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 それから休日になると、浬は必ずゲームを持って星七の病室へやって来るようになった。星七のプレイを横から見て、時折アドバイスをするだけなのに、浬は自分まで楽しそうにしていた。


「この滝の後ろに隠し扉があるんだ。ボタン押してみ」


「あ、ほんとだ」


「んで、その石盤に触って。よし、これボス戦の前に強い武器が手に入るぞ!」


 キャラクターが新しい武器を手に入れるたび、レベルが上がり強敵を倒すたびに、胸が躍った。まるで自分まで強くなれたような気分になれるのだ。


 わくわくしながらゲームを進めていると、ふと浬に声を掛けられた。


「トウヤ、ここに何かついてる」


「えっ、どこ?」


「耳の上んとこ」


 人差し指で示された場所に触れる。それが何なのかに気付いた星七は、慌ててニット帽を下ろして言った。


「これは……ガーゼ。先月の手術で、傷が出来たから」


「えっ、シュジュツ?」


 まるで別世界の言葉であるかのように、浬は言いにくそうに繰り返した。――浬とはゲームの話だけをしていたかったのに、と気分が沈んでいくのを感じる。


「俺、シュジュツってしたことないな。痛い?」


「手術自体は寝てるし痛くないけど、薬とかいっぱい飲まないとだし、しばらく動けなくなるのは……しんどい。でも、命を守るためだってお医者さんが……」


「へーっ、命を守るためかぁ。名誉の傷じゃん!」


 はい? と聞き返すために顔を上げた。浬は、星七が隠した傷に尊敬の眼差しを向けている。


「この勇者も傷があるんだ。モンスターから友達を守ったときに出来たんだって」


「そんな良いもんじゃないよ。自分のためだし」


「なんで? 自分の命を守るのも名誉だろ」


「……名誉ってどういう意味だっけ?」


「うーん。すげー偉いってことかな? たぶん」


「なにそれ」


 星七はおかしくて、思わず笑った。――星七の傷に、大人たちは同情する。しかしこのヘンな少年は、勇者と同じ名誉の傷だと言った。


 嬉しかった。七つの星を見つけられなくても、良いことは起こるんだと思った。





 しかしそんな日々は、あっけなく終わりを告げた。祖父の退院を報告に来た浬に、星七は「そっか」と素っ気ない相槌を打つのが精一杯で。良かったね、と素直に言えない自分が心底嫌になった。


「もう病院に来なくなるからさ、ゲーム途中になっちゃうよな。ごめんな」


「いいよ。べつに」


「親にゲーム機とソフト買ってもらえたら、絶対伝説の武器シリーズは全部ゲットしてからラスボスに挑むんだぞ。あと毒消しは砂の町でマックスまで買いためておくのと、それから西の森で出てくる白い猫の敵は倒さずに放置して、そのあと三歩下の草を調べると――……」


「全部覚えられない」


「じゃあメモに書いてやるよ。紙とペンある?」


 見舞いに来た祖母が置いていった鉛筆とメモ帳を渡すと、浬はベッドの端でせっせと攻略法を書き記し始める。


「出来たっ! はいこれ」


「あり、がと」


「じゃ、俺行くわ。元気でなー! シュジュツ頑張れよ、トウヤ!」


 浬はぶんぶんと大きく手を振って、病室から出て行った。


「……ばいばい、浬くん」


 最後まで本当のことは明かせないまま――トウヤという偽りの名をセーブデータに残して、星七の初めての冒険は幕を閉じた。


 そして、同時に。


「星七! 体調はどう? ずっと来られなくてごめんね……!」


「お父さん、お母さん。私……」


 星七の新たな冒険がスタートしたのも、この時だった。


 久しぶりに見舞いに来た両親に、星七は頼み込んだ。


「次の誕生日にね、欲しいものがあるの」


 あの少年と同じ光を、瞳に宿しながら。

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