計画を明かすようです

 その後のことは別段、大した出来事ではない。


 サークの友人、シュリヒテはこの変わり果てた姿を大いに面白がりつつ、その助けに(個人的な興味本位ではあれど)快く応じてくれた。


 こんな二人がどうやって知り合い、友となったのかについても別に詳しく語るべき経緯があるわけではない。

 単に変人のシュリヒテと脳筋のサークは共に無類の酒好きで、偶然酒場で隣り合った時に意気投合しただけである。正反対な二人だが、それ故なのか妙に気が合った。その腐れ縁がダラダラと続いているだけだ。


 そうしてシュリヒテによってこの奇妙な体の解析が行われた。

 その結果として判明した事実を元に、サークは自分の体についての仮説を立てた。

 そして、その実証のために山籠もりへ旅立ち、半年間鍛えに鍛え抜き――。



           ☆★



 ――ようやく、そこから帰ってきて今に至るというわけであった。


 以上、回想終わり。


「…………」


 サーク――カティ・サークは脳裏に甦らせたその屈辱の記憶を噛み締める。


 山籠もりに向かう直前、どうにか全てを受け入れて別人として生きる覚悟を決めた。

 シュリヒテの解析結果によると、この体はもう元に戻ることはなさそうだった。

 この祝福を与えたのが人間以上の存在であるのだから、人間の力でそれを元に戻す術はないという見解であった。

 確かに、それは道理だ。納得するしかなかった。

 もう二度と男で、戦士だった頃の自分には戻れない――だから、今までの身分を全て捨て去り、別人として生きることに決めたのだ。

 いつまでも戦士サークのつもりで振る舞っていたら確実に面倒と混乱が付き纏うだろうという事情もあった。


 そのために、名も改めた。というより、忌まわしき本名フルネームを名乗ることにした。

 カティ・サーク。女みたいなこの名前が昔から嫌で、家を出てからは姓だけを名乗るようにしていた。

 この名前と事情を知っているのは、この街ではシュリヒテくらいである。なので、都合がよかった。


 シュリヒテはついでに口調と態度も改め、この際その姿に見合った一人の少女として生きたらどうだと勧めてきた。

 しかし、それだけは無理だった。どうしても受け入れられなかった。

 根本から性に合わず、不可能だという事情もある。どれだけ努力しても今から女の子のようにお淑やかで可憐に振る舞うことなど自分には出来そうもないだろう。


 それに何より、カティはまだ諦めてはいなかった。

 一体、何を? 無論、〝復讐〟をである。


 自分を手酷く裏切り、切り捨てた奴らにひと泡吹かせてやる。

 それを諦め、この先の人生をただの女の子として送っていくことなど出来なかった。

 折角その復讐を果たせる可能性がこの体には存在しているかもしれないとあれば尚更だった。


 だから、カティは選んだのだ。

 不確かでか細いその可能性に縋り、山に籠もって地獄のような鍛錬を積み上げることを。

 そして、その可能性は見事に成った。

 カティはそんな鍛錬の果てに、かつての自分を遥かに超える強さを手に入れた。

 それはまさしく目の前のシュリヒテが指摘するとおり、人間を超越したレベルのもの。


 もちろんカティにもその自覚はある。

 しかし、むしろそれは喜ばしいことだと思っていた。

 そうだ、人を超えた強さを得て何が悪い?

 だって、そのおかげでようやく、完璧に果たせるのだから。


 そう、パーティーを追放されたあの時からずっと待ち望んでいた――。



           ☆★



「――復讐……ねぇ」


 それを聞いたシュリヒテは何とも無感情な声でぽつりとそう、確認するように呟いていた。


「具体的には、どうするつもりだ? 一人ずつ探し出して手にかけていくのか? それともまとめて相手をするか? 向こうもパーティーを組んでいるし、お前のその強さならその方が効率はいいかもな」


