けてもらえたかもしれない〟なんてことをまったく知らずにここまで来た。最初からそれを知っていたのならまた違った気分だったのかもしれねえが、知らないまま過ぎ去ったことを今更恨めるほど細かいタチじゃねえ。何だかんだで無事に乗り越えられたしな。誰かに助けてもらえるとも期待しちゃいなかった。だから、期待していなかったことでお前を憎み、罰するつもりはねえ」


 そう言われたブランは目を丸くしていた。

 これまで一切穏やかな表情を崩したことのない男が初めて驚きを露わにしている。

 そのことが少し可笑しくて、カティは思わずくすっと微笑んでしまう。花の咲くような、美少女の笑顔で。


「それに何より、お前はスタルカを助けてくれた。本当に際どいところでな。お前の思ったとおりだよ。確かに、あれがってやつだった。お前のおかげでスタルカを失わずに済んだ。大事な……妹みてえな仲間を。それについてはどれだけ礼を言っても足りねえくらいだ」


 そう言って、カティはスタルカに視線を送る。恥ずかしそうに指で頬をかきつつ。

 それを聞いたスタルカも頬を染め、もじもじとしながら俯いていた。

 突如二人の間に立ち上るしっとりした雰囲気ムード――それをクロウシが手でバタバタと扇いで吹き飛ばそうとしつつ、「脱線してないで話を続けろ」とカティへ目で訴えてくる。

 それを見て「うるせえな」とカティは思いつつ、コホンと咳払いをして、


「まあ、だから、結論としちゃこうだ。お前が『オレに仕える』という役目を放棄していたことについては、不問とする!」


 カティはそう宣告する。

 そして、どうするべきか考えつつ、今まで手で弄んでいた食事用のナイフ――それをくるくると回転させると、食卓にドスンと突き立てる。


「お前がスタルカを助けて、オレの窮地を救ってくれたことに免じてな。これは決定だ。異議は認めん。そうだな、いっそのことそれをということにしとくか。ブラン、お前の主人あるじとしてのな」


 カティは腕を組み、にやりと笑ってそう告げた。


 ブランはこれまでで一番深く頭を下げてきつつ、それを神妙な様子で承る。


「御意のままに、我が主人あるじ


 再び上げたその顔はいつもの柔和な微笑に戻っている。

 しかし、そこにはどことなく嬉しそうな色が混ざっているようであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る