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「今回、夏イベに使わせてもらう案だが、さっき言ったように今のままじゃ『面白そう』なだけだ。この『面白そう』を維持しつつ、『売れる』イベントにしなければならない」


「ふむふむ……面白ければ売れるなんて、そんなヌルゲーじゃないってことですね」


 真面目に頷いてメモを取る天宮。その手に持つペンは、キーの形をしたブレードのデザインである。非常に羨ましい。


「……そういうことだ。で、この天宮が考えてくれた企画――海の星、アクアスフィアで海の家っぽいものをキャラクターに経営させるという、ちょうど夏イベにぴったりの題材。水着差分の使い方も面白いし、これならAUは期待できる。が、ARPUは厳しい」


「えーゆー? あーぷ?」


「あぁ、悪い。簡単に言うとAUはアクティブユーザー、一定期間内に何人のユーザーがアプリを開いてくれたかを現す指標だ。ARPUはユーザー一人当たりの平均課金額。ちなみにPUってのは課金ユーザー数で……おい、天宮どうした、手が震えてるぞ」


「……ゲームの関連用語で、私の知らないことがこんなにいっぱいあるなんて……」


 青ざめた顔でぷるぷる震える天宮を「い、いや、普通のユーザーはそんなもん知らなくて当然だ。俺だって初めは知らなかったし」と宥める。


「えーつまり、嫌な言い方に聞こえるかもしれないが、もっと『売れる』イベントにする必要があるということだ。特に今回のイベントはいつもよりコストがかかる。その分、利益を出すためには売上げが求められるんだ」


「そっか……そうですよね。私、今まで『面白さ』しか考えられてませんでした」


「コンシューマー……家庭用ゲーム機のソフトなら、それでいいんだけどな。ソーシャルゲームはそうもいかないのが難しいところだ」


 ゲームが好きだから、楽しさを追求してしまう。売上げの達成よりも、ユーザーに喜んでもらうことのほうがずっと嬉しい。――しかし、それでは運営が成り立たない。


 どんなにユーザーに支持されていても、金にならなければサ終の判断が下される。それが、ソーシャルゲームというものだ。


「……とはいえ、もともとアスクロは高額な課金を要求するようなゲームじゃない。いきなり金のかかるイベントをぶっ込んでも反感を喰らうだけだ。バランスを見ながら考えていこうか」


 話し合いは、終業間際になっても続いていた。天宮のメモにはびっしりと文字が並び、ホワイトボードにもグラフや説明で埋め尽くされている。


「――やっぱり、ここに新規アイテムを導入しようか」


「あっ、そのアイテム、メインストーリーでアストラが拾ったラピス貝にするのはどうですか? ほんの少しだけど魔力があるっていう設定だったし、ちょうどいいかなって」


「あぁ、なるほど。ユーザーとしてもここで再登場させるのは納得感があるな。あとで問題ないか宇佐見に聞いてみるか」


「はい! あと、ガチャに入るカードにもそのラピス貝を――……」


「浬ちゃーん」


 宇佐見がパーティションからひょこっと顔を出した。両手を合わせて謝罪ポーズを取りながら、小声で報告する。


「打ち合わせ中ゴメン。……夢実が呪いモードに入った!」


「なにっ」


 焦って立ち上がった浬に、天宮が「ぬわっ」とまた変な声で驚く。


「どどど、どうしたんですか? 呪いモードって?」


「……悪い、ちょっと黒木のフォローに行ってくる」


 説明する余裕も無く、行動速度アップ魔法にかかった浬は素早く黒木のデスクへと向かった。といっても狭い部屋だ。たったの数歩で到着する。

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