身の上話を聞くようです その1
確かにあんたの言う通り、俺は異国から流れてきた。
クロウシは、そう話を切り出した。
「ここが西の果てだとすると、俺の故国はそれこそ東の果てだよ。それくらい離れてんだ。同郷なんかこの国に来てから一人も見たことねえ。あんたらが俺の格好や名前を見たことも聞いたこともないと感じるのも当然だな」
「なるほどな。それが何で、国を出た? 一体なんだって果てから果てまで流れてきたりしたんだ?」
カティがそう尋ねると、何故かクロウシは一旦口ごもった。
やや間を空けてから、再び語り出す。
「……それを説明するには、少しばかり長い話になる。それこそ俺の生い立ちから語ってやらなきゃならないが……。かなり恥ずかしくて苦い思い出だし、面白くもないから出来れば話したくないんだけど……」
なにやらもじもじとしながら往生際悪くそうこぼすクロウシ。
「そうか、じゃあ口が滑らかに動くように二、三発いっとくか?」
「生まれた日まで含めて全部喜んで話させていただきます!」
――であったが、カティが拳をゴキゴキと鳴らしてみせると即刻態度を従順そのものに改めた。
「はぁ……そうだな……いや、そうッスね……。まず、あんたの推測の訂正から。俺は剣士じゃない。〝刀〟――俺の故国にしかない、あんたらにとっちゃ独特の形をしてるように見えるこの剣だ。あんたに砕かれたけど……。これを持っているし、メインの武器にしているとはいえ、剣技のみが俺の戦い方じゃない。だから、剣士じゃない。じゃあ、一体何なのかと言うと……」
俺は『
クロウシはそう言うと、続けてその『
まったく聞き覚えのない単語に首を傾げている二人のためだろう。
「忍っていうのは、平たく言えば俺の国における暗殺者の呼び名だな。暗殺だけじゃなく諜報も行うんだが……この国の人間にもわかるように例えるならそれが一番近い。だから、そうだな……こっちの職業で言うと盗賊と狩人、そこに暗殺者を混ぜ合わせたようなものが『
「ふうん、つまり斥候と支援もやれるってことか? 混ぜ合わせた元の職業と同じく」
「まあ、一応は。闇に隠れて襲撃するのが主な戦法だからな。さっきみたいにさ。逆に正面切って堂々とってのはあんまやらないね、出来ないこたないけど」
クロウシはカティの質問にも素直に答え、調子よく話し続ける。
元が喋り好きなのか、どうもノってきたらしい。
「だけど、忍ってのは誰でもなれるもんじゃない。大体は人目につかない山奥とかにある里――まあ村みたいなもんだ。その村に忍は普段隠れ住んでいる。村の住人は全員ある程度血の繋がった一族だ。その一族の中に生まれた人間しか忍にはなれない――というか、
しかも、俺はその一族を束ねる
何やら自慢げにそう言って、クロウシはそこからしばらく鼻高々に自分の過去を語り始める。
曰く、長の子供として生まれたクロウシは、一族の中でも抜きんでた才能に恵まれていたらしい。
忍の一族に生まれた子供は幼少期から特殊な訓練を受けさせられ、忍としての技術と戦い方を叩き込まれて育つ。
そうして将来的に忍となり、主君に仕え、仕事を請け負い暗躍する。
そして、また次世代へと技を継いでいく。
なので、クロウシも当然幼い頃から厳しい訓練を受けてきた。
だが、恵まれた才能によってその全ての訓練において優秀な成績を叩き出してきたらしい。
同年代の子供達よりも遙かに抜きん出た、まさしく神童。そこらの大人も顔負けの実力であったとか。
故に、間違いなく将来一族を束ねる長の座を継ぎ、類稀なる忍であり指導者として里と一族をよく治めることだろう。
里に住むあらゆる人間からそう目され、期待されていた。
もちろん本人も大いにそのつもりだった。
周囲から天才だともてはやされ、図に乗り、有頂天であった。
しかし、その増長もある程度仕方ない。そう思われるくらいには
そんな風にクロウシは過剰な程の自信とそれを裏打ちする確かな才能と実力に満ち溢れ、順風満帆の幼少期を過ごしていた。
「――思えば、あれが俺の人生の絶頂期だった……」
「テメエの自慢話が聞きてえわけじゃねえんだよ」
昔を懐かしんでいるのか、しみじみとそう語るクロウシ。
それに対してカティは呆れ果てた目を向けながらツッコむ。
だが、どうも何かのスイッチが入ってしまったらしいクロウシは意に介さず、そのまま熱っぽく続きを語り始める。
「けど、そんな薔薇色の人生がある時を境に一変しちまった……」
とはいえ、その続きは先ほどまでとは打って変わって陰鬱な語り口から始まったのだが。
「あれは、俺が初めて暗殺の任務を任された時だ」
クロウシ曰く、忍は仕える主君からの命を受けて仕事をする。
潜入に諜報、工作活動。それに暗殺。闇に隠れて密かに行うその仕事は多岐に渡る。
中でも〝暗殺〟はもっとも難しく、重大な仕事であった。
忍の中でも特に手練れの者しかその仕事には任命されない。
クロウシほどの天才であっても、それは成人してようやくのことであった。
だが、そんな重大な任務を与えられたクロウシには緊張も気負いもなかった。
むしろ、過剰なまでの自信とやる気に漲っていた。
それまでにも潜入や諜報の任務には何度も携わっており、その全てを完璧にこなしていた。もはやその程度のものには物足りなさを感じていたくらいである。
これでようやく自分も一人前の忍と認められることになる。
代替わりをし、長として里の頂点に立つのもそう遠くないだろう。
クロウシは喜び勇んで指定された要人の暗殺に向かった。
誰にも見つかることなく鮮やかに邸宅へ忍び込み、何も知らずに眠りこけている標的の枕元に立った。
刀を振り上げ、後は静かにそれを急所へと突き立てるのみ。
だが、その時、クロウシはようやく気づいた。
初めて、
「……人を殺すことが出来ないんだ、俺は」
自嘲の笑みを口の端に浮かべながら、クロウシはぽつりとそう言った。
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