16



「クリアした、ってどういうこと? せーぶ……? 上書きって?」


「ええーそっから? あ、そうかゲーム自体知らないのか。じゃ、とりあえずコレ持って」


「……こう?」


「そうそう。そんでそのスイッチ押して」


 スマホみたいなものなんだろうか? と思いつつ、少年の言うとおりに『ゲーム』というものを操作する。すると真っ暗だった画面に、美しい空の背景と英字のロゴが浮かんだ。壮大な音楽まで流れてくる。思わず、心臓が高鳴った。映画みたいだ。


 更にもう一度ボタンを押すと、今度はずらりと文字が並んだ。白い枠の中に、何らかの数字と――カイリ、という少年の名前。


「これ、俺のセーブ。その下のニューって書いてるやつ選んで。十字キーで下にいけるから。で、そこに名前入力。お前、なんて名前?」


「名前? せ……」


 星七、と名乗ろうとして、口を噤む。祖母の言葉が蘇った。


 ――〝女の子なのに〟


「…………灯夜」


 咄嗟に思い浮かんだのは、兄の名前だった。


「トウヤ? じゃあ、それ入力して。あ、俺はカイリな。久城浬」


「浬……くん」


 くじょうかいり。一瞬、女の子でもおかしくない名前だと思った。しかし少年の顔はどう見ても男の子だったし、〝俺〟という一人称も自然に聞こえる。星七は嘘がバレるのを恐れ、慌ててゲームの画面に視線を戻した。


 ト、ウ、ヤ、と順番に名前を入力すると、音楽と画面が変化する。どこかの小部屋のような場所に、小さなニンゲンの絵が描かれていた。


「これがトウヤな。もう動かせるぞ」


 ほら、と浬は横から手を伸ばしてきて十字型のボタンを押す。すると画面の中のニンゲンがトコトコと動き始めた。


「わっ……え、これ動くの? なんで?」


「だから自分自身なんだよ、このキャラクターが。まずは城に行って王様に話しかけてー……」


 自分自身。この、小さなニンゲンが?


 教わるままに操作して、お城で王様に話しかけると、星七の分身であるニンゲンは『勇者』と呼ばれた。世界を脅かす『魔王』を倒すために今から旅立つのだという。


 村人たちに話しかけて、王様からもらったお金で武器や装備品を買って、外へ出る。


 ――草原が広がっていた。すぐ近くには川が、遠くには森や山脈も見える。決してリアリティがあるわけではない。ニンゲンは二頭身だし、その割に山や木と同じ大きさに見えるし、絵も綺麗とは言い難い。


 それでも、そこはひとつの世界だった。


「もう自由にしていいぞ。村の周辺でレベル上げして、もっと強い武器買ってもいいし。すぐ海辺の町に行ってもいいし。俺はレベル上げしてから行く派だけど、好きに動かしてみろよ」


「……すごい」


「え?」


「すごい! 本当に、自分がこの世界で冒険してるみたい!」


 星七は顔を上げ、湧き上がる気持ちを抑えられずに叫んだ。胸がじんじんと熱くなって、全身の血の巡りを感じる。


 ――ゲームの中この世界では、星七は勇者だった。


人々のために魔王に立ち向かう、強くて勇敢なニンゲンだった。仲間もいた。映画のように観ているだけではない。星七自身の手が物語を動かすのだ。


 興奮する星七に、浬は驚いていた様子だった。かと思えば、突然パッと顔を輝かせ、心底嬉しそうに説明を始める。


「だろ?! ゲーム、面白いだろ! でもまだまだこれからだぞ。クリスタルの洞窟とか、幽霊船とか行くんだからな。敵がすげー強いんだ。魔法とかバンバン使ってきてさ。でもこっちもレベル上げたら勝てる。森に出てくる敵は経験値いっぱいもらえるから、まずは――……」


 ――その、ゲームには。


 星七の心に、鮮烈な印象を残した。

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