「ふたりともお疲れさま」


「あっ、井坂さん。発表お疲れさまっす!」


 戸部がころりと態度と表情を変えて、直属の上司に向き直る。


「アスクロすげーなって話してただけっすよ。もちろん、井坂さんがプロデューサーだった時の売上げには届いてないんでしょうけど」


「あ、そうなの? うん、アスクロに復活の兆しが出てきたのは僕も嬉しいよ」


 にっこりと笑う井坂は、戸部が込めた浬への悪意に気付いていないようだった。


「部長もちらっと言ってたけど、あとはARPUかな。発表してくれてた対策も良かったけど、もし行き詰まったら相談に乗るよ」


「ちょ、井坂さん?! ライバルを助けるようなことしてどーするんすか!」


「はは、ライバルって。同じ会社のタイトルじゃないか。それに僕にとっては古巣だしね」


 ズレた眼鏡を直しながら苦笑する井坂に、浬は丁重に頭を下げた。


「ありがとうございます」


 軽い会話を交わし、見るからに不服そうな戸部を尻目に第一会議室を出る。


 ――井坂陽斗いさかはると。ゼノ・ゲームスが誇る敏腕プロデューサー。


入社してから幾つものタイトルで活躍し、初めてプロデュースを担当したアスクロも、彼が在籍する一年は素晴らしい成績を残した。そして何より、井坂のプロデュースタイトル第二弾、DIVINEディヴァインの大ヒットが彼の地位をより一層確固たるものにした。


 しかしその一方で、井坂が通った道に残されたタイトルは――時折、彼の光に押しつぶされそうになるのだ。



――――……



 アスクロチームの部屋に戻ったところで、ちょうど十二時を告げるチャイムが鳴った。天宮が嬉しそうにバッグから巨大な弁当箱を取りだし、蓋を開けたところで、浬は飲もうとしていた麦茶を喉に詰まらせる。


「ぐっ……ごほっ、げほ」


「ぬわっ、びっくりした! 久城さん、大丈夫ですか?」


「び、びっくりはこっちの台詞だ。なんだその弁当は」


「あっ、これですか? ゲームマップ弁当です!」


 じゃーん、と浬の前に差し出された弁当は、ゲームの地図を見事に再現していた。


「こ、これ、毒の沼地か? 何で出来てるんだ?」


「紫芋ペーストです!」


「……ほお」


「こっちの森はブロッコリーを刻んだもので、町は海苔を細かく切って組み合わせてて、こっちの船はかまぼこで作りました! このピックは既製品ですけど、なんと勇者の剣なんです!」


「おお……! これ、もし売ってたら間違いなく買ってるな……」


 ゲーマーにとって、これ以上興味を惹かれる弁当はない。思わず感嘆の声を漏らすと、天宮は照れたように笑った。


「へへ、ちょっと先月課金し過ぎちゃって……節約のためにしばらくお弁当にしようと思って作ったんですけど、そんな風に言ってもらえると嬉しいな」


 この豪華な弁当を前に節約と言われてもピンとこないが、それより気になるワードがあった。


「課金か……どれくらい?」


 天宮は恥ずかしそうに頬を染め、そっと七本指を立てる。


 あぁ七万か、と妙にホッとする。それが一般的かどうかはさておき、浬自身、何度も経験のある課金額だ。


「ま、生活が出来ていれば大丈夫だ。課金は家賃までって格言があるしな。はは……」


「そうですよね! 家賃を越えなければ問題ナシですよねっ、ふふ……」


 ――まさか、両者が思い浮かべている数字に一桁の差があるとは思いもしないまま、ふたりは笑い合う。和やかなランチタイムだった。

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