砕けるようです
いつの間にかそこまで
戦いながら、カティは思い返す。
……実際、さっきまではちょっとばかしヤバかった。
なんせ、自分がどれだけぶん殴っても竜の方はまるで堪えていない――そんな様子でピンピンしていた。
相手がそれだけタフ――というよりは、
そんな疑いにも自力で到達していた。結果それは正しかったわけではあるが。
あの鱗はそれほどまでに異常だった。異常な硬さだった。
どれだけ渾身の力で斧を叩きつけても傷一つ付けられない。少々楽しくなってしまう程の手強さだった。特に、ここ最近あらゆる強力な魔物を一撃でぶちのめしてしまう身としては。
しかし、呑気にその殴り合いを楽しんでばかりもいられない。カティの方もいい加減疲れてきていたからだった。
なんせ、向こうの攻撃のダメージはこちらに通るのだ。
傷は回復しても、痛みには慣れない。何度か意識も飛びそうになる。動き回り、殴り殴られ続ける疲労も溜まっていく。
攻撃が通じない頑丈さと、攻撃を食らっても即座に治る回復力――果たして、どちらが先に疲弊して動けなくなるのか。根比べに持ち込んでも、ダメージを食らっている分カティの方が不利だろう。
早晩、こちらが先に限界へ到達することは予感できていた。それが先ほどまでの状況。
だが、今は違う。
明らかに。見るからに。傍目で見ている全ての人間がそう感じるだろうレベルで、カティの方が押している。
何故ならば、結晶鎧竜の動きは
先ほどスタルカに渾身の魔術を叩きつけられた。そのダメージが尾を引いているようだ。
どうやら、魔術であればあの鱗を破壊できるらしい。
頭部の鱗に出来た巨大なヒビ。そのヒビを入れた魔術の威力が、鱗を貫通して竜にも伝わったのだろう。
この戦闘で初めてのダメージ。それ故の弱体化。
畳みかけるなら今しかない。気迫と共に、カティは全力で結晶鎧竜を追い込もうとする。
この後のことは考えずに全開で行く。ここで決着をつける。
勝機はある。結晶鎧竜の頭部に出来たヒビ――あの巨大な亀裂に自分の渾身の一撃を食らわせれば、こいつの鱗を砕けるはず。
根拠はまったくない。しかし、自信はある。確信もある。漲るほどにある。
あのスタルカが命懸けでここまでやって来て、作ってくれた突破口なのだ。今まで出来なかった能力の制御まで土壇場で成功させて。
それがどれほどのことなのか、カティにもしっかり伝わっている。あの子がどれほどの覚悟でそれに挑んでくれたのか。
だからこそ、次は自分の番なのだ。スタルカが託された願いを、想いを、全部自分が引き継いで。
それを果たしてみせる。こじ開けてくれた突破口から、勝利を掴んでみせる。
あの結晶鎧竜の鱗は――。
「オレが粉々に砕いてやらああぁぁ!!」
吼えるような叫びと共に、カティは大斧を振りかぶって跳び上がった。
絶好のタイミング。先ほどから明らかに頭部を庇うようにして防戦に徹していた結晶鎧竜――その固いガードを全力全開の連撃でこじ開けて、ようやくその頭部を曝け出させた。
結晶鎧竜の防御は間に合わない。そこへめがけて、カティは落下速度を上乗せした大戦斧を振り下ろす。
「~~~~~~~~ッッ」
大斧は見事そのヒビに直撃する。激突の音が大きく鳴り響く。
刃がめり込み、亀裂はさらに拡がる。ミシミシと。
もう少し。あとちょっと押し込むだけでその鱗は粉々に――。
「――――」
砕けた。まさしく、破裂したように粉々に砕けた。
ただし、
逆であった。その一撃を打ち込んだ、
細かな破片と化して四方八方に飛び散る。
一体何が起こったのか、カティまでもが一瞬呆然としてしまう。
何も握られていない空の手を振り下ろした格好のままで、空中に滞空しながら。
☆★
しかし、その現象の正体は、むしろその戦いを見守っていた人間の方が素早く理解できていた。
カティの、人間としての枷を外れた異次元の腕力。
それをもってして物理攻撃の一切通じない硬さを誇る結晶鎧竜の鱗をぶん殴り続けた衝撃。
そんな無茶に、とうとう武器の方が耐えられなくなったのだろう。
大戦斧の耐久の限界に達してしまった。その結果として、粉々に砕けたのだ。
カティのことを知る人間達はいち早くそれを悟った。
そして、瞬時に真っ青になり、嘆く。
なぜ。どうして、よりにもよってこのタイミングで。
あと一撃で結晶鎧竜の鱗の方を砕けるというところで、先にこちらの武器が砕けてしまうだなんて。
一体どれだけ
それとも、結局はこれが〝運命〟というものなのだろうか。
どうあっても、自分達は結晶鎧竜に勝てない。そんな、巨大な運命の流れ。
その顕れが、この結果なのかもしれない。
瞬間的にそこまで考えてしまい、全員が絶望する。落胆する。
打ちひしがれ、全てを諦めそうになる。
☆★
だが、一人だけまだ諦めていない人間がいた。絶望も、落胆もしていない人間がいた。
深紅のドレスに身を包んだ少女。世界で最も美しい容姿。
その美少女――カティだけは。ここまで竜と戦い続けてきた本人だけは、まだ戦意を失っていなかった。
それどころか、笑っている。獰猛な笑顔を張り付けたまま、戦いを続ける気でいる。
いいじゃねえか。上等だよ。そう思いながら。
「――――ッ」
空中で必死にもがいて、しがみついた。結晶鎧竜の頭部に。
そこを急いでよじ登り、辿り着く。
鱗に入ったヒビの前へと。
仁王立ちになり、それを睨みつけるように見下ろす。
しかし、そこから一体どうするつもりだというのだろうか。
もはや
……そう思ってんだろうな、全員。
そう考えて、カティはニヤリと笑う。
そんなわけねえだろうが。
まだ、武器は残ってるじゃねえか。
この体の全力を用いて攻撃しても決して壊れることのない、唯一の武器が。
「――――」
カティは大きく息を吸い、それを振りかぶる。
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