 それからその眼光を鋭く、ほとんど睨みつけるようなものへと変えてカティへとぶつけてくる。そうしながら、シュリヒテは問うてくる。

 真剣そのものな表情と声。

 まるで何かを警戒しているような様子であった。目の前の、人間の領域から外れた存在を。

 しかし――。


「はぁ? 何でオレがアイツらと戦わなきゃなんねえんだよ?」


 問われたカティの方は、それとは対照的にまったく呆れた表情と声でそう言った。

 その言葉を聞いて意表を突かれたように、驚きに目を見開くシュリヒテ。

 カティは「やれやれ仕方ねえな」と言わんばかりの溜息を吐くと、そんなシュリヒテへ向かって語り出す。


「いいか、これからオレはこの街で冒険者として再スタートする。この体になりたての頃――ひ弱なガキそのものな時と違って、そう出来る強さをようやく手に入れたからな。そんで、仲間を集めて新しいパーティーを組み、冒険者としての実績をどんどん打ち立ててやる。以前の自分や、アイツらよりも輝かしいものをな」


 舌舐めずりをして、カティは言う。


「そうやってこの街でアイツらを超える冒険者パーティーになって、見返してやるんだよ。それで後悔させてやるのさ、あの時オレを切り捨てたことをな。地面をのたうち回るほど悔しがらせてやる。ああ、オレがいなければ……いや、、このテイサハの冒険者の頂点に自分達が立てていたはずなのに、ってな」


 カティはふっふっふと精一杯悪どい笑みを漏らしつつ、そんな自分の計画を語る。

 そう、それこそまさにカティがずっと思い描いていた復讐の全貌であった。

 過去とは決別した別人として冒険者に返り咲き、かつての自分や仲間達を追い抜いてやる。

 だからこそ、この体を徹底的に鍛え上げ、人間を超える強さを手に入れたのだ。

 全てはいつかそうして裏切り者どもを見返し、ぎゃふんと言わせてやるために。


「どうよ? これこそが完璧な復讐ってやつだぜ!」


 シュリヒテに向かって何故かビシッと拳を突きつけつつカティはそう言ってのける。

 内容はともかく、表情だけは凛々しく美しい少女のそれであった。


「あー……そうね……」


 一方それを聞いたシュリヒテは、再び眼鏡を外して眉間を揉みほぐし始めた。

 しばらくそうした後で最後に大きく溜息を吐き、


「お前さんのいいところはその竹を割ったような性格で、そうだったからこそこうしてつるむようになったんだというのを久しぶりに思い出したよ……」

「何だよいきなり? また褒めてんのか?」

「あー、そうだよ。褒めてる褒めてる」


 シュリヒテは苦笑しながらそう言うと、不思議そうに首を傾げているカティへと再び向き直ってきた。

 今度はいつも通り、飄々とした調子に戻って。


「はぁ……それじゃあ、山籠もりの次はその〝完璧な復讐〟のための仲間集めってわけか」

「ああ、当面はそうだな」

「誰を仲間にするのか、具体的に考えているのか?」

「いや。とにかく強くて、オレが〝面白い〟と思った奴なら誰でもいい。まあ、オレが戦士として最前衛で戦う以上、それをサポート出来る職の奴をバランス良く取り入れたいとは思ってるけどな」

「なるほどね。なら、そういう人間のあてはあるのか?」

「ふっふっふ、それについてはな……まったくない」


 シュリヒテの問いかけに、カティは腕を組むと堂々とそう言い切った。


「だから、なんか面白い話はねえか? 最近目立ってる冒険者とかよ」


 なんせ半年も人里に降りずに生活していたから、世情に疎いどころの話じゃねえんだ。

 そう付け加えて、カティは期待を込めた眼差しでシュリヒテの方を見る。

 その視線を受けてややうんざりしたように嘆息しつつも、シュリヒテは言う。


「一つだけ、あるにはある」


 それを聞いて「おおっ」と身を乗り出すカティを、しかしシュリヒテは片手を突き出して制してきた。

 そして、厳しい顔つきでこう言ってくる。


「教える前に、風呂に入れ。服も着替えて、いい加減まともな身なりになってこい。話はそれからだ」

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