18


 ――黒木夢実、アスクロのイラストレーター。


 ただし、彼女がアスクロの元絵を描いたわけではなく、既に退職したイラストレーターの仕事を引き継いだ立場である。元絵を担当したイラストレーターが退職する際、外注に移行する案もあったが、ちょうど稼働が空いた社内イラストレーターがいるということで、他チームから異動してきた黒木に任せることになった。


 つまり、現在黒木に描いてもらっているイラストは本来の彼女の絵柄ではなく、得意なテイストというわけでもないらしい。そのことが時折黒木を苦しめ、〝呪いモード〟を発動させる。


「あーーーーー無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理」


 よくもそんなに舌がまわるものだと驚きながら、浬は一定の距離を取りながら声をかける。


「く、黒木、大丈夫か?」


「あ?」


 いつもは丁寧口調で話す黒木の、振り返り様の「あ?」は、浬のSPをごそっと60は削る威力があった。近接判定ならその1.5倍は喰らっていただろう。


「あぁ、悪いわね。浬ちゃんに当たるつもりはなかったのよ。はぁ……」


「い、いや、SPはMAX100まであるしまだ大丈夫。それで、何が無理なんだ?」


「SP? ……そもそもやっぱり私にキラキラした絵なんて無理だって話よ。普段はホラー絵ばっかり描いてるんだもの」


 ペンダブをころんとデスクに転がし、黒木は大きな溜息を吐く。涙袋に滲んだ黒いアイラインが、より彼女の顔をくたびれて見せていた。


「しかも今回の舞台はアクアスフィアだし、あんな銀河のウェイ系が集まるような場所で水着を着てキャッキャする? 一番苦手なシチュエーションだわ。あ、ねぇ、夏だしホラーイベントにしない? アストラがゾンビになるの」


「それはちょっと……いやぶっちゃけ俺は興味あるが、アスクロのコンセプトには合わないな」


 ちっ、と黒木が舌打ちしている間に、ちらりとモニターを覗き込む。映し出されているのはラフ状態のスチル絵だ。イベントのトップにも使われるものだろう。アストラと、ヒロインのルーナが海水を掛け合って遊んでいるというよくある構図だが……


 絵のことはド素人でしかない浬の目にも、ポーズや表情がどこかぎこちなく見えた。


 何より、アストラとルーナの目が死んでいる。


「そもそも、このシチュのイラストってよく見かけるけど、ウェイ系はこういうことするの? 私、現実では見たことないし、楽しさが分からないのだけど。それがきっとイラストにも出てしまっているのよ」


「ウェイ系ではない俺に聞かれても……」


 それにアストラとルーナもウェイ系ではない。


「そうね。浬ちゃんはウェイ系とは真逆の系統だものね」


「真逆って何系だよ。……いや待てやっぱり聞かないでおく。SPがもたない」


「あ、そうだ東くんはウェイ系じゃない?」


「あいつはウェイ系というより奇人系だ。……このシチュエーションが描きづらいなら、変えてみるか? どうだ宇佐見」


 イラストのシチュエーションを指定するのは、世界観やシナリオの総監修である宇佐見の担当だ。パーティションの影から天宮と並んでこっそりこちらを除いていた宇佐見は、突然話を振られて面食らっていた。

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