20
合宿から帰ってすぐ、天宮はホテルの中庭で話していたゲームフェスティバルの出展概要案をまとめ、企画書として提出してくれた。何度かふたりで打ち合わせを重ねてブラッシュアップしたものは他のメンバーからも好意的な意見を得られて、早速詳細を詰めることになった。
「――天宮、アイテムはどうする? 管理が大変だしQRコードにするか?」
いつものように椅子を移動させ、膝をつき合わせるように円を作って行うアスクロ全体会議。雪平は作業があるからと自席にいるが、他のメンバーは全員集まり議論を重ねている。
「いえ、そこはこだわって現物にしたいです。少数からでも制作を依頼出来る会社はありませんか?」
「会社はあるが……予算がない……」
「浬ちゃんがめっちゃ悲壮な声出してる!」
「私が元気の出る呪文を唱えてあげましょうか」
「やめろ、絶対にろくな呪文じゃ……」
拒否する浬の袖をクイッと袖を引っ張り、黒木はやけに艶めかしく囁いた。
「
耳元にかかる吐息と掠れ声、そして呪文という名のトラウマワードに、それぞれ別の意味でぞくりとする。慌てて距離を取り、妙な感覚が残る耳を手で覆った。
「ほらやっぱりろくな呪文じゃない!」
「……久城さん」
気付けば一部始終を真正面で見ていた天宮が、じとっとした視線をこちらに投げかけている。彼女の正体を知ったせいか、その表情はどこか〝トウヤ〟を思い起こさせた。
「ルート、まだ絞ってないんですか?」
「え? い、いや、今のは別に……」
「どんなエンディングになっても、現実はコンティニュー出来ませんよ」
だらだらと汗を流す浬の隣で、宇佐見が目に好奇心の光を宿す。
「えっ、なになにルートとかコンティニューって何の話? 超面白そうなんだけど」
「その……仕事中だぞ、私語はほどほどにしろ」
「誤魔化し方に無茶があるわねぇ」
花里にドストレートを投げ込まれ、浬は口を結んだ。これ以上は墓穴を掘るだけだ。もう何も言うまい。
「アイテムの話だけど、あまり複雑なものでなければ作れるわ。コスプレイヤーの友だちによく頼まれるのよ」
「えっ、椿さんすごい! ぜひお願いしますっ」
「星七ちゃんの企画、とっても素敵だったから。実現に向けて頑張りましょうねぇ」
「あと問題は音だな。隣のブースの音がどうしても聞こえてくるだろうから」
「ノイズキャンセリングが付いたヘッドフォンでBGMとボイスを流すのはどうかしら」
「あっ、いいねそれ! そのへん東くんに相談してみようよ。自席にいるかな?」
「さっき休憩室から飛び出してきたけれどね。野生の東くんが」
ゲームの企画を考えるのは、仕事とは思えないほどに楽しい。自分の理想を語り、仲間の理想を聞く。どんどん夢は膨らみ、胸が躍る工程だ。しかしそれを実現するために必要なのは、入念な計画の組み立てと、地道な作業の繰り返し。ここにどのくらい根気強く取り組むかで、結果に雲泥の差が出る。
一般人だけでなく、業界の注目度も高いゲームフェスティバルは大きなチャンスだ。認知を広げ、ファンを増やし、アスクロを更に盛り上げるための足がかりになることは間違いない。
ここからが大変だが、このチームならやれるだろう。浬にはそんな確信があった。
もし、ゲームフェスティバルが大成功を収め、アスクロの売上げが安定したら、まずは広いオフィスに移動させてほしいと部長に直訴しよう。今でさえ人数に対して広さが足りていないのだ、御手洗まどかが帰って来た時に困るだろう。それに、新たに人員補強の必要も出てくるかもしれない。
そして会議室の利用権も勝ち取ろう。大型のモニターやホワイトボードがあるとやはり便利だし、マイクやカメラの性能も良い。椅子を持ち寄って話し合う会議も悪くはないが、環境が良いに越したことはない。そこでまた新たなアイデアを出し合って、次の周年に向けて―――……
「――久城さんっ!!」
ガタンッと椅子がぶつかる音と共に響いたそれは、ほとんど悲鳴だった。
発した本人である雪平でさえ驚いたのか、喉元を抑えて息を呑む。全員の視線が集中する中、雪平は動揺に震える手をぎゅっと握りしめてから、必死に声を絞り出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます