災厄を助けるようです その1
「獲物を仕留めたら呼びに戻ってこいって言っただろぉ~? あんまり遅えから俺達の方で確認しに来ちまったじゃねえか」
現れたのは二人組の男達。奴隷としてのスタルカの現在の主人だった。
「もしや逃げたのかと思っちまったぜぇ。こりゃちょっとお仕置きが必要か? ん?」
そんな風に品の無いチャラついた調子で喋り続けているのは主に男の内の一人だけだった。
もう一人はニヤニヤといやらしい笑みを顔に張りつけながら黙って相方の隣に立っている。
「…………!」
そんな男達の登場に驚きつつ、スタルカはその言葉を聞いてビクッと身を震わせた。
さっきまでの不思議と心地よく安心できていた温かい時間が夢だったように、スタルカの冷たい現実が戻ってきてしまった。
スタルカの心はそれによって一気に元のように冷え切り、先ほどの〝言葉に出来ない不思議な感情〟もどこかに消え去ってしまう。
「ごっ、ごめんなさ――」
反射的に、クセとして染み着いた謝罪が口から出てきそうになる。
しかし――。
「――――!」
それを遮るように、スタルカの視線の先を何かが横切った。
それは腕だった。真っ直ぐに伸ばされたカティの腕がスタルカの見上げる先にある。
驚きと共に視線を動かすと、カティの後ろ姿が目に入った。
そうやって腕を伸ばして自分の背後にスタルカを庇おうとしているかのような、勇ましい姿が。
「あん? なんだぁ、ガキぃ?」
男達もそこでようやくカティの存在を意識したようであった。
どうやらバルトファングの死体の検分にばかり気を向けていたらしい。
スタルカの状態など、とりあえず生きているというのを確認しただけで後回しにしていたのだろう。
だから、カティのことも見えていなかった。
「森で迷子にでもなったのかぁ? それとも、親に捨てられたか?」
「おい、待てよ……よく見るとアイツ、とんでもねえ上玉じゃねえか?」
下卑た笑みを浮かべながらからかうようにそう声をかけてくる男達。
しかし、どうもその途中で気づいたらしい。カティの異様な程に美しく整った容姿に。
「ああ……マジだな。ありゃ、売ればとんでもねえ高値がつきそうだ。へへっ、とんだ拾いもんだぜ」
そんなことを聞こえよがしに相談しながら、男達はカティの方へと向き直ってきた。
「おい、そこのガキ。どうしてこんなとこにいるのかは知らねえが、俺達に出会ったのは不運だったな。街までは一緒に連れて行ってやるよ。だが、そこから先はおウチに帰ることは出来ねえ。俺達がもっとお前に相応しいところに売り渡してやるよ、〝奴隷〟という身分でなぁ!」
それから、カティに向かってそう告げてくる。まさにゴロツキそのものといった態度で。
それを聞いた誰もが思わず顔をしかめたくなるほど下品な物言いであった。
「予想以上のゲス共だな……」
それをまったく隠すことなく、美しい顔を不快そうに歪めながらカティがそう言った。その場の全員に聞こえるような声の大きさで。
「あぁ? 何か言ったかガキ?」
「言ったよ。オレは奴隷になるつもりはねえ。テメエらに売られるつもりもな」
さらに続けて、カティは毅然とそう言い放つ。
「ほうほう、威勢がいいな、ガキ。その
「テメエらからこの子を解放する。そして、オレ達だけで街に帰る」
どこまでも動じず、挑むような態度のカティ。
それにカチンと来たのか、男達はさっきまでのおどけたような口振りをやめた。
代わりに、少しばかり怒気を立ち上らせている。
「なるほどなるほど、俺達がいねえ間にガキ同士でお喋りでもしてたのか。そして、お友達になったってわけだ。かわいそうだと思って同情したか? 奴隷のそいつに」
「さあな。テメエらみてえなゲスに話す理由はねえ。テメエなんぞとお喋りするつもりもな。だが、一度だけなら〝情け〟をかけてやるよ。これ以上揉めるのも面倒だからな。このまま黙って素直にこの子を解放し、静かに立ち去るなら
「ハッハッハ、『情け』に『見逃してやる』ときたか。そいつはなんともありがたい話だ。だが、無理だなぁ。そいつはまだまだ俺達が
男達はそう言ってひゃひゃひゃと笑った。あまりにも下品な笑い声。
スタルカのことを人間ではなく、完全に自分達の〝所有物〟だと認識している外道の言葉。
それを聞いて、スタルカの心は改めて痛んだ。
胸をざっくりと切られるような感覚。
こんな言葉をこれまで何度も浴びせられて、何度もこんな痛みを味わってきたというのに、未だに慣れることはない。
その痛みを心の底に押し込めて、反応を顔に出さないようには出来るけれど。
感じていないわけではない、慣れてしまったわけではない。己の境遇に対する悲しみに。
特に今は、初めて他人からの優しさや温かさに触れてしまったせいで、尚更鋭く突き刺さった。
思わずその顔に一瞬だけ、痛みと悲しみを浮かべてしまうほど。
そして多分、その瞬間を見られてしまったのだと思う。
自分を庇って男達に立ち向かってくれているカティに。
何故ならスタルカから見えるその顔に、少し胸を痛めているような悲しみと、静かでありながらも深く激しい怒りが浮かんでいたから。
「言いたいことはそれだけか? だったらもうこれ以上喋るな。『情け』も『見逃し』もオレの気の迷いだった。テメエらはもう無事では帰さねえ。どれだけ泣いて謝ってもな。そんな言葉を吐いたことを心の底から後悔させてやる」
男達を真っ直ぐ睨みつけながら、冷たい声でカティはそう告げる。
「……ナメてる。ナメてやがる。ナメてやがるよなぁ~、ガキが。完全によぉ。こっちのセリフだぜぇオイ、『無事に帰さねえ』なんてのはなぁ」
しかし、相手の態度や言葉が癇に障っていたのはどうやらお互い様であったらしい。
カティが放ったその言葉で相手の男も何かの限界を迎えてしまったようだった。
激しい怒りを抑えつけているように身と声を震わせながら男は言う。
「俺は〝大人をナメてるガキ〟がこの世で一番嫌いなんだ。だから、お前にはわからせてやるよ、ガキが。大人をナメたらどんな目に会うのか。お前にとって
そう言った後で、そいつはもう片方の男へと声をかける。
「おい、魔術障壁スクロールを出せ。手持ちの中で最高
「オイ、待てよ! お前まさか……」
「ああ、折角仲良くなったらしいからな、お友達同士でやらせてやるよ」
それを聞いてやや狼狽えた声を出す相方に、男はきっぱりとそう言い切った。
「何言ってんだ、それじゃあ売り物にならねえだろ……!?」
「関係ねえよ、もう。傷がつこうがどうなろうが知ったこっちゃねえ。この俺にあれだけナメた態度を取りやがった報いを受けさせてやるんだよ。ぶっ殺してやる。運良く死ななかったら、次にどうするかはその時また考えりゃいい」
「――ったく、お前は頭に血が上るとすぐこれだから……わかったよ」
ブツブツと文句を言いつつも片方の男は自分の荷物からスクロールを一つ取り出して渡す。
「高えんだぞ、あれを防げる魔術障壁となると。被害が届かないところまで離れるんじゃダメなのか」
「ダメだ。スタルカが能力を使わずに逃がすかも知れねえし、この目で直接見なきゃ気が済まねえ。あのガキがズタボロになる光景をな」
相方のそんな最後の確認を、男はばっさりとそう切って捨てた。
そして、さっきからその会話を不審そうに聞いていたカティの方を睨みつけてきた。
いや、正確には、その背後に庇われる形で座り込んだままのスタルカの方を。
「オイ、スタルカぁ!」
そのまま、ドスのきいた声でそう呼びかけてきた。
スタルカは反射的にビクッと身を震わせる。
「命令だ、今ここでぶっ放せ。なるべくそのガキが惨たらしい死に方をするようなやつをな」
それを聞いたスタルカは震えながら、懇願するような目を男に向けるしかなかった。
それだけは。どうか、それだけは。そう思いながら。
しかし、それが通じてくれるような相手ではない。
「あぁ? 何言ってんだ? いくら奴隷とはいえ、あの子がそんなことすると思ってんのか。そうしたいなんて望んでもねえことを、テメエに命じられただけで」
一方、カティは訝しげに眉を寄せながら男にそう言っていた。
少し話をしただけだが、スタルカの〝本当はそんなことしたくない〟という言葉を信じ込んでいるのだろう。
だが――。
「やるんだなぁ、これが。スタルカ、とっとと準備しねえとこうだぞ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます