ギルドに行くようです その2
「こっ、これ……!? あ、あなた……これを、一体、どこで……!?」
収納スクロールから出てきたのは、狼の牙と耳だった。
だが、普通のものではない。
尋常でなく巨大な狼のもの。牙も耳も、そう推定できるくらいの大きさであった。
おまけにその牙の鋭さや使い込みようは、相当長い年月を戦って生き延びてきた狼であることを思わせる。
見たこともない程に良質の素材と言えるものであった。
「森林地帯。バルトファングのものだ。討伐したって最初に言ったろ? その証拠がそれだ」
少女はしれっとそう答えてきた。まったく平然とした様子である。
それを聞いて、受付嬢はひたすら狼狽えるしかない。
何故ならば、
ギルド総出で確認したところ、少女の提出した証拠は本物だった。少なくともそうだと見なすしかない。
この裏では今、上司の上司の上司くらいまで巻き込む大騒ぎになっている。
誰も
冗談としか思えない。
しかし、確たる証拠が目の前にある。
バルトファングの牙と耳なんて、討伐した死体から回収する以外に手に入れる方法はない。
しかも、それを持ってきて〝討伐した〟と主張しているのがどう見てもまだ十代半ばの少女なのである。
それも
バルトファングを倒すどころか、戦えるとすら思えない。
とても現実の出来事だとは信じられなかった。
なので、色々と確認する必要があった。
そのために、『最初に応対を担当した責任を最後まで全うしろ』とのことでこの受付嬢が再び戻らされたわけであった。
「あ、あれが本当にバルトファングのものであるらしいということは、確かにこちらでも確認しました。し、しかし……ギルドから討伐の賞金を支払うのは、
「冒険者として登録は……している」
しどろもどろにそう説明する受付嬢の言葉を遮るようにして、少女はそう言ってきた。
あまりに予想外の言葉に何も言えず、受付嬢は目をしばたたかせるしかない。顔中に疑問符を浮かべながら。
「本名で登録してある。探してくれ、『カティ・サーク』だ」
「は、はあ……」
そう言われて、受付嬢は素直に従ってしまう。
それこそが普段の職務であるので、反射的なものに近かった。
いつもそうしているように裏から該当すると思しき書類束を二、三見繕って持ってくると、カウンターの上で開いて調べ、探し、確認をし――。
「た、確かに、ございますね。『カティ・サーク』様……。あれ、でも、これって――」
受付嬢は驚愕の声を上げそうになる。
そこに書かれている内容があまりにも目を疑うものであるが故に。
それに、ここに書かれていることが真実だとすると、受付嬢自身も何度かその人物の応対を経験しているはずであった。
ちょっとした有名人なのだ、その人物は。
この街で有数の、腕利きの冒険者として。
しかし。だというのに、今目の前でその名前を名乗る少女はその人物とあまりにもかけ離れた姿をしていて――。
「――しっ……! 頼む、それ以上言わないでくれ。色々あって今こんなナリになっちまっているが、間違いなく本人だ。ただ、あまりこのことを大勢に知られたくねえ」
だが、その驚愕を言葉にする前に少女がそれを妨げてきた。カウンターに大きく身を乗り出してきながら。
声を潜めてはいるが、かなり必死な様子である。
受付嬢は困惑しつつも、その要望を素直に受け入れることにした。プロとして――。
「――わ、わかりました。あなたが本当に
「信じてくれて助かるよ……。自分で言うのもなんだが、こんな滅茶苦茶な言い分を」
「わざわざこの名前を騙る理由がありませんからね……。確かに滅茶苦茶な言い分ですが、この方に関しての〝とある噂〟もギルドには報告が上がっています。その形跡を確認しました。しかし、まさか……。い、いえ、これ以上は私が首を突っ込むことではありませんね。では、引き続き職務を遂行させていただきます」
慌ててそう言うと、受付嬢は姿勢を正す。本来の自分の仕事を進めるために。
「本日の用件は討伐の確認、賞金の支払い、素材の買い取りでしたね。素材は他にも?」
「毛皮を剥いできた。それもこの収納スクロールに入れてある」
そう言うと、少女――カティは収納スクロールをもう一本カウンターに置いてきた。
「他は流石にデカすぎて持ち運びは無理だったな。その場で埋めてきた。それでも残りが欲しいのならば場所を教えるし、ギルドに権利を譲る」
「た、助かります。討伐確認の念押しにもなりますし、後日人を向かわせることになるでしょう。しかし……」
「なんだ?」
何かを言い淀む受付嬢に、カティが意外そうな顔を向けてくる。
これ以上何かあるのかと言わんばかりである。
「いえ、そのですね……バルトファングの素材――毛皮と牙は、恐らくとんでもない値がつくことになると思います。過去数十年、誰も討伐することが出来なかった魔物の素材ですから。ただ、それが一体どれくらいの金額になるのかを今すぐに算定は出来ないでしょうし、何より討伐の賞金も加えるとそれだけの金額を今日一度にお渡しすることは……当ギルドではかなり難しいかと……」
再びしどろもどろになりながら受付嬢はそう説明する。
不甲斐ないが、それが包み隠さぬギルドの実状である。正直に伝える義務がある。
一方、それを聞いたカティの方も得心がいってくれたようである。
「わかった、素材は預けておく。換金は支払える目処がついてからでいい。今日は討伐賞金だけ受け取っていく」
「助かります。では、そのように上と掛け合ってきますので、しばしお待ちを……」
「ああ、それと、一つだけ条件がある」
「な、何でしょうか」
ここで飛び出てきた〝条件〟という言葉に少し動揺する受付嬢。
一体何だと言うのだろう。
「賞金は、このカウンターに全部持ってきてくれ。
それは受付嬢も首を傾げてしまうくらい奇妙な条件だった。
ギルドから支払われる報酬があまりにも多額になると、別室で受け渡しが行われることが多い。
それだけの大金を手に入れる。その様子を周りに見せることで発生する無用のトラブルを避けるためだ。
なのに、この人はわざわざどうして。
しかし、受付嬢はそれ以上深く考えることはやめておく。
ギルドの窓口以上の仕事をするべきではないと心に決めている。プロとして――。
何より、それによって無用なトラブルを自分までもが抱える羽目になりかねない。
冒険者個人の事情には深く踏み込まない。
ギルドはどこまでも事務的であるべきとの信念で運営されてもいる。
だからこそ、カティへのバルトファング討伐賞金の支払いも滞りなく行われることになった。
ギルドの全員がその信念に則り、〝この件は深く掘り下げるべきではない〟と判断したのかもしれない。
さほど時間をかけることなく、カウンターには討伐賞金が並べられた。
目も眩む程の大金である。
金髪の少女はその金を無造作に肩に引っ提げ、連れの少女と共に意気揚々とギルドを後にしていった。
何が何やらよくわからないが、突然ギルドから少女達に対して大金が支払われ、少女達はそれを当然のように受け取って帰って行った。
その場に居合わせた冒険者達はその異様な光景を遠巻きに眺めることしか出来なかった。
最初から最後まで、まるで白昼夢でも見ているような気分で。
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