17
それから休日になると、浬は必ずゲームを持って星七の病室へやって来るようになった。星七のプレイを横から見て、時折アドバイスをするだけなのに、浬は自分まで楽しそうにしていた。
「この滝の後ろに隠し扉があるんだ。ボタン押してみ」
「あ、ほんとだ」
「んで、その石盤に触って。よし、これボス戦の前に強い武器が手に入るぞ!」
キャラクターが新しい武器を手に入れるたび、レベルが上がり強敵を倒すたびに、胸が躍った。まるで自分まで強くなれたような気分になれるのだ。
わくわくしながらゲームを進めていると、ふと浬に声を掛けられた。
「トウヤ、ここに何かついてる」
「えっ、どこ?」
「耳の上んとこ」
人差し指で示された場所に触れる。それが何なのかに気付いた星七は、慌ててニット帽を下ろして言った。
「これは……ガーゼ。先月の手術で、傷が出来たから」
「えっ、シュジュツ?」
まるで別世界の言葉であるかのように、浬は言いにくそうに繰り返した。――浬とはゲームの話だけをしていたかったのに、と気分が沈んでいくのを感じる。
「俺、シュジュツってしたことないな。痛い?」
「手術自体は寝てるし痛くないけど、薬とかいっぱい飲まないとだし、しばらく動けなくなるのは……しんどい。でも、命を守るためだってお医者さんが……」
「へーっ、命を守るためかぁ。名誉の傷じゃん!」
はい? と聞き返すために顔を上げた。浬は、星七が隠した傷に尊敬の眼差しを向けている。
「この勇者も傷があるんだ。モンスターから友達を守ったときに出来たんだって」
「そんな良いもんじゃないよ。自分のためだし」
「なんで? 自分の命を守るのも名誉だろ」
「……名誉ってどういう意味だっけ?」
「うーん。すげー偉いってことかな? たぶん」
「なにそれ」
星七はおかしくて、思わず笑った。――星七の傷に、大人たちは同情する。しかしこのヘンな少年は、勇者と同じ名誉の傷だと言った。
嬉しかった。七つの星を見つけられなくても、良いことは起こるんだと思った。
しかしそんな日々は、あっけなく終わりを告げた。祖父の退院を報告に来た浬に、星七は「そっか」と素っ気ない相槌を打つのが精一杯で。良かったね、と素直に言えない自分が心底嫌になった。
「もう病院に来なくなるからさ、ゲーム途中になっちゃうよな。ごめんな」
「いいよ。べつに」
「親にゲーム機とソフト買ってもらえたら、絶対伝説の武器シリーズは全部ゲットしてからラスボスに挑むんだぞ。あと毒消しは砂の町でマックスまで買いためておくのと、それから西の森で出てくる白い猫の敵は倒さずに放置して、そのあと三歩下の草を調べると――……」
「全部覚えられない」
「じゃあメモに書いてやるよ。紙とペンある?」
見舞いに来た祖母が置いていった鉛筆とメモ帳を渡すと、浬はベッドの端でせっせと攻略法を書き記し始める。
「出来たっ! はいこれ」
「あり、がと」
「じゃ、俺行くわ。元気でなー! シュジュツ頑張れよ、トウヤ!」
浬はぶんぶんと大きく手を振って、病室から出て行った。
「……ばいばい、浬くん」
最後まで本当のことは明かせないまま――トウヤという偽りの名をセーブデータに残して、星七の初めての冒険は幕を閉じた。
そして、同時に。
「星七! 体調はどう? ずっと来られなくてごめんね……!」
「お父さん、お母さん。私……」
星七の新たな冒険がスタートしたのも、この時だった。
久しぶりに見舞いに来た両親に、星七は頼み込んだ。
「次の誕生日にね、欲しいものがあるの」
あの少年と同じ光を、瞳に宿しながら。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます