【完結】サ終部屋のゲームクリエイター

水奈月 涼香

第1ステージ そして面接へ…



 その女は、勇者の姿で面接に現れた。


 鮮やかな青のロングベストに黄色いアンダーシャツとボトムス。手足には革のグローブとブーツを着用。ごつい腰のベルトは一番きつく締めていても緩いのか、クリップのような何かで留めているのが見える。


当たり前だ。男性用のコスプレ衣装を、華奢な女が身に纏っているのだから。


 唖然とする面接官たちの前で、その非常識な格好の女は丁寧に頭を下げ、実に常識的な挨拶をした。


天宮あまみや星七せなと申します。よろしくお願いいたします」


 沈黙の会議室に、その凜とした声はよく通った。


 中途採用の面接に勇者の格好をした女が来るという異常事態に唖然としていた面接官たちも、その時ばかりは我に返り、軽く辞儀に応じたほどだ。


 しかし、まともな空気になったのも一瞬のこと。


天宮星七と名乗った勇者が顔を上げた途端、ズルッと額当てがずれ落ちて、まるでアイマスクのように彼女の目を覆ったのだ。


「……ぶふっ」


 堪えきれずに噴き出したのは、今、この部屋で一番偉い人。部長の草壁くさかべだった。次に偉い課長は無表情を貫き、更にそのまた次に偉い井坂いさかプロデューサーは「大丈夫かな?」と優しく声を掛けた。


 ――そして、この部屋で一番久城くじょうかいりは、頭の中でドット絵の草原を思い浮かべ、


(勇者か。だとしたら俺たちは、スライムの群れか……配置的に……)


 などと、疲れた頭で考えていた。


「す、すみません……」


 両手で額当てを持ち上げた勇者は、頬を真っ赤に染めている。コスプレで面接に来る方がよほど羞恥心を感じそうなものだが、今のドジのほうが恥ずかしかったようだ。


「いや、いいよいいよ。面白いねぇきみ。さ、座って」


「はい、失礼します!」


 今度は額当てがズレないよう配慮したのか、ゆっくりとした辞儀のあと椅子に腰を下ろした。





 こうして始まった第三会議室での面接は、思わぬところで盛り上がりを見せた。


「えっ! 天宮さん、前職AMAなの? あれ、っていうかもしかして天宮って……」


「はい、父の会社です」


 この勇者、かの有名なホテル運営会社AMAのご令嬢なのだそうだ。面接官たちの間に衝撃が走る。浬は頭の中で、スライムがギガ級の雷呪文で吹っ飛ばされていく様子を思い浮かべた。


「す、すごいね。うちもAMAさんには社員旅行の時に世話になったよ」


「大企業のご令嬢がどうしてうちの会社に?」


「もちろん、ゲームが好きだからです!」


この会社――ゼノ・ゲームスに入社を希望する大抵の人間はそう口にする。


御社の理念に共感しただの、感銘を受けただの、ネットで調べると出てくるようなお決まりの志望動機など、少なくとも浬は一度も聞いたことがない。これもクリエイティブな会社の特性なのだろうか、企業ではなく、仕事内容そのものへの熱意を語る者が殆どだ。


聞き慣れた問答に興味の半分を失った浬は、更に頭の中で妄想を繰り広げた。


吹っ飛ばされた社会人スライムたちは、4匹集まることによってキングな社会人スライムへと進化し、勇者に圧迫面接こうげきを繰り出す。


しゃかいじんスライムは『みんなそういうんだよねぇ』をとなえた!


ゆうしゃに13のダメージ!


しゃかいじんスライムは『すきなだけじゃ このぎょうかいで やっていけないよ』をとなえた!


ゆうしゃに64のダメージ! しゃかいじんスライムは――……


「ふむ。ちなみに何のゲームが好きなの?」


「たくさんありすぎて迷いますが……御社の作品だと、アストラ・クロニクルが大好きです」


 ――瞬間、ぱんっと頭の中でスライムが弾けた。


 意識を現実世界に引き戻した途端、偶然なのか、勇者と目が合っていることに気付く。そしてその瞳の奥に、強く、激しく輝く星を見た――気がした。


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