33
天宮と雪平が何かをやり取りしている。自宅、ホテル、キャンセル、お詫び――耳が幾つかの単語は拾うものの、話の内容を理解するまでには至らない。
雪平が何度も頭を下げ、大通りのほうへ消えて行くまで、浬は何も言葉を発することができなかった。
残されたのは、ふたり。
「……あの、久城さん」
天宮は浬の顔を覗き込むようにして、
「ルートは、ひとつに絞った方がいいですよ……? ほら、ギャルゲーのバッドエンドって、色々ありますから……」
と、下手なホラー映画よりも怖い台詞を言ってのけた。
「……ちが……おれ……」
「かゆうまみたいな喋り方みたいになってますよ久城さん! 早く帰ってリセットしたほうがいいです。雪平さんのおうちもここから近いみたいで安心ですし、私もこれで失礼しますねっ」
では! と、最後まで明るく振る舞う天宮に、ほんの少し平静を取り戻せた気がする。かろうじて「あぁ……今日はありがとう……」と、人間の言葉で別れを告げることが出来た。
ただ、その後ろ姿が何を思っていたかまでは――……知るよしも、なく。
◆
――それから。
天宮と雪平から無事に帰宅したと連絡を受け、何とか当たり障りの無い返事をしたことまでは覚えている。そこからは恐らく泥のように眠って、目覚めてからもどこかふわふわとした頭のまま週末を過ごした。
自分でも形容しがたい精神状態で出勤した月曜日。
雪平から詫びの品だという菓子折りを受け取りながら、あの夜の出来事は夢だったのでは――とさえ思い始めた直後、元気よく出勤してきた天宮のTシャツに『You Are Dead』の赤い文字を見つけ、甲高い悲鳴をあげかけた。
「おはようございまーす!」
「天宮……頼むから深い意味はないと言ってくれ……」
「はい?」
きょとんとする天宮と背後で、内線電話が鳴り響く。近くにいた花里が取り、一言二言だけ話したあと、通話を切って浬の方を見やる。
「久城くん、お呼び出しよー。草壁部長から!」
――――……
「何故呼び出されたか分かるかね、久城くん」
ゼノ・ゲームス第二会議室。接待にも使われるその部屋で、草壁部長に真剣な面持ちでそう問われ、浬は意識が遠のくのを感じた。
……まさか、先週末の出来事が何か問題に? それとも部長の電話番号を『配管工』でスマホに登録しているのがバレた……?
「わはは。そんなに震えなくても大丈夫、良い話だよ」
草壁は真面目な表情を崩し、にっこりと笑う。
「アスクロ、夏イベのあとも調子良いからさ。アレにちょっとだけ出てもらおうと思ってるんだよね」
「……アレ?」
「ゲームフェスティバル・ジャパン」
さらりと告げられた、その名は。
「まぁ、うちからは
日本最大級の規模を誇る、ゲームの祭典。
「ほら、色んなタイトルがあったほうがお客さんも喜ぶしねえ。どう? 久城くん。大人気ゲーム
腹のあたりからジワジワと熱くなって、やがて指先まで熱を帯びる。
浬は、この感覚をよく知っていた。
弱点が分からない強敵を前にしたときの――高揚感。
自然と口角が上がる。笑みを抑えられない。
「いや……俺、ゲーマーなので」
浬は、気付いていなかった。
今の自分が、誰よりも。そう、あのときの『勇者』よりも――
「最高難易度クエスト、挑戦させていただきます」
――魅入られた目を、していると。
1st STAGE CLEAR!
To Be Continued...
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