19
朝、荷物をまとめてロビーで集合すると、ホテルスタッフからモニター宿泊者用のアンケートに関する説明を受けた。QRコードを読み取ってスマホで回答する方式らしく、ロビーの隅の待合椅子に座って各々入力を始める。
浬は一番気に入った点としてミニゲームの欄にチェックを入れ、感想を添えてから回答を終えた。結局、浬のキャラクターは〝きし〟のまま。クリアは叶わず悔しいことこの上ないが、十分に楽しませてもらった。
「あ、久城さん、〝きし〟まで行ったんですか! すごいですね、みんな大体〝みならいけんし〟までだって言ってたのに」
いつしか目の前に立っていた天宮が、浬のスマホを覗き込みながら驚きの声をあげる。他のメンバーはまだアンケート回答中のようだ。
「……おー、クリアしたかったんだけどな」
口ではそう言いながら、心の中では全く別のことを考えていた。
――昨夜、部屋の前で別れたあの瞬間まで、浬と天宮は友人だった。会社の先輩と後輩ではなく、幼い頃からの友だちとして親しく接し、天宮は浬のことを〝浬くん〟と呼んだ。それが一夜明けただけで、まるで魔法が解けたように社会人としての関係に戻ってしまって、何となく、こう、拍子抜けしてしまった。
天宮の口から語られるふたりの思い出をろくに覚えてもいなかったくせに、なんて自分勝手な感情だろうか。
「さすがゲーマーの星ですね! でも、せっかくならクリアしたいんじゃないですか?」
「当然。ま、でも仕方ない」
「諦めるのはまだ早いですよ!」
ぐいっと詰め寄ってきた天宮の顔に驚き、思わず視線を泳がせる。彼女の行動は、時折心臓に悪すぎる。
「ゲームは、チェックアウトまで続いてますから。きっとこのゲームを設計した人は、ホテルの色んな施設を楽しんでほしくて暗号を隠したんです。大浴場とか、ゲーミングルームとか。だけどそれだけじゃなくて、思いがけないところで発見する驚きとか楽しさとか、そういうのも味わってほしかったと思いますよ」
やけに確信を持って話すんだな、と言葉にしかけたところで浬は動きを止めた。逃した視線をゆっくりと戻して、間近に迫った瞳の奥を見つめる。昨日、暗い廊下を歩きながら考えていたことを思い出した。
〝この企画を考えた人物に、ぜひ会ってみたいものだ〟
「あと少しですけど、頑張って下さいね」
天宮はそう言い残すと、踵を返して宇佐見たちの様子を見に行った。ドッ、ドッと鼓動を打つ心臓を何とか落ち着かせようと、長く息を吐きながら待合室の天井を仰ぐ。
そこには、美しい星空の天井画が広がっていた。しばらくして、小さな星が何かを形作っていることに気付く。文字……アルファベットだ。
〝YOUR NAME〟
急いでスマホにKAIRIと入力する。このゲームキャラにデフォルトネームは無く、ゲーム開始直後に入力を求められて本名で登録したのだ。
決定ボタンを押すと、これまでより豪華なエフェクトが画面いっぱいに映し出された。〝きし〟のキャラクターが光り出し、装いが変化する。風になびくマントに、腰に携えた銀の剣。
頭上の文字は――〝ゆうしゃ〟
宇佐見の隣に腰掛けた天宮と、再び目が合う。天宮は少し悪戯っぽく微笑んで、軽く片目を瞑った。その下手くそなウインクを笑いながら受け止めて、浬は再び天井の星を見上げる。
本当に、彼女には驚かされっぱなしだ。
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