「ふたりとも、残業お疲れさま」


 グランコーラル光坂六階、落ち着いた雰囲気のカフェ。その一番奥、窓際席で花里は待っていた。テーブルの上には、限定デザインの携帯用ゲーム機が置いてある。


「椿さん、お疲れさまです」


「ごめんねぇ、疲れてるところ」


「こっちこそ待たせて悪い。えーっと、この店、何時までだっけ?」


「あと十分でラストオーダーよ」


 ……ということで、浬は急いでアイスコーヒーを、天宮は呪文のように長い何らかの飲み物を注文し、花里と向かい合わせの席に座った。


 花里は半分以上減ったホットレモンティーを一口飲み、早速本題に入る。


「梓ちゃんと話してきたわ。夢実ちゃんもついて来てくれて、三人でね。少しだけどメンタル持ち直したみたい。最後は楽しそうに、今度行くイベントの話をしてたわ」


「! そうか、助かる……」


「ふふ、お安いご用よ。久城くんの頼みでもあったしねぇ」


 ――初めは、浬自身が宇佐見のメンタルケアに当たろうと思っていた。しかし、花里のように穏やかで包容力のある人物のほうが適役だと考え直し、彼女に直接頼み込んだのだ。宇佐見の話を聞いてやってくれないかと。


「まどかのことを思い出したんでしょ? 久城くん」


 いきなり核心を突かれて、心臓が跳ねる。顔を上げると、淡いブラウンの瞳が浬を静かに見つめていた。


「……あぁ、そうだな」


「私もよ」


 そう言って、花里は少し哀しげに微笑んだ。


 ――花里椿、アスクロのデザイナー。


 そして、前プロデューサー御手洗まどかの親友でもある。


「あの時から、頑張り過ぎてたり、真面目すぎる子を見ると心配になるのよねぇ。久城くんや、星七ちゃんもそう」


「えっ、私もですか?」


 意外だったのか、天宮は目を丸くして聞き返す。


「えぇ。心と体は大事にねぇ」


「は、はい。でも私、残業後ですけどまだHP七割は残ってますよっ。帰ってゲームしたら三割くらいすぐ回復しますし!」


「もう、油断しちゃだめよ。久城くんも、顔に『分かるわー』って書かないの」


「…………」


「でも、ゲームで癒やしを得るのは良いわよねぇ。まどかとも、元気になったらまた一緒にドス森したいわ。あの子の好きそうなマイデザ、たくさん作ってあるのよ」


「ああ……御手洗さん、ゲーム苦手だけどドス森だけは出来たからな」


「ふふ、そうね。最初は家の入り方さえ分からなくて焦ってたけど、数ヶ月で釣りが出来るまでに成長してたものね」


「家の入り方が……分からない……? 数ヶ月で釣り……?」


 天宮ゲーマーは混乱している。


「ま、まぁとにかく、宇佐見が持ち直したなら良かった。ただ、しばらくは様子見だな」


「さっきも言ったけど、久城くんも心配の対象だからねぇ」


 どこか圧を感じる微笑みに、浬はそっと目を逸らす。花里は小さな溜息のあと続けた。


「いくら無茶しないように言っても、聞いてくれないんだもの。……でも、昨日まどかに言われたのよねぇ。お見舞はもういいから、アスクロチームを……久城くんを支えてあげてって」


「! 御手洗さんが……」


「えぇ。ゲーフェスもそうだけど、アスクロ三周年も近いし」


 店内に流れる音楽が変わる。ラストオーダーの時間だ。花里は空になったティーカップを置き、今度こそ純粋な笑みを浮かべる。


「アスクロをもっと輝かせないとね。まどかが帰って来たとき、頑張り過ぎないで済むように」

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