魔術師は名乗り出るようです

 だが、それを聞いたスタルカ達の方はまだそこまであっさりと受け入れられそうにない。

 絶望的な気分で黙り込む。それしか出来ない。

 カティが古竜に勝てない理由と、それなのに今その勝ち目のない戦いに挑んでしまっているということ。

 それをここまで明快に示されてしまっては仕方のない反応だろう。


「……だから、あいつがここに来たら真っ先にこのことを伝えるつもりだったんだ。それから何かしらの対策を検討し、準備させた上で送り出すつもりだった。それだってのに、あいつは……」


 先走りやがって。シュリヒテが深い溜息と共にそうこぼす。

 その様子を見るに、案外シュリヒテの方もまだ全てを割り切れているわけではないらしい。


 だが――。シュリヒテが軽く頭を振る。何かを振り払うように。


「とはいえ、ここでいつまでもそれを嘆いていてもどうにもならん。こんな状況になってしまったものは仕方ない。今はを考えるしかあるまい」


 全員の顔を見回しつつ、そう言ってきた。

 強引に切り換えを促すかのように。


「……そう、言われたってさぁ……」


 それに対して、クロウシがそう口を開く。重苦しい調子で。


「俺達だけじゃどうしようもなくない? 要するに、あの竜に勝つためにはって話でしょ? でも、俺だって魔術なんて使えねえし……」

「……まあ、それも一理ある。実際、なんて一つしかないのも事実だ」


 魔術による集中攻撃。シュリヒテはそれを口にする。


「結局、それ以外の方法はない。それを実現する手段も二つくらいしかない。この街にいる魔術師を根こそぎ集めて投入するか、それに相当する攻撃魔術のスクロールを用意して発動させるか……。なんだが……」


 シュリヒテは眉根を寄せて、嘆息する。


「まず、後者は無理だ。そこまでの量のスクロールは俺の手持ちにもない。街中のをかき集めても厳しい。あったとしても、街の防衛にも回さなきゃならなかっただろうからな……結局どうあっても足りない。スクロールによる集中攻撃は不可能だ」


 そうなると、残る方法は一つだけ。


「街中の魔術師の総動員……それしかない。それしかないんだが……そっちもかなり難しい。腕の確かな奴は全員防衛戦の主力に回されているからな。今も竜どもと戦い続けている真っ最中だろう……やられていなければ。それを、集中攻撃のために抜けさせる。そうなると、そこから防衛のラインが崩れかねない。今でようやくギリギリ持ちこたえてるって状況だからな」


 さらに、問題はそれだけじゃないらしい。

 シュリヒテは「それに」と言葉を続けてくる。


「今、この状況下で、一体どれだけの魔術師を集められるものか……心許なさは否定できない。戦闘不能になっている奴も多いだろう。それでもやるしかないとはいえ、その程度の戦力で果たしてあの結晶鎧竜の鱗を砕くことが出来るのかどうか。……正直、かなり分の悪い賭けかもしれん」

「…………」


 シュリヒテのその言葉を最後に、またも全員が黙り込んでしまった。


 重苦しい沈黙。耐え難い焦燥。最悪の予感。

 それらがグルグルと渦を巻く中で、しかし、スタルカは必死に考える。

 考えようとする。今、を。


 このままではカティは古竜に負ける。負けたら、死んでしまう。

 自分を助けてくれた恩人が。憧れた理想の人が。大好きな、優しいお姉ちゃんが。


 それだけじゃない。カティが古竜を倒せなかったら、恐らく今この場にいる他の誰にも倒すことは出来ない。

 必然的に、みんな死ぬしかない。為す術もなく、古竜にやられて。今この街にいる、全ての人間が。


 どちらにしても、そんなことは到底受け入れられない。

 ならば、それを回避するためにはどうすればいい? どうすれば、お姉ちゃんも、みんなも――。


「……やはり、他に手はないか」


 おもむろに、シュリヒテがそう口を開いた。

 全てを諦めたような深い溜息を吐きながら。

 言う。時間切れだ、と。


「これ以上何もせず手をこまねいているわけにもいかん。他に何も有効な手立てがない以上はな。どれだけ駆り出せるかはわからんが、魔術師を集める。それで一か八か打って出るしかないだろう」


 そう言うや否や、シュリヒテは動き出そうとする。


「この場にいる冒険者全員で手分けして魔術師に声をかけにいくとしよう。お前達も協力してくれ。特に、竜とやり合える力がある二人はなるべく――」

「――待って」


 しかし、スタルカは唐突にそれを遮った。

 そうして全員を引き留める。


 皆が怪訝そうな目を向けてくる中で、スタルカは深呼吸を試みる。

 一度だけでいい、大きく。

 早鐘のように鳴っている鼓動を落ち着かせるために。少しでも緊張を和らげるために。

 何より、


 そうしながら、思う。

 本当はわかっていた。シュリヒテの説明を聞いている途中から。

 のだと。これこそが最善の策なのだと。


 あらゆる物理攻撃を防ぐ結晶鎧竜の鱗――それを砕くには、膨大な魔力による攻撃を加えるしかない。

 この場において、を持っている人間が一体誰なのか。

 そんなこと、自分が一番よくわかっている。わかっていた。

 この忌まわしい程に強力で凶暴な能力ちからを持つ、自分自身が。


「……私が、行く」


 それをやるしかないのだと。そのための力なのだと。


 それを中々言い出せなかったのは、やはりまだ拭えない恐怖があったからだ。

 あんな巨大な化け物に挑みかかることへの恐れ。

 それをどうにか、ようやくスタルカは飲み込んだ。

 そうして覚悟を決める。


 今度は自分の番だ。恩を返す。助けてみせる。

 ここにいるみんなを、大好きなお姉ちゃんを、私が――。


「――私が、結晶鎧竜の鱗を砕いてみせる」

